01-03 渡来人
「そういえば、名前をまだ言ってなかったわね? 私はリディ、姉はエレーヌよ」
妹が歩きながら自己紹介してきた。
「エレーヌ!?」
蓮はあの男勝りの姉の名前が、あまりにも女性らしい柔らかい響きの名前なので、思わず聞き返した。
「なんか文句あっか?」
と、前を歩くエレーヌ。
「い、いえ。あ、えっと、僕は蓮」
「レン?」
リディが聞き返してきた。
「はい」
「珍しい名前ね? どこから、来たの?」
――なんと言ったらいいのだろう。
異世界なんて言ってもどうせわからないよな?
「えっと、海を渡って遠くから」
「え? 海を渡って来たの?」
「まあ……」
「そんな人、初めて聞きいた」
「そ、そうですか?」
「あとで、夕飯のときにでも、ゆっくりと国のお話を聞かせてね?」
――どうしよう。
日本の話をするわけにもいかないし。
「おい、レンとやら?」
エレーヌが前を歩きながら。
「はい」
「何か隠してるのか? 言いにくそうだな」
「い、いえ」
――彼女、言葉の微妙なニュアンスでわかったのかな?
ただの荒っぽい女性かと思っていたけど。
するとエレーヌが立ち止まって、蓮をジロッと見る。
「おまえ、今変なことを考えなかったか?」
「え? い、いえ。全然」
蓮は両手を左右に振って、否定した。
――え? どういう事だ?
なんとなく考えていることがわかるのかな?
まさかね。
しばらく姉妹に付いて歩いていくと、森の中に開けた場所があり、大きめなログハウスのような家が建っていた。
家に着くと、姉妹は玄関でマントを脱ぐ。
暖かい季節だからかもしれないが、二人共森の中に住んでいるにしては、マントの下は露出が多めな服だ。
エレーヌは黒っぽい服でリディの方は白い服。スカートはミニというほどではないが短めだし、姉のエレーヌの方は胸元がけっこう見えていた。
そして二人共、長めのブーツを履いている。
蓮は、リディの髪が長そうだと思っていたが、やはり金髪を背中の中ほどまで伸ばしていた。
その後エレーヌの方は、庭で先程の銀のフェンリルの解体を始め、リディは蓮を家の中に案内してくれる。
「入って」
リディは、そのまま蓮をダイニングらしいテーブルに案内する。
「私は、夕飯の支度をしてくるので、ここで座って待っていてね?」
そう言って、台所の方へ向かった。
「ありがとう」
一人残された蓮は、椅子に座り部屋の様子を眺めてみる。
ここはダイニングとリビングを合わせたような大きい部屋で、家具はあまり無いが暖炉の前の床には綺麗で大きめな絨毯が敷いてある。
二階へ上がる階段もあり、おそらく二階は寝室なのだろうと思われた。
そして家の中は掃除もきちんとされているようで、清潔だった。
しばらくすると姉エレーヌの方が玄関から入ってきて、蓮の方をチラッと見てからそのまま台所に入っていく。
奥でひと言ふた言妹と話した後、そこから出てきてテーブルの蓮の前に座った。
「今晩のメインディッシュは、さっきのフェンリルの肉だぞ」
「あれは食べられるんですね?」
「ちょっと硬いが、なかなかの味だ。それで、お前のナイフだが……」
とエレーヌは、フェンリルに刺しっ放しだった蓮のナイフを手に持っている。
「あ、どうも」
それを受け取ろうと蓮は手を伸ばしかけたが、エレーヌはまだ渡そうとはしない。
「このナイフ、どうしたんだ?」
エレーヌが、少し疑いのこもった口調で聞いてきた。
「え?」
「どう見ても、普通の金属ではない。切れ味も抜群だ」
「あ、それは……ある人にもらって」
――神様に貰ったなんて言っても信用してくれないだろうし。
「ふーん?」
エレーヌは疑い深げに蓮をジロジロ見ている。
そこにリディが、お茶を持って出てきた。
「どうしたの?」
「このナイフ、ちょっと出来が違うから、どうやって入手したか聞いていたんだ」
「ちょっと、いい?」
リディはそう言うと、そのナイフを手に持ち、何かの呪文を唱えた。
「……これは」
リディがナイフを見たまま固まる。
「どうした?」
「これは、いわゆる神器」
――あっ、そうか。
神様がくれたから神器なんだ。
するとエレーヌが、蓮の手首を捕まえる。
「おまえまさか、どこかの神殿から盗んで来たのか!?」
「ち、違います」
「じゃあ、どうしたんだ!?」
――しょうがない。話すしかないか。
でも、信じてくれるだろうか。
「実は……」
蓮は、神様に送られてつい先程この世界に来たばかりという事。
ナイフはこの世界に来た時にカバンに入っていたので、神様がくれたのだろうという事を話した。
エレーヌは蓮が嘘をついていないことがわかるのだろう。
話を聞いているうちにエレーヌの顔が和らぎ、蓮の手首を離す。
「なーんだ。お前、渡来人だったのか」
「え?」
「他の世界から来た人間のことだよ」
「もしかしたら、よく有ることなんですか?」
「いや。そう言うわけじゃなくて、たまたま俺たちの身近に渡来人がいたからな」
エレーヌはそう言いながらリディの方を見た。
リディが話を受け継いで続ける。
「その方は、元々私たちの母親に魔法を教えていたの」
「そして、俺たちにも魔法を教えてくれたんだ。その時に俺たちも、他の世界の存在を初めて知ったんだ」
「私たちがその方から教わっていたのは、小さい頃なんだけどね。今はどうされてるのかなー?」
――そういうことか。
じゃあ、この二人はたまたま他の世界のことを知ってた感じか。
この世界に来て、初めて会ったのがこの二人でよかった。
「渡来人は多いんですか?」
蓮が聞いた。
「私たちが知ってるのは二人で、一人は先程言った魔法の師匠。もう一人は随分昔の人らしいわ。でも渡来人なら、そう言ってくれれば良かったのに」
リディが言った。
「気が狂ってるとか思われるのが嫌だったんで」
「まあ確かに。俺たち以外にはあまり言わないほうがいいな」
と、エレーヌ。
「でも、そういうことなら歓迎するわ。他の世界から来たばかりで不安でしょうし、ここにいくらでも滞在して構わないわよ」
エレーヌが妹の言葉に焦っている。
「お、おい。仮にもこいつは男だぞ。女二人の家に……そのうち変な気を起こすかもしれないぞ」
――仮にもって。
「お姉様こそ、意識しすぎてるんじゃない?」
「お、俺はだな……」
「レンさんは、そんな事をしないわよ。ね?」
と言って、リディは蓮の方を見る。
「あ、もちろん。あれ、でもここに二人? ご両親は?」
「あ、今は別のところで……」
――ん? 何かあるのかな?
こういうことは、あまり聞かない方がいいか。
「わかった。好きなだけいてもいいが、もし変なことをしたらぶっ飛ばすからな」
と、エレーヌ。
「しませんって!」
「ところで、魔法の方はどうなんだ? 渡来人だから、魔法の才能があるんじゃないか?」
「僕のいた世界では、魔法なんて無かったから」
「ふーん? ちょっと両手を出して」
「え?」
蓮は言われたとおりに両手を出す。
すると、エレーヌは蓮の手を同じく両手で握る。
エレーヌは、男勝りだがとても美人だ。その彼女と手を取り合って見つめ合っている。
蓮は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「お、お前。か、勘違いするな。こうやって、魔法の属性の有無を調べるだけだから」
エレーヌもそう言いながら顔を赤らめる。
「あ、そうでしたか」
「まったく……」
エレーヌは目をつむり、頷くと目を開けた。
「リディも試してくれ」
今度はリディとも手を繋ぐ。
リディも同じく目をつむったが、目を開けるとエレーヌの方を見て頷いた。
「やはり、渡来人は魔法の才能があるらしいな」
エレーヌが蓮に言った。
「え?」
「例えば俺は、火と氷、闇と空間魔法の四種類。妹は白、水、空間の三種類の属性の魔法が使える。この世界では、それぞれ得意不得意があって、人によって使える属性は限られている。でも、お前は俺たちの持つ全ての属性の素質があるみたいだ。おそらく、それ以外の属性も全て使えるんだろうな」
――あ。そう言えば、あの女神様が全ての素質だけはくれる、みたいなことを言ってたっけ。
「でも、素質があっても、まずは覚醒させて、練習して使わないと伸びないの。それに、呪文も聞いたことがない言葉で、最初は覚えるのが難しくて」
リディが言った。
「そういうものなんだ?」
「俺たちが教えられる範囲なら、教えてやってもいいぞ」
と、エレーヌ。
「え?」
「ナイフの使い方を見てもわかるが、お前はどうやら今まで戦いとは無縁だったみたいだし、これからこの世界で生活していくなら、魔法は使えるに越したことはないと思うぞ」
――たしかにそうか。
鍛冶屋をやるにしても、火の魔法は使えたほうが便利そうだし。
もしかしたら狩とかするかもしれないし、護身用にも覚えていたほうがいいか。
「じゃあ、基礎だけ教えてもらうことは出来ます?」
「いいとも」
「僕は町で鍛冶屋をやろうと思っているから、魔法は本格的には使わないと思うけど」
「もったいないな」
「女神様からも言われたんです。あまり目立つと、普通の生活が出来なくなるって」
「まあ、そうだな」
「実はそれで、私たちもここに住んでいるのよ。町に住んだら、おそらく王様や貴族にいいように使われるだけだから」
と、リディ。
「やはりそうなんだ。ところで、この世界には魔法が使える人はどれぐらいいるんですか?」
「攻撃魔法は千人に一人ぐらいは使えるわ。でも、魔力の大きさや使える魔法は人それぞれよ。さっき私が使った鑑定などの無属性魔法は、商人に使える人が多いわね。遺伝なのかしら」
「そうなんですね?」
「町に住むなら、とりあえず今回は基礎だけ勉強して。もし、もっと習いたくなったら、いつでもここに来てくれれば、その次を教えるわよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、基礎が覚えられるまで、ここに泊まっていってね」
「なんか悪いですね」
「私たちも、師匠から受けた恩を、これで少しでも返せるから」
――この人たち、いい人なんだな。
その後、三人で夕食を済ませ、蓮は空いている部屋を割り当てられた。
「じゃあ、俺たちはこれから風呂に入るけど、覗くなよ」
エレーヌが蓮に言った。
「覗きません!」
「なんだ。覗かないのか。少しぐらいならいいのに」
エレーヌは少し残念そうな顔で。
「え? うそ」
「ほらリディ、男はスキを見せるとすぐこれだ。今の顔見ただろ?」
「うん」
――あ。ひ、ひどい。
これって誘導じゃないか。
「覗いたら、ぶっ飛ばすからな」
――くっ。
でも、この世界にも風呂があるんだな。
中世っぽいから、もしかしたらどこかで水浴びで済ますのかと思ってた。
それだけでも、なんか良かったな。