01-05 実戦訓練
朝食を済ませて狩りに行く準備をすると、三人は森へ出かけた。
エレーヌが先頭を歩き、次にリディ、蓮と続く。
少し歩くと、森を南北に貫く小径に出た。
この道をもっと南に行けば、蓮がこの世界に来た時に立っていた場所に出る。
百年程前まではこの森が東側にもっと大きく広がっていたそうで、王都方面から南の地域に行くにはこの道を通るか、あるいは二倍以上の時間を掛けてこの森を東に大きく迂回する道しか無かったそうだ。
今では開墾された東の方に新しい街道が通っているので、危険な森の中を通るこの道は徐々に使われなくなっていったらしい。
やがて整備もされなくなり、木がお生い茂ってきて、今では馬車が通れないほどの小径になってしまったということだ。
三人はその道をしばらく北上すると、今度は西に道を外れ森の中へと分け入って行く。
「これから、どの辺りに行くんですか?」
蓮が聞いた。
「この西側にゴブリンの生息域がある。ところでレン?」
と、エレーヌ。
「はい」
「もう、その丁寧な言葉は使わなくていい」
「え? あ。……うん」
「それでこの森には、だいたい四種類の魔物がいる。それ以外は、ほとんど害のない小動物だ」
エレーヌが前を歩きながら説明した。
リディが補足してくる。
「あなたも最初に会った東にいるフェンリル。これから行く森の西側に住んでいるゴブリン。あとは、もっと北に行くとエントやオークもいるわ」
――オークってあれか?
「もしかしたらオークは、猪が二本足で立ったような魔物で、かなり強いんじゃ?」
蓮が聞いた。
「姿はそんな感じだ。それで、一匹ぐらいなら大したこと無いが、流石に数十匹も集まると厄介だな」
エレーヌが答えた。
「数十匹集まることも?」
「それは、滅多に無い。奴らは頭が悪いから、いつもお互いにいがみ合っているからな」
「でも、昔。私も聞いた話だけど、そういうのを束ねるようなボスが現れたことがあって、そのときは数千匹が人間の町を襲ってきたこともあるらしいわ」
と、リディ。
「え?」
「心配しなくても大丈夫。ここ数十年は、そんなことは無いから」
「そうなんだ。そう言えば、あの家は森の中にあるのに、魔物が襲ってきたりしないの?」
「結界が有るから大丈夫よ」
「結界? じゃあもしかしたら、さっきエレーヌが家を出た時に何かやっていたのは……」
「あれは、家の周りに張った結界の入口を開け閉めしていたのさ」
エレーヌが答えた。
リディがさらに詳しく解説してくれる。
「結界は種類が幾つかあってね。小さいものなら空間魔法で張ることもできるし、私たちの家の場合は敷地の数カ所に魔力を込めた要石を配置することによって、一種の魔法陣を作ってるの。だから、あの結界を張っておけば、普通の人間や魔物はあの敷地に入れないわ。というか、あそこを見つけることさえも出来ないのよ」
「ふーん?」
――結界って、シールドみたいなものかな?
でも通る時に、その一部だけを開け閉めできるのは、よくできているな。
「あ。結界は空間魔法だけだと、中に入らないようにできるだけ。そこに闇魔法を同時に掛けると、見えなくすることもできるのよ」
「そうか。便利なんだね」
「でも、闇魔法と空間魔法が両方共できる人間なら、あの結界を見つけて破ることができるな」
エリーヌが言ってきた。
「それじゃあ……」
「大丈夫よ。この国で両方持っているのはお姉様だけだから。ん? そうか。あなたも、いつかは破ることも出来るようになるのね?」
と、リディ。
「そんなことはしないけど」
すると、リディがゆっくり歩き始めて、先頭を歩くエレーヌと距離を取る。
「昨夜、何かあったの?」
蓮に小声で聞いてきた。
「え?」
「お姉様が、あなたに対する警戒を解いてるわ」
「そうなんだ?」
「初日は、あなたが何か考えただけで、見破られたでしょ?」
「そう言えば」
「あれは、『探索魔法』をあなたに向けていたから」
「そういう魔法も有るんだ? でも、それでか」
「何があったか知らないけど、あなたはお姉様の信頼を勝ち得たみたいね」
「そうなんだ?」
――エレーヌに、リディには絶対言わないようにと口止めされたから言えないよな。
でもやっぱり、触ったりしないでよかった。
「二人で何を話してるんだ?」
エレーヌが振り返り、ちょっと疑いの目で聞いてきた。
蓮は首を振って、昨夜のことは言ってないと、アピールする。
それを確認すると、エレーヌが続ける。
「もうすぐ、ゴブリンの生息域だからな。二人共油断するなよ」
「わかった」
「うん」
蓮とリディは、エレーヌとの距離を縮めた。
周りを改めて見回すと、先程より森が薄暗くなってきている。
木の密集度が高くなって、日差しが差し込む量も減っている感じだ。
――やはり、ゴブリンは薄暗いところが好きなんだな?
少し進んだところでエレーヌが立ち止まり、後ろの蓮たちにも止まるように手で合図してきた。
「静かに。前方に何匹かいるぞ」
と、エレーヌが小声で。
蓮は目を凝らしてみたが、よくわからない。
「僕にはゴブリンの姿が見えないけど」
蓮が、横にいたリディに小声で言った。
「お姉様は、『探索魔法』で察知したのよ」
「『探索魔法』って、便利だな」
――こうやって、魔物がどこにいるかを探せるんだな?
その魔法で、ついでに相手の考えもわかるのか。
「全部ゴブリン?」
リディがエレーヌに小声で聞いた。
「そう、約十匹だな」
エレーヌはそう答えたあと、蓮の方に向き直る。
「今日はお前の実戦訓練だからな。俺が向こうに回って追い立てるから、お前は向かってきた奴をできるだけ多く始末しろ」
「え? 十匹も?」
「いざとなったら、俺達も手伝うから」
「……やってみる」
「じゃあ、リディと一緒にここにいろ。ここは少し開けているから、ゴブリンと戦いやすい」
そう言うとエレーヌは、横方向から大きく迂回していく。
蓮は昨日の練習により、アイス・ボールなら百発百中で当てられる自信は出来た。
しかしそれは、相手が動かずにいる一匹の場合だ。
――ゴブリンは弱そうだけど、武器を持ってるかもしれないし。
十匹が同時に襲ってきたら、うまく対応できるかな。
うまくやらないと、逆に囲まれてボコボコにされるかもしれない。
蓮はそう考えると、手に汗を感じた。
緊張した蓮の様子を見て、リディが声を掛けてくる。
「怖い?」
「え? いや……ちょっとだけど。いっぺんに十匹だと、どうなるかと思って」
「それなら、昨日お姉様に習った、初級の闇魔法『トラップ』を使ったら?」
「そうか。罠を張れば一網打尽ってやつだ」
「でも、相手の数が多い時や素早い時はそう簡単にはいかないわよ。罠に掛からないのが必ず出てくるわ」
「じゃあ相手をよく見て、罠にかからなかった奴から先に魔法で始末すればいいんだね?」
「それなら、いっぺんに相手するのは、一、二匹で済むかも知れないわね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
蓮はさっそく、昨日習った闇魔法の罠を仕掛ける事にする。
昨日蓮が覚えた初級の罠は、そこに入ったものを足止めするものだ。
中級魔法の罠だと、足止めと同時に闇系の魔法で相手を殺すことも出来るらしい。
――さて、どう張るか。
確かエレーヌは、罠の中に大きな木を含めてしまうと、木が邪魔してその付近の罠の効果が薄れるみたいなことを言ってたな。
草なら問題ないが、大きな木は生命力がどうとか言ってた気がする。
じゃあ罠は円形だから、この楕円形のように開けた場所に大きく罠を張るには、中ぐらいの罠を二つにするか。
ちなみに、罠は何個でも同時に張ることができるが、罠を張っている間はその分魔力が消費されていくので注意しなければならない。
蓮は、ゴブリンがやって来そうな前方の少し広くなっている場所二箇所に、直径が五メートルほどの罠を魔法で仕掛けた。
その罠と罠の間は、ゴブリンなら一匹しか同時に抜けられない狭さにする。
そして蓮が陣取るのは、その罠と罠の間の真正面になるわけで、そこを抜けてきた奴を正面からアイスボールで狙えばいいわけだ。
真正面から狙えば、動く相手でも当たる確率が段違いに高くなる。
もしゴブリンが左右に逃げても、そこには罠があるから足止めされる。
しばらく待っていると、ドシャンと、大きな音が前方で響いた。続けてもう一つ。
――エレーヌが氷系の魔法を使ったんだな?
「お姉様が追い立てたから、すぐにゴブリンがこちらに来るわよ」
そう言ったリディは、いつの間にか弓を持っていた。
「わかった」
蓮はそう言うと、魔法攻撃の準備をする。
「アイス・ボール」
直径三十センチほどの氷の玉が、蓮の頭上に現れた。
間もなく葉を揺らしながら、こちらに何匹かが向かってくるのがわかった。
ゴブリンは背が低いから、木々の間に生えている少し高めの草にかくれて体はよく見えない。
やがてゴブリン五匹が草むらの間から二人の前方に走り出てきた。
すると、正面に蓮とリディを見つけて襲いかかろうとしてくる。
ゴブリンたちは、この二人なら勝てると思ったのだろう。
すると、そのうちの三匹が先程の蓮の張った罠で身動きが取れなくなる。
残りの二匹は蓮に向かって、罠と罠の間を棍棒を振り上げながら走ってきた。
「それ!」
蓮は先頭のゴブリンの頭にアイス・ボールを直撃させた。
鈍い音が響いて、先頭のゴブリンが倒れる。頭蓋骨が陥没して即死したようだ。
二匹目はそれを見て一瞬ひるんだが、すぐに蓮に飛びかかろうとしてきた。
「アイス・ボール」
蓮の放ったアイス・ボールは、二匹目の胸に当たり、そのゴブリンは後ろに吹き飛んで動かなくなった。
二匹の対処が済むと、次に蓮は罠に掛かってもがいている三匹にもアイス・ボールを当てて倒していく。
――五匹は倒せた。
あと、五匹は?
蓮がそう思って周りを見回して警戒していると、奥からエレーヌが現れた。
「お? 罠か。レン、うまくやったようだな」
闇魔法が使える魔法使いなら、他人の張った罠も感じる取ることが出来るらしいから、エレーヌにはすぐに蓮が罠を使ったのがわかった様だ。
「なんとか。で、あと五匹は?」
「いきなり十匹では難しいかと思ってな。向こうで五匹は始末した。でも、この様子なら心配いらなかったな」
レンは、緊張を解いた。
「ふー」
「でも罠を併用するなんて、よく思いついたな?」
「あ。それは、リディにアドバイスをもらったから」
「そうか。まあ、それでも、今後は一人でも狩りが出来そうだな」
「エレーヌとリディのおかげだよ。ありがとう」
「いや、なに」
蓮が罠魔法を解除すると、エレーヌはゴブリンたちの角を切り落としていく。
ゴブリンの頭の中央には、角が一本だけ生えていた。
「町の冒険者ギルドに持っていけば、角を証拠として討伐報酬がもらえるのよ」
リディが説明してくれた。
「冒険者ギルドが有るんだね?」
「そう」
そのあと三人は途中で休憩を入れながら、少し遠回りをして家に帰ることにした。
その途中で見つけたゴブリンの小集団も同じように始末していく。
三人が家に戻ったのは、夕方だった。
「よくやったな。これで、実戦訓練は終わりだ。明日は復習とか、魔法書で新しい魔法を覚えるといい」
と、エレーヌ。
「ありがとう」
その晩も、蓮が部屋のベッドで寝ているとエレーヌが布団に入ってきた。
――この人、本当に寝ぼけてるんだろうか。
わざとじゃないだろうな?
蓮はそう思って、エレーヌのほっぺたを指で突っついてみる。
「○△※□ー」
エレーヌは寝言で何か言ったようだが、内容はよくわからなかった。
「しょうがない」
蓮も、今日は途中でエレーヌが起きてもいきなり怒り出さないだろうと思い、そのまま一緒に寝ていることにした。
しかし、またもや夜中に抱きつかれて、度々目が冴える。
――柔らかいな。
でも、もしこっちから触ったりしたら、そういう時に限って目を覚ますに決まってるからな。
そうしたら絶対怒り出すから、じっとしてよう。
蓮はいつの間にか寝てしまったが、朝起きるとエレーヌはいなくなっていた。