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雨巫女と天候の国  作者: もも野はち助
【本編】

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5/30

5.黒い婚約者

 セラフィナの別邸で雨乞いの儀を行った二日後……。

 アイリスはいつもよりもやや着飾った服装をさせられ、エレンの監視の下、自宅の客間に監禁されていた。


「エレン……あのね?」

「そちらのご要望に関しましては、お受け出来かねます」

「まだ何も言ってないじゃないっ!!」

「おっしゃらなくても大体、察しが付きますので」

「今回は徹底しているのね……」

「はい。奥様よりくれぐれも(・・・・・)逃げられぬ様にとの事なので」

「それでは、ちょっとお化粧直しに行きたいのだけれど……」

「10分前に行かれましたよね? 何故か窓から出られ様となされてましたが……」

「だって! アレクには会いたくないんですもの!」

「アイリス? 本人に思いっきり聞こえているよ?」


 声のした方に目を向けると、アレクシスが客間の入り口にもたれ掛かる様に呆れた表情で、こちらを見ていた。


「まぁ、アレクシス殿下! わたくしの気持ちの所為なのか、お越し頂いていた事に全く気付きませんでしたわ!」

「いや? 君の位置からだと僕がこの部屋に入って来た事は、しっかり見えていたはずだと思うんだけど?」

「申し訳ございません。全くもって気づいておりませんでした……。ですが、長らくお会い出来なかったので、本日はとても楽しみに待っておりましたのよ?」

「僕も君が相変わらず辛辣で、取り付く島もない様子な事が喜ばしいよ……」

「まぁ、辛辣だなんて……ご冗談を!」


 正直、アレクシスはアイリスと顔を会わせる度に毎回、この嫌味が飛び交う茶番が繰り広げられる事にウンザリしている……。


「そうだ! アイリス。はい、これ! 約束の美味しいクッキー!」


 そう言って従者に目配せをし、客間のテーブルの上に置かれたのは……分厚い事典程のサイズのクッキーの入ったと思われる箱5つだ。


「ちょっと! こんなにたくさん……食べきれないじゃない!!」

「だって、君は体調不良でも食べたくなる程、クッキーが大好きなのだろう?」

「だからって! 嫌がらせするにも限度ってものがあるでしょうがっ!」

「そう言えば君、三か月前に会った頃より、何だかふくよかになっている気がするのだけれど……僕の気のせいかな?」

「何ですってぇぇぇーっ!?」

「でも女性はふくよかな方が愛らしいと言うし、少しは君の可愛げのない部分が補えるから、かえって良かったんじゃないかな?」

「あなたって、本っー当に人の神経を逆撫でする言葉を吐く天才よねっ!?」

「アイリス、それはお互い様だよ?」


 そう言ってアイリスの向かいのソファーに座ったアレクシスは、侍女から出された紅茶のカップに優雅に口を付ける。


 この口から生まれたかの様な腹黒王太子は、この毒舌さえ出さなければ殆どの女性の心を一瞬で奪ってしまう程の恵まれた容姿を持っている。

 金色をベースにした朝焼けのようなオレンジがかった髪は、触り心地の良さそうなフワフワの天然パーマで、優し気な瞳は澄んだ湖の様に淡い水色だ。

 この透明感ある瞳に見つめられると、大抵の令嬢はすぐにその虜となる。

 だがアイリスの場合、この瞳にじっと見つめられると、まるで心の中を全て読まれているような気分になり、すぐに臨戦態勢に入ってしまう。


 そしていつも白をベースにした服装を好み、タイなどのアクセント部分には青を合わせてくる完全に爽やか路線を意識したこのコーディネイトは、自身の腹黒さを隠蔽する為だとアイリスは確信している。


「さて、そろそろ茶番は終わりにして本題に入らせてもらうよ? 手紙にも書いたのだけれども……いい加減、王太子の婚約者として登城して貰えないかな?」

「私はまだ16になったばかりよ? 成人する18まで、あと二年あるわ」

「でも今の君は、次期王妃として致命的な欠陥があるよね? それは母上の別邸で受けている王妃教育だけでは、絶対に改善出来ない部分での」


 そうハッキリ告げてきたアレクシスに対して、アイリスが形の良い眉をピクリと動かして、不機嫌そうな表情を浮かべた。


「あら、こう見えても私、教育指導の先生方からはお墨付きを頂いているのよ?」

「君は元々頭の回転が速い上に物凄い努力家だからね。僕の方にももちろん、君の王妃教育の内容は、高評価で報告が上がってきているよ」

「だったら……」

「でもそれはあくまでも王妃としての知識や教養、マナー部分でだ。社交界での人脈作りや対人スキルは、公の場に君は一切参加していないのだから皆無に等しい」


 痛い所を突かれたアイリスは、その言葉に一瞬だけ黙ってしまう。


「でもあなたとこれだけやり合えるのだから、その辺は問題なく……」

「アイリス、僕とこれだけやり合っているという部分が問題なんだよ?」

「…………どういう意味?」


 その言葉に対して、嫌悪感を露わにしたアイリスにやや呆れた様な表情で、アレクシスが息を吐く。


「僕の放った言葉に対して、これだけ反論してくる君だ……。今の状態のままでは、やんわりと嫌味が嵐の様に飛び交う社交界に出てしまうと、すぐに他貴族達と口論となり、トラブルを起こす可能性が高い……。これが今の様な婚約者という立場でなら、まだ未熟な年若い令嬢という事で大目に見て貰えるけど、君が僕の妻になった後では、サンライズ次期王妃としての品位を問われる事になる」


 珍しく嫌味無しの正論で詰めるアレクシスにアイリスが不快な表情を浮かべる。


「随分と見くびられたものね……。私が笑顔の仮面が貼り付けられないとでも?」

「そうは言っていないよ。でも君は自分が社交界で今どういう印象を持たれているのか、全く認識していないだろう?」

「色々言われてる事は知ってはいるわ。一番多いのだと……『王太子殿下に丁重に扱われているのに辛辣な態度を取り続けている傲慢で我儘な鼻持ちならない雨巫女』かしら? 他には……『雨巫女のお披露目式は別人で本当は目も当てられない程の不細工な令嬢』とか、一番笑ったのが『その美貌で何人も男をたぶらかして、すでに巫女力を失っているアバズレ巫女』とか?」

「それを知ってて平然としている君は、本当に流石としか言い様がないよ……」

「言いたい人には、言わせておけばいいのよ!」


 そう言ってツンっと、そっぽを向くアイリス。

 しかしそのアイリスの態度にアレクシスが、盛大にため息をついた。


「アイリス、その考えが甘いんだよ。君がそれを気にしないのは勝手だ。でもそれらは全て僕達サンライズ王家の印象をガタ落ちさせる事になる」

「だから? そもそも私は好きであなたの婚約者になったのではないわ!」

「それは僕も一緒だよ。でも王族と生まれたからには、嫌でもその役割を全うしなければならない。それは君だって一緒なはずだ。異例の巫女力を持って生まれてしまったという部分で……」


 今日は珍しく正論で来るアレクシスにアイリスが不機嫌な表情で返す。


「だったら人でも雇って私のこの巫女力をどうにかしたら? 適当に雇った男でも使って私を傷物にでもすれば、処女性を失った私は巫女力も失うのだから、あなたは好きな女性を伴侶に迎い入れる事が出来るはずよ? 腹黒いんだから、それくらいの暗躍は平気で出来るのではなくて?」

「嫌だね。どうしてそんなリスクの高い事を君の為にしなければならないんだい? それでは君の思うツボになるじゃないか。それにその方法だと、巫女を守る事を義務付けられている王族としての僕のポリシーに反する。そもそも非常に不本意だけど、今のところ僕の中では、君以上に自分の伴侶に最適な女性を知らない。頭の回転が速く、機転も利く上に度胸も据わってる。パフォーマンス性の高い歌声にその恵まれた容姿は、最高のカリスマ性を生み出す。何よりも一番素晴らしい部分は、君が僕の事を嫌っているという点だ」


 アレクシスの最後の言葉にアイリスが怪訝そうな顔をした。


「それってプラスな要素なの?」

「もちろん! だって君は絶対に僕にのぼせ上らない。だから、僕に対して下らない嫉妬や鬱陶しいスキンシップ、過剰なご機嫌伺い等を一切求めて来ないだろ? そういう意味では、君は僕の隣にいても常に冷静でいられる貴重な女性という事だ。残念ながら僕のこの容姿では、そういう女性にはあまり出会えないものでね」

「何よ、それ。自分が女性に惚れられやすいって自慢しているの?」

「自慢する気はないけれど……事実だ。それに君だって似たようなもんだろ?」


 嫌いな相手に似た者同士と言われ、アイリスが不快な表情をする。


「だからって、私がサンライズ王家にそこまで貢献する義理は無いわ」

「先程も言ったけど、それは僕も一緒だ。化け物じみた巫女力を持つ、とんだ跳ねっ返りの君の監視役を自分の全人生を犠牲にしてまで押し付けらる義理はない。でもそれは王家に生まれてしまった僕が、受け入れなければならない責務だ」

「先程から、自分だけ嫌々私の婚約者にされたって言い方するのやめて頂けないかしら? それを言いたいのは、こちらの方なのだけれど!」


 その部分を指摘する事を我慢していたアイリスだが、堪えきれずに抗議する。

 その反応に待ってましたと言わんばかりのアレクシスが、意地悪く微笑む。


「もちろん、君のその立場も僕は十分理解しているよ? でも理解した上で同じ立場である僕は、その逃れられない状況下でも最善の方法を見出そうと努力はしているつもりだ。でも君はどうかな? ここ10年間、君はずっと僕とその事から逃げているだけの様に見えるのだけれど?」

「逃げてなどいないわ! 自分が納得してないのに無理強いされる事への抗議をしているだけよ!」

「でもそれは無駄な足掻きだって、もう理解はしているよね? それでも続けるの? 僕はすぐにそれを悟って前に進もうとしているけれど……どうやら君にはそれが出来ない様だ。僕に出来る事が君には出来ないってのは、変な話だよね?」


 そう言って、アイリスが一番嫌いな目が一切笑っていない綺麗過ぎる程の優しい微笑みを浮かべるアレクシス。


「あなたの挑発になど乗りたくはないのだけれど……」

「でも乗らないと君の不戦敗だ。でもそれは君にとって一番許せない事だろ? だからその勝負として、今回の登城期間中に君が僕に対してすぐに反論してしまう癖の改善と、城内と社交界内で出来るだけ多くの君の味方を作って貰いたい。もし君が僕の納得出来る成果を出してくれれば、君の勝ちだ。登城期間は短縮するよ?」


 その正論過ぎる内容上での勝負の提案にアイリスは、貝の様に黙ってしまう。

 その沈黙を肯定とみなしたアレクシスが、満面の笑みを浮かべた。


「さて、これで話は決まったね! 少し急で悪いんだけど、君には一週間後に登城して貰いたいから、今週中にその準備をしておいてね」

「分かったわよ……。でも早々に私を登城させた事を絶対後悔させてやるわ……」

「うわ~。これはまた定番の捨て台詞だね! 流石、アイリス!」

「もう用は済んだのでしょっ!? 早く帰りなさいよ!!」

「はいはい。分かったよ。それじゃ、一週間後に迎えを寄越すから、よろしくね」


 追い立てられる様に言われたアレクシスが席を立つと、ちょうど勉学の授業が終わったらしい三女のローズマリーと、四女のマーガレットが一階に降りて来た。


「うわっ、珍しい! アイリス姉様がアレク様と、ちゃんと面会なさってる!」

「わーい! アレク様だ~!」


 姉のアレクシス嫌いを十分理解している13歳の三女は驚き、アレクシスに懐いている11歳の四女は、アレクシスに駆け寄って大はしゃぎした。


「やぁ、二人共。そうそう。お土産持って来たから是非、皆で食べてね!」

「わぁ~! クッキーだ! こんなにたくさん……いいの?」

「うん。だってマルグはこの間、アイリスお姉様にクッキーを全部食べられちゃったんだよね? だからいっぱい買ってきてあげたんだよ」

「アレク様、ありがとう!」

「ローズィーも良かったら食べてね?」

「あ、ありがとうございます……。あの、でも姉が後ろで……」


 アレクシスが振り返ると、アイリスがこめかみに青筋を立てていた。

 やはり三日前に追い返した時のその後のアイリスの動向をアレクシスにリークしたのは、四女のマーガレットで間違いなさそうだ……。


「人の妹を食べ物で買収して、スパイまがいな事させないでよっ!!」

「何を今更……。僕ならこれぐらいやるって君は知っているはずだろ?」


 そう言って手をヒラヒラさせながら、自分の従者と一緒に客間を出て行く。


「それじゃ、アイリス。一週間後にまた会おうね?」


 返事の代わりにアイリスは、プイっと明後日の方向を向いた。

 こうして一週間後、アイリスはサンライズ城に登城する事となった。

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