しるし
※甘いのが苦手な方は、ご注意ください。
本編終了後から一カ月半後くらいのお話です。
二人の絡む話では最終話なので、修業も兼ねて砂糖大量投入で行きます!
でも最後は、きちんと落とします。(笑)
最近のアレクシスは、少々困った事態によく陥っている。
それは今目の前にいる婚約者に対しての事でだ。
どうも最近、彼女に対しての自分の気持ちの入り方がおかしい……。
そんな彼女の腰よりも長いウェーブ掛かった髪は、手に取ると夜の雪景色の様な淡い幻想的な水色をしている事がよく分かる。それを贅沢に自分の指に絡めとると、艶やかな光沢を放ちながら、まるで絹糸の様な柔らかさを感じさせる。
その素晴らし過ぎる手触りの良さに指だけでなく唇でも味わいたくなり、何度も何度もその指に絡めとった髪をアレクシスは口付けした。
するとそれに気付いた婚約者のアイリスが、手に取っていたティーカップを慌ててテーブルのティーソーサーの上に置いた。
「ちょっと! 何、勝手に人の髪に……」
そう言って髪を後ろに払う仕草をし、アレクシスの指に絡めとられてしまった自身の髪を解く様に取り戻そうとした。
するとその上げられた白い右腕を目ざといアレクシスに掴まれてしまう。
「何すんのよ! アレク、放して!」
凛とした声で解放を要求しながら掴まれてしまった自身の手を取り戻そうと、アイリスはもう片方の手でアレクシスの腕を引き離そうとした。
しかしそれは、アレクシスの思うツボで……。
そのままあっさり両手首を掴まれ、拘束されてしまう。
「アイリス、ごめんね? ほんの少しだけ……堪能させて?」
甘く優しい笑みを浮かべたアレクシスにアイリスが、ビクリと強張る。
そして囚われてしまった両手を何とか解放させようと、必至でもがき始めた。
切っ掛けは毎回、ほんの些細な事からなのだ。
先程、少し……ほんの少しだけティーカップを手に取ろうとしてテーブルに手を伸ばした際、アイリスの髪がサラリと前方にこぼれ落ちた……たったそれだけだ。
しかし次の瞬間、アレクシスはその流れる様にこぼれた夜の雪景色の様な髪に無性に触れたくなり、触れたら触れたらで絡み取りたくなり……気が付けば、いつも最後にはアイリスの両手を拘束している自分がいる。
そしてこの後に行われる行為は、ここ最近はいつも同じパターンだ。
それを十分理解しているアイリスは、必死でこの拘束から逃れようとした。
「何が『ほんの少し』よ! 少しだった事なんて一度もないじゃない!」
「そうだね。ごめんね……?」
謝れば済むと思っているのか、アレクシスは全くアイリスを解放する気がない。
それどころかアイリスを自分の方に引き寄せ、今度は羽交い絞めにする様に背中と腰に腕を回して、アイリスの体全体を拘束してしまう。
そんな体の不自由さと引き換に解放された両腕で、アイリスが必死にアレクシスの体から自分を引き離そうとする。
しかし細腕のアイリスの力では、剣術の鍛錬で鍛え上げているアレクシスには到底敵う訳もなく……毎回そのまま満足行くまで堪能されてしまう。
初めは頬で……次は首筋。そこからうなじへ行き、今度は瞼へと戻ってくる。
そして最後は必ず唇を奪う為にアレクシスが小さく息を吸う。
その呼吸音を聞く度にアイリスの体は、いつも強張ってしまう……。
そこから先は、アイリスの意志とは別に全く抵抗出来ない状態にされるからだ。
アレクシスの口付けは毎回一回では済まされない。
何度も何度も、ゆっくり繰り返される……。
その繰り返される甘い行為は、無意識にアイリスにアレクシスの事を受け入れたいという気持ちを与えてくるので、そうなる自分が悔しくてたまらなかった。
そしてそれはアレクシスの方でも似たような事が起きている。
初めは、ほんの少し触れたいと思っただけ……。
なのに気が付けば、毎回それ以上の行為をアイリスに求めてしまう。
以前は触れられるだけで十分満足出来ていた自分が、今ではそれだけでは満足出来なくなっているのだ。
あの建国記念日で、アイリスが自分を受け入れてくれると知ってから……。
そんなタガが外れやすくなってしまった自分を腹立たしいと思う事がある。
しかし目の前で甘い反応をするアイリスを実感してしまうと、その戒めの気持ちは、毎回遥か彼方へ飛んで行ってしまう。
その飛んで行ってしまった気持ちは、目の前のアイリスが息苦しそうになるまで、なかなか戻っては来ない。
そしてやっとその気持ちが戻って来た瞬間、アレクシスは我に返る。
やや苦しそうなアイリスを少しだけ解放してあげようと、両手でアイリスの顔を包み込んだまま、唇を離す。
「アイリス……」
そう小さく名前を呼ぶと、いつものアイリスならば涙目になりながら、ここでキッと睨みつけて文句を言って自分を止めてくれる。
それを知っているからこそ、アレクシスはわざとアイリスの名前を呼んだ。
しかし、今回は何故かいつもと違っていた。
名前を呼ばれたアイリスが、凄い勢いでアレクシスの首に腕を回して来たのだ。
そのアイリスの大胆な行動にアレクシスが一瞬、目を見開いて驚く。
そしてアイリスは、そのまま噛みつく様に唇を奪いに……は来なかった。
「イッタ!! イタタタ……っ!! アイリス!! 痛いっ! ちょ……っ待って! 鼻っ! 鼻に噛みつくのはやめてくれ!!」
アイリスは油断していたアレクシスの鼻の頭に思いっきり噛みついたのだ……。
「痛っ……。うわっ! 何か歯形がついている感触がする! アイリス……君さ、いくら婚約者でもこれは王太子に対しての不敬になると思うのだけれど……」
「放してって言ってるのに放さないあなたが悪いのでしょ!? 自業自得よ!」
そういってアイリスは、アレクシスから距離を取り、座っているソファーの一番端まで避難してしまった。
「確かにタガが外れてしまった僕に非はあるけれども……鼻はやめてくれ……。明日エリア達の婚礼の儀の最終打ち合わせにコーリングスターに行かなくてはならないのに……。これじゃイクスに何言われるか分からないよ……」
するとアイリスが綺麗過ぎる程の意地の悪い笑みを満足げに浮かべた。
「あら。それはちょうど良かったわ! どうやらイクレイオス殿下は、毎回あなたのその腹立たしいまでの絡み方で、ご苦労なさってるみたいだから。明日は、みっちり仕返しされればいいと思うわ!」
そう言って勝ち誇った様に言い放ったアイリスが、ツンっとそっぽを向く。
「あーあ……。これ、明日までに消えるかなぁ……」
「それは困るわ! もう一度強く噛みついておいた方がいいかしら……」
「いい訳ないだろっ!! 全く……せめて見えない所に噛みついてよ……」
「それでは嫌がらせにならないじゃない」
「そもそも嫌がらせをしないでくれ……」
そんなアレクシスの心配は、見事に的中する。
翌日、コーリングスターについたアレクシスは、来月に風巫女エリアテールと挙式する予定の王太子イクレイオスの執務室を訪れた。
「やぁ、イクス。久しぶりだね」
「ああ。そうだ……って、アレク。お前、その鼻のアザは一体何だ?」
昨日、アイリスに思いっきり噛まれてしまったアレクシスの鼻は、噛み跡こそ残らなかったものの歯型の様な赤黒いアザをうっすら浮かび上がらせていた。
どうやらアイリスは、相当景気よく噛みついてくれたらしい……。
そんなアザの原因の理由をイクレイオスが、怪訝そうな顔をして待っている。
「えっと、これは……愛のしるし?」
そのアレクシスの返答にイクレイオスが、呆れながら盛大に息を吐く。
「お前の様な面倒で鬱陶しい婚約者を持ってしまったアイリス嬢には、もう深い同情の念しかない……」
「うわー、酷いなぁ。仮にも親友に向かって……」
「ついでにそんな男を親友に持ってしまった自分自身にも同情の念を抱かずにはいられない!」
「イクス、そんな事を言ってもいいのかい? 来月、君が無事にエリアと挙式出来るのは、6割は僕のお陰だよ?」
「そうだなー。その前に散々面白がって、妨害行為してくれたがなー」
そう言って毎度お馴染みの軽口を叩き合う二人。
その後、所用で遅れてきたエリアテールも話し合いに合流するが、その際にも鼻の頭のアザの経緯を心配されながら尋ねられてしまう。
そしてその時も同じ様に答えて誤魔化したアレクシス。
しかしその鼻のアザは、愛のしるしと言うにはあまりも痛々しい見た目で……。
アザが完全に消えるまでの二週間、流石のアレクシスもアイリスに対する過度な愛情表現を渋々、自粛したという……。
次回でこのお話は完結になります。
恐らく明日の午後過ぎくらいに更新予定。




