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まぎらわしい

作者: 京本葉一

 そう、たしかに事件は、公衆トイレでおこった。


 街中でも公園でも違和感のない、ラフな格好だったよ。メイクも派手じゃない。とくべつ目立つような人物ではないのかもしれない。それでも見つけた瞬間から、頭のなかはその人でいっぱいになった。ようするに、一目惚れってやつだろう。


 ハートを射ぬかれた。それはいい。たとえ人生の一大事件であり、事変であり、戦争であるとしても、その相手が男性用の公衆トイレからあらわれなければ、物事はもう少しスムーズに流れたにちがいない。


 なぜ女性が、男性用のトイレから出てきたのか?


 定員オーバーか故障が原因で、女性用のトイレが使用できなかった。そう考えるのが順当だろう。しかし、それ以外の可能性は考えられないだろうか?

 ありえないとおもえたとしても、じつは男性である、という可能性は否定できるだろうか?

 もしも女性用のトイレが、故障中でも満室でもないとしたら、そういうことにならないだろうか?

 一笑にふすだけの強さを保っていられるだろうか?



「不安になって、それできみ、女性用のトイレに入ったの?」



 まさか本人に尋ねるわけにはいかない。

 万が一の可能性を否定するために、できることは限られてくる。

 女性用トイレが使用できない状況を確認できたとしても、完全に可能性を排除できるわけではないが、できることならやるべきだ。

 その結果、たとえ警察に通報されて、取り調べを受けることになったとしても、いまのところ、悔いはない。







 やるべきことをやったまでです。女性用の公衆トイレに入ってきた男は、取り調べでそういうふうに答えたらしい。


「あまり反省もしていませんが、よろしいのですか?」

「いちいち事件にしていたら、そちらも大変でしょう?」


 警察に捕まえてもらったのは、動機を調べてもらうため。どうして犯人は、洗面台にいた複数の女性から、あっけにとられた注目を集めて、満足そうにうなずいていたのか。

 女性用の公衆トイレに侵入した変質者であるにもかかわらず、変態に見えないのはなぜ?

 つまらない謎ではあるものの、どうにもひっかかり、仕事に集中できそうになかった。


「動機には納得されたのですか?」

「ええ、なんとなく腑に落ちましたし、嘘ではないとおもいます」

「変質者ではないと?」

「否定はできませんけれど、お店に来てくださる方々とは、趣のことなった表情でしたからね」


 蔑まれて快感をおぼえるような種類の人間ではない。それは初めからわかっていた。女性用トイレに侵入した理由も、すでに納得はできている。

 こだわることはなにもない。

 もう二度と関わることはない相手だ。


「ご苦労さまでした。今度お店に来られたときは、期待しておいてくださいね」


 警察署をでるころには犯人の顔もおぼろげになっていた。

 ヒールを鳴らして歩きながら、今夜の予約客リストを思い出していた。

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