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雨巫女と天候の国  作者: もも野はち助
【番外編】

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28/30

猫と雨巫女と王太子

本編終了後から二週間後くらいの話です。

全巫女共通の特徴ですが、本編には関係ない設定なので番外編で書いてみました。

 アイリスはここ3日間程、素晴らしいくらい穏やかな時間を堪能していた。

 何故なら朝食時に朝の挨拶と称して頬に鬱陶しい口づけをしてくる婚約者が、現在この国にいないからだ。


 アレクシスは三日前からコーリングスターの方へ出向いている。

 何でも二カ月後に行われる王太子イクレイオスとエリアテールの挙式準備の打ち合わせをする為だそうだ。

 基本的に婚礼の儀はコーリングスターの方で行われるので、サンライズ側の参列希望者等の申請や、今後のエリアテールの扱いなどについての細かな取り決めがメインらしい。ちなみにアイリスもこの婚礼の儀には、参列する事になっている。


 その為、毎日自分に必要以上に絡んでくる婚約者が不在の期間を満喫していたアイリスだが……その期間はそろそろ終わりに近づていた。

 本日の午後過ぎ辺りに戻る予定なので、そろそろアレクシスが帰ってくるのだ。


「あと一週間くらいゆっくりして来てくれないかしら……」


 思わずそう呟いてしまうと護衛のエレンが苦笑した。


「アレクシス様の事でございますか?」

「他に誰がいるのよ……」

「その様な事をおっしゃられては、アレクシス様が悲しまれますよ?」

「エレン、あの男が悲しむような人間に見える? 今の私の呟きを聞いたら、嬉々として私に絡んでくるわよ!」


 そう愚痴りながらアイリスは、カルミアが用意してくれたクッキーをバクバク食べ、パールの入れてくれた紅茶をグビグビ飲んだ。

 暴食に走るのは、イライラしている時のアイリスの癖だ。

 その様子を見て、エレンは再び苦笑してしまう。

 どうやらアイリスの本心は、いつも鬱陶しいぐらい付きまとってくる婚約者が不在な事は面白くないらしい。


 するとそれを見計らったタイミングで部屋の扉がノックされる。

 アイリスの許可後、パールが扉を開けるとアレクシスが入室してきた。

 同時にエレンが何か指示を出されたようで、入れ替わる様に退出して行く。


「アイリス、三日ぶりだね。元気だったかい?」


 明らかに戻って来てから、そのままアイリスの部屋に直行してきたと思われるアレクシスの格好にアイリスが半目になる。


「アレク……せめて着替えを済ませてから来てくれないかしら?」

「何故? 帰ったら真っ先に最愛の婚約者の許へ直行するのは当然だろ?」


 そう言いながら頬に口付けをしようとしてきたアレクシスをアイリスは、近くにあったクッションでガードした。


「だから! そういう事を面白がってするのは、やめてって言ってるでしょ!?」


 明らかに自分の反応を楽しんでいるアレクシスにアイリスが目をつり上げる。

 口付けを拒まれたアレクシスは、やや悲しそうな笑みを浮かべながら、渋々とアイリスの隣に腰掛けた。


 建国記念式典以降、アレクシスはアイリスに対してのスキンシップが更に過剰になり、以前演技と偽って夜会でしてきた様な過剰な愛情表現を今では、素の状態でプライベートな時間をメインで行ってくるようになってしまったのだ。

 なので少しでもアイリスが油断していると、すぐにアレクシスの唇が自分の体のどこかしらに飛んでくる……。

 今はパールとカルミアが同じ部屋にいるので、まだマシなのだが……これが二人っきりになると、一切気が抜けない状況となる。


「君は本当につれないね……」

「あなたのその過剰すぎる私への接し方が、鬱陶しすぎるのよ!」


 抗議すると、アレクシスは苦笑しながらアイリスからクッションを取り上げた。


「君、最近僕が隣に座ると、すぐクッションを手にするよね?」

「当たり前でしょ? クッションは私にとって対あなた用の盾だもの!」

「盾だけじゃなくて、たまに鈍器にもなっているけどね……」


 そう嘆きながら、アレクシスはアイリスから取り上げたクッションを自分の後ろの方へと追いやった。

 するとパールが紅茶を持って来たので、それを受け取り優雅に口を付ける。


「ところでこの三日間、何か変わった事は……」


 紅茶を飲みながら、アレクシスがそう問いかけようとした時……。


「きゃあっ!」


 突然、アイリスが悲鳴を上げた。


「アイリスっ!?」


 怪訝そうな顔でアレクシスが呼びかけると、アイリスは自分の足にぞわっとした感覚を与えた原因を確認しようと、ドレスの裾を少しだけたくし上げた。

 するとアイリスの足元から毛の長い美しい猫が姿を現す。

 どうやらこの猫が、いきなりアイリスの素足にすり寄り、彼女を驚かせた様だ。


「リープじゃないか……。僕と一緒に部屋に入って来てしまったのかな?」


『リープ』と呼ばれた猫は、正式名が『リープリッヒ二世』という王妃セラフィナが可愛がってる現在四歳になるオス猫だ。

 長毛で白を基調とした淡いグレーの美しいグラデーションのフワフワの毛並みをしている。少しくすんだライトブルーの大きな瞳は気品を漂わせているが、長い毛の中からチョコンと出ている耳は何とも言えない愛らしいさを醸し出している。

『ニ世』というくらいなので、一世はすでに天寿を全うしこの世を去っているのだが、どちらも子猫の頃からセラフィナだけでなく、アレクシスも可愛がっていた。


「リープ、どうしたんだい? こっちにおいで?」


 アレクシスによく懐いているリープは、その呼びかけにアイリスの足元から二人の座っているソファーの上にヒョイっと飛び乗った。そしてそのままアレクシスの許へ……は行かず、何故かアイリスの膝上で場所取りをする。


「リープ?」


 怪訝そうな顔でアレクシスがもう一度声を掛けると、リープはアイリスの膝の上で伏せてしまい、そのままくつろぎ始めてしまった。


「この子……セラフィナ様が飼われている猫よね?」

「うん。『リープリッヒ二世』っていう名前なんだけど、長いし皆リープって呼んでる。リープ! アイリスのドレスに毛が付いちゃうから僕の方においで?」


 するとリープは、一瞬だけアレクシスの方にチラリと顔を向けたが、再びアイリスの膝の上でくつろぎ出してしまう。


「あら~? アレク、あなたもしかして嫌われてるのではなくて?」

「そんな事ないよ! 僕は子猫の頃から凄く可愛がってたんだよ? 大体、リープがこんなに人に懐く方がおかしいんだ……。彼は物凄く警戒心が強くて、僕と母と世話係以外の人間には滅多に近づかないはずなのだけれど……」


 そういってアレクシスが気を引こうと、チチチッ……と舌を打つ。

 しかしリープは、そちらの方には一切見向きもしない。

 するとアイリスが、おかしな事を聞いてきた。


「ねぇ、この子って私が撫でても平気かしら?」

「平気も何も……そんなに懐かれているのなら、どう見ても問題ないだろ?」

「でもこの子、いつも私がセラフィナ様のお部屋に伺うとゲージの中から威嚇してきて暴れまわっていたから……」


 そう言いながらアイリスがそっと撫でると、リープはアレクシスでも見た事のない表情をして、喉を鳴らしながらアイリスに甘えだした。

 するとアレクシスが何かに気付く。


「アイリス……君、もしかして猫に触ったりするのって、今回初めて?」

「えっ? 確かに……そうね」

「それじゃ、外出時とかに猫が集まって来た事とかなかった?」

「そういえば、よく町に買い物に行った時にやたらと猫達に道を塞がれて、エレンが追い払うのに苦労していた事が……」


 その返答を聞いて、アレクシスが盛大にため息をついた。


「な、何よ……」

「なるほど。君の場合は『猫』なんだ……」


 するとアイリスが不機嫌そうな表情を浮かべた。


「何よ! 私が猫っぽいとでも言いたいの!?」

「確かに君は僕が触れようとすると、警戒したり威嚇してきたり、挙句の果てには引っ掻いてくる事もあるから猫っぽいけれど……そういう意味じゃない。君がやたら懐かれやすい生き物(・・・・・・・・・)が『猫』なんだ」

「懐かれやすい……?」


 まだよく分かってないアイリスの様子に流石のアレクシスもやや焦る。


「君……まさかだと思うけれど、サンライズの巫女の『特定の生き物に好かれやすい』っていう特徴、知らない訳じゃないよね……?」


 するとアイリスが大きく目を見開く。


「何よ!? その変な特徴!!」

「うわー……本当に知らなかったんだ。というか……よく今まで気づかないまま過ごしてこれたね?」


 あまりの事にアレクシスが、あからさまに呆れ顔をする。


「だ、だって! 私、外出時はいつもエレンが一緒だったから……。一人の時に猫と遭遇なんかした事なかったし……。むしろこの子が、いつも私の姿を見るとゲージの中で暴れていたから、自分は動物に嫌われやすいタイプなのかと……」

「むしろ逆だよ……。君が母の部屋を訪れた際、リープがゲージの中で暴れていたのは、君の傍に行きたいのに行けないから出せって暴れていたんだ」


 その信じがたい話から、アイリスにある疑問が浮かんだ。


「も、もしそれが本当なら、姉や妹達……リデルやクラリスにもそういう生き物がいるって事じゃない!」

「うん。いるよ。そもそも君、幼い頃に妹達と一緒に遊んでいる時、そういうの気づかなかったの? マルグがよくカエルとか捕まえて来なかった?」

「待って……。あの子の好かれやすい生き物ってカエルなの!?」

「そうだけど……」

「嘘でしょ!? 私、あの子がちょっと独特な性格だから、単にカエル好きな変な子だとばかり思っていたのに!」

「確かにマルグはカエル好きではあるけれど……変な子っていう言い方は、実の妹に対して、ちょっと酷いと思うな……」


 マーガレットを不憫に思ったアレクシスの言葉は、16年間その事に全く気付けなかった事に衝撃を受けたアイリスの耳には届いていない様で……アイリスはリープを膝の上に乗せたまま固まってしまっている。その様子にアレクシスが苦笑した。


「まぁ、今後は外出時には気を付けてね? でないと、あっという間に君の周りには猫達が集まって来てしまうから……」


 そう言ってアイリスの膝の上に我がもの顔で居座っているリープに手を伸ばす。

 しかしリープは、懐いているはずのアレクシスに対してシャーっと威嚇した。


「うーん。今日のリープは、可愛くないな……」


 そう呟いて再度リープに手を伸ばし、無理矢理アイリスから引き離そうとした。

 すると威嚇したままリープが暴れ出し、キラリと自慢の爪をむき出しにする。


「イタッ! イタタタタ……ッ! 痛いってばっ!!」


 途中までリープを掴んでいたアレクシスの手が緩む。

 その瞬間、リープはその手から逃げ出し、床へと着地した。

 そしてアレクシスに向かって二回ほどシャーっと威嚇した後、再びアイリスの膝の上に我がもの顔で陣取ってしまう。


「お前はぁ……。ダメだって言ってるだろ!? こっちへ来なさい!」


 そう言ってリープの両手を拘束しながら、アイリスから強引に引き離した。


「ちょ、ちょっと! そんな無理矢理……」

「ごめん。アイリス、ちょっとリープを母のところへ返してくるから!」


 シャーシャー言っているリープに何度も爪を立てられながら、引きつった笑顔でアレクシスが扉の方へと向かう。その状況にカルミアが慌てて扉を開けた。


「それじゃ、アイリス。少し待っててね!」

「え、ええ。ついでに着替えて来てね……」


 しかしアイリスの言葉は、爪を立てて暴れまわるリープとの攻防を繰り広げていたアレクシスには届かなかった……。


 これ以降、リープはアイリスに用のある人間と一緒に度々部屋に入って来てしまう様になる。その度に何度も何度もアレクシスによって、王妃セラフィナの許へと強制送還させられた。

 そのあまりにも熾烈な猫と人間の攻防にアイリスが呆れながら、一言言い放つ。


「別にいいじゃない。リープがいても……」

「嫌だよ! こいつが君の膝の上を占領している限り、僕が君の膝枕を堪能したくなっても出来ないじゃないか!」


 そのアレクシスの言い分にその後のアイリスは、率先してリープを自室に招き入れる様になったと言う……。

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