01-04 初級魔法
翌朝起きて、三人で朝食を取っていると、なぜか姉のエレーヌの機嫌が悪い。
リディの方はというと、昨日と変わらないように見える。
「レン! 食べ終わったら、早速魔法の練習だ! 来い!」
エレーヌがそう言って立ち上がった。
「あ、はい」
蓮も立ち上がり、エレーヌのあとについて庭に出る。
――どうしたんだろう?
何か怒らせるような事でもしたっけ?
リディもただならぬ雰囲気を感じたのか、すぐにやってきた。
「じゃあ、これから魔法を放つから、それを体で受けてみろ!」
「え?」
「お姉様!?」
リディがエレーヌを止めようとしているように見える。
――なんだろう。
危険なことでもするのか?
「手加減はする。ファイヤー・ボール!」
エレーヌがそう言って片手を上げると、彼女の頭上に十センチ大の火の玉が出来る。
蓮は焦った。
「え? え?」
――まさか。あれを受けろと?
「行くぞ。それ!」
そう言ってエレーヌが手を降ろすと、その火の玉が蓮をめがけて飛んできた。
「あぢ!」
「もし怪我をしたら、リディが白魔法で治せるから安心しろ。じゃあ、もう一回……」
「お姉様。いい加減にして!? いつもの方法でいいじゃない!」
リディが間に入って蓮をかばった。
「だって、こいつ。昨夜、何もしてこなかったんだぞ」
――はぁ!?
蓮はすぐに反応した。
「な、何を言ってるんですか!?」
「せっかく待っていたのに。この、意気地なしめ!」
――なんだー? この人。
「え? だって」
「それともまさか、リディの部屋に行ったのか!?」
エレーヌがそう言って蓮を睨む。
「違います! 一人で寝てました。でも……もしかして、エレーヌさんの部屋に行った方が良かったですか?」
「来るのはいいが、変な事をしたらぶっ飛ばしてやった」
――言ってることが無茶苦茶だ。
するとリディが蓮に近づいてきて、耳打ちする。
「お姉様は、無視されるのが嫌なの。だから、言葉ではねつけても、ちやほやされたいの」
――わー面倒なやつ。
ほんと疲れるわ。
そう言えばクラスにもそんな奴がいたっけな。
この人、町で暮らすと他の人と揉めるから、ここで暮らしてるんじゃないのか?
「リディ? 余計なことは言わない」
「はーい」
――どうしよう。何か言ったほうがいいよな?
でも、どう言ったらいいんだ?
「あ、あのー。エレーヌさんはとっても魅力的で、美人でグラマーだし、とても惹かれます」
蓮としては精一杯言ってみた。
「ふん。みんなそう言うな」
――おっと。
「でも、僕は今まであまり女の子と付き合ったことが無いので、どうしたらいいか良くわからなくて」
「そうか。それならまあ、今回は許してやるか」
「ありがとうございます」
「俺のことを好きなら、ちゃんと『好き』と言えばいいんだぞ」
「え?」
「ほら、言ってみろ」
――これって……。
美人だし、どちらかと言えば好みだけど、まだ会ったばかりだし。
でも、言わないと怒り出すかも知れない。
「す、好きです」
――なんだろう。この展開。
「ちゃんと言えたじゃないか。でも、女と付き合ったことがないなんてな。この世界じゃ、お前ぐらいの歳なら、結婚して子供の一人ぐらいはいてもおかしくはないんだぞ」
――ずいぶん、結婚が早いんだ。
そうか、日本も世界も中世はみんな十代の中ぐらいで結婚していたっけ。
あれ? でもこの二人もこの歳で結婚していないようだし……。
でも、それを言ったら怒り出しそうなのでやめておこう。
話が済んだのを見て、様子を見ていたリディが姉に聞く。
「じゃあ、いつものやり方でいいわね? お姉様」
「ああ」
エレーヌはすっかり落ち着いた様だった。
するとリディは、庭の草のない場所を選んで、そこに魔法陣を描き始めた。
「これは、その人の魔法の能力を覚醒するための魔法陣よ」
「覚醒?」
蓮が聞いた。
「そう。生まれつき持っていない属性の魔法は覚醒できないけど、持っていれば簡単な魔法ならすぐに使えるようになるわ……」
説明を聞いていくと、どうやらガスの元栓を開けるようなもので、これを受けておけばあとはボタン一つでレンジに火が着くように、素質がある魔法なら全ての魔法がわずかな練習で使えるようになるらしい。
でも、この魔法陣が開発される前は、先程エレーヌがやったように弱い魔法を体で体験して、感覚的に慣らしていくことから始めるのが一般的だったそうだ。
そして、この魔法陣を開発したのが、昨日彼女たちが言っていた渡来人の師匠だったらしい。
――なんだ。簡単な方法があるんじゃないか。
「普段、俺たちに弟子入りを求めてきたやつからは、一つの魔法につき大金貨一枚ぐらいはもらうんだぞ。感謝しろよ」
と、エレーヌ。
「あ」
――ああ。この人たちは魔法を教えて収入を得ているのか。
「まあ、銀のフェンリルのこともあるし、金の事は気にしなくていいさ。それに、俺達にとっては渡来人の師匠から受けた恩を、同じ渡来人のお前を通して返すということにもなるしな」
「それなら、もし今後難しい魔法を教わる時には持ってきます」
「まあ、お前は特別だ。適当でいいさ」
そんな話をしているうちに、リディは魔法陣を完成させた。
「さあ、出来たわ。では、この魔法陣の上に乗って」
蓮は魔法陣の中心に立つ。
「ここでいい?」
「いいわ。終わるまで、そのまま出ないでね?」
そう言うとリディは、何かの呪文を詠唱し始めた。
すると蓮は、暖かい空気に包まれ、一瞬体重が軽くなったような感覚がした。
「どう?」
リディが聞いてきた。
「なんか、ふわっとした感じが」
「うまくいったみたいね」
「俺たちが教えられるのは、火、氷、闇、空間、白、水だ。それ以外の風や聖、そして特殊な魔法は、他の奴を見つけて習ってくれ。ああ、うちに魔法書があるから、気になったら読んでみればいい」
と、エレーヌ。
「ありがとうございます」
「じゃあ、魔法の説明からだ」
「お願いします」
「まず、魔法はイメージと感覚が大切だ。そして人にはそれぞれ魔力量に違いがあるし、その限界も知っておかないといけない。ただし、精霊名を入れて詠唱すると精霊が力を貸してくれて、自分の持つ魔力以上の力が出せるんだ」
「では、魔力がまったく無くても魔法が使えるんですか?」
「いや。精霊は頼めば魔力を増幅してくれるだけだから、魔力が無い者はどうあがいても使えない」
――ああ、増幅ということは、ゼロは何倍にしてもゼロという事か。
「イメージが大切ということは、もしかしたら詠唱しなくてもいいんですね?」
エレーヌが頷く。
「自分の魔力だけで済む大きさの魔法なら、詠唱はしなくても大丈夫だ。その魔力量は、若い時に使えば使う程ある程度までは上げることができる。そして、接近戦の場合は無詠唱のほうが有利だが、周りに仲間がいる時に使うなら魔法名だけは言った方がいいな」
「それは、もしかしたら仲間に何の魔法を使うか知らせるためですか?」
「その通りだ。仲間は魔法によっては、後ろに下がるなどの対応が必要になるからな。さて、実際にやってみようか。さっき火は体験したから、その感覚を思い出せばすぐに出来るはずだ。まずは自分の魔力だけで、こうやって火をイメージしながら『ファイヤー』と、言ってみろ」
エレーヌの人差し指の先、少し離れた空中に二十センチぐらいの大きさの火が現れた。
――魔法の呪文は英語みたいだな。
もしかしたら、これも同じように英米系の渡来人が来て、体系化したのかもしれないな。
だから、この世界の人には呪文が難しく感じるんだな?
さて。確かにさっき、エレーヌの弱いファイヤー・ボールを受けた時に、熱い以外の何かを感じた。
あれがそうなのか。
蓮はそれを思い出しながら、エレーヌが見せてくれたように人差し指を上に向け、火をイメージする。
「ファイヤー」
すると、指の数センチ上に、火が現れた。
「いいぞ」
「本当に火が点いた! すごい。魔法が使えるなんて!」
蓮は生まれて初めての魔法に感動している。
蓮がよっぽど嬉しい顔をしたようで、エレーヌが笑みを浮かべて寄ってきて、彼の肩を抱く。
「うん、うん。やっぱり、俺の教え方が良かったんだな」
――はは。
でも、そうなのかもしれない。
「先程の魔法陣を使っても、始めの一歩を踏み出すのに一週間かかる人もいるのよ」
と、リディ。
「そうなんだ?」
「じゃあ、次は精霊の助力を受けて、同じ魔法を同じ魔力量で使ってみる。『ファイヤー』の場合はこうだ。『火の精霊ナーラよ、その御力で我を助け火を灯したまえ。ファイヤー』」
エレーヌが詠唱すると、先程より大な火が現れた。
「じゃあ、やってみろ」
――あれ?
「精霊との契約とかは、必要ないんですか?」
「それは必要ないな」
「聞いた所によると、昔だれかが精霊と談判して、それ以来精霊は無条件で人間に協力するようになったらしいわ」
と、リディ。
その後昼食をはさみ、蓮は二人からいくつかの初級魔法を教わった。
教わったのは、氷の魔法ではアイス、アイス・ボール、アイス・アロー。
火の魔法ではファイヤー、ファイヤー・ボール、ファイヤー・アロー。
水魔法のウォーター。白魔法のヒール。闇魔法ではトラップ。
そして空間魔法のアイテム・ボックスだ。
無属性は対応する精霊がいないから、もともと自分が持っている魔力だけに頼るらしい。
「なかなか覚えがいいぞ。これなら明日は、魔法の実戦訓練で森に狩りに行ってもいいかもしれないな。だから、お前は一つでいいから、これぞというものを夕飯までの間に自分のものにしてくれ」
と、エレーヌ。
「オススメはなんです?」
「そうだな。火系統は森が火事になるといけないから、氷がいいな。ゴブリンならそれで十分だろう」
「あ。この世界には、ゴブリンがいるんですね? やっぱり人の形をしていて、小さくて醜い感じの?」
「そうだ」
――アイス・アローは当てるのに苦労しそうな気がするし、アイス・ボールなら少し大きめにすれば当たる確率が高そうだ。
「えっと、それじゃあ、さっきのアイス・ボールを練習しておきます」
「よし。時間まで見てやるから、早速練習を始めろ」
「じゃあ私は、夕飯の支度が出来たら呼びに来るから」
リディはそう言って家に入って行った。
蓮はエレーヌの見守る中、アイス・ボールの練習を始める。
エレーヌが課した練習内容は、大きさの調整、発射方向の正確性とスピード、発射までにかかる早さだ。
エレーヌはそれを見ながら、ときどき声をかけてくる。
「もっと早く」
「そこは正確に」
「これがうまくなれば、他の魔法にも応用が効くぞ」
「慣れれば、同じものを同時にいくつも操れるようになる。今回は一つでいいがな」
それができてくると、今度は飛距離を伸ばしたり。
日が暮れてきた頃にリディが二人を呼びに来た。
「夕飯の支度ができたわよ」
「じゃあ、終わりにするか。あのぐらい出来れば、明日の実戦で十分使えそうだ」
と、エレーヌ。
「はい」
蓮はアイス・ボールに関しては、かなり自信が持てるようになっていた。
蓮たちは家に入りテーブルを囲み、早速リディの作った夕飯に舌鼓を打つ。
「おいしー」
蓮がそう言うと、リディがニコリとする。
「よかった」
――そうだった。エレーヌの方にも何か言わないとな。
「今日はありがとう。おかげで、魔法を使えるようになりました」
蓮はエレーヌに言った。
「素質があると、上達が早いし、教え甲斐があるな」
「エレーヌさんみたいな大魔法使いに教われるなんて幸せです」
――ちょっと持ち上げ過ぎかな?
「そうだろう、そうだろう。でも、大魔法使いってのは、ちょっと言いすぎだな」
エレーヌが謙遜した。
「そうなんですか?」
――この人謙遜も出来るんだ?
「お前、今良からぬことを考えなかったか?」
「い。いえ」
「まあいいか。でも、本当なんだ。俺たちの実力は中ぐらいかな。上には上がいるからな」
「そうなんですか」
「まっ、それでもこの国では一番かもな」
――はは。
「でも、レンさんは、やっぱり物覚えが早いのね?」
と、リディ。
「そんなもん?」
――比較する相手がいないからわからないけど、でもやっぱりそう言われると嬉しいな。
「それに、まだ疲れていないだろ?」
と、今度はエレーヌ。
「疲れ?」
「人によって、魔力量の限界には差がある。初級魔法とはいえ、朝から夕方まで魔法を使ってダウンしなかったんだから、相当なものなんだろう。おそらく殆どの魔法は無詠唱で行けてしまいそうだな」
「本当に魔法使いにならないで、鍛冶屋をするの?」
リディが聞いてきた。
「いまのところは」
「練習を続ければ、いつかは本当に大魔法使いと呼ばれるぐらいにはなれそうだけど」
――そうか。
でも、女神様が言っていたように、そんな大魔法使いになったら、戦争では最前線に立たされ、凶悪な魔物を討伐に行かされたり、ゆっくりできなくなるだろうな。
でも、これって十分チートなんじゃないだろうか。
そのあと蓮は、居候になっていることだし、食後の片付けの手伝いをした。
その夜のことだった。
蓮が自分に割り当てられた部屋のベッドで寝ていると、何かが布団に入ってきた感じがして目が覚めた。
――ん? え!?
エレーヌが僕の布団に?
まじですか?
……。
あれ? でも、もしかして寝てる?
ということは、この人は夢遊病ってやつか?
どうしよう。
そんなことを考えていると、エレーヌは寝たまま蓮にしがみついてきた。
抱き枕みたいにしがみつかれていて、動けない。
――ど、どうしよう。
でも、もしここで彼女が起きたら、自分のせいなのにいきなり怒り出してぶっ飛ばされるに違いない。
しばらくするとエレーヌは蓮を離し、寝返りをうった。
――あ、今のうちだ。
蓮は布団からそっと抜け出し、振り返ってベッドの上を見る。
――これってどうしよう。
へたに起こさない方がいい様な気がする。
彼女は寝ぼけてここに来たんだから、また寝ぼけて自分で帰ってくれるかな?
しょうがない、とりあえず椅子に座っているか。
蓮は彼女に、そっと布団をかぶせてあげた。
蓮はベッドの横の椅子で、いつの間にか座ったまま寝ていたようだ。
「おい!」
蓮はエレーヌの大きな声で目が覚める。
まだ夜は明けてなくて、部屋は薄暗い。
声の方を見ると、エレーヌがベッドから降りてきて、蓮を見下ろしていた。
「あ」
「あ、じゃない。俺の部屋で何してる? 本当に夜這いしてくるなんて」
「あ、ごめ……。あれ? えーっとー。ここは一応、僕の部屋なんですけど」
「え……? あっ? うそっ!?」
エレーヌはすぐに周りを見回して、自分の部屋ではないことに気がついたようだ。
「疑って、すまん」
少し畏まり、小さくなったエレーヌが続けて聞いてきた。
「それで……俺は、何かしたか?」
「まあ、僕が寝てたら布団に入ってきて、僕に抱きついて寝てました」
「うっ……それで、それだけか?」
「それだけ、だったけど」
「いいか、このことは絶対リディには言うなよ」
エレーヌはそう言って、蓮に顔を近づけて迫ってきた。
「あ、はい」
エレーヌは自分の部屋に帰っていったが、その数時間後の朝食の時、彼女は気まずそうだった。