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雨巫女と天候の国  作者: もも野はち助
【番外編】

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26/30

釣り

アイリスが10歳、アレクシス12歳の頃のお話です。

本編3話の二人が手紙をやり取りし出す切っ掛けのアレクシス視点になります。

 つい先程まで見事な雲一つない青さを見せていた空が、急に薄暗くなった事に今年十二歳になったアレクシスは、ふと窓の外に目を向けた。

 そして、盛大にため息をつく。


 恐らく今現在、どこかで自身の婚約者が雨乞いの儀を行っているであろうと察したアレクシスは、無意識に唇を噛んだ。本来、その雨を止める役割は自分であったはず。しかし婚約者のアイリスは、ずっとそれを頑なに拒んでいる……。


 彼女の降らせる雨は、他の雨巫女達とは比べものにならない程、強力だ。

 そんなアイリスの巫女力は、今はまだ彼女が幼いという事もあり、国王でもある父エクリプスの晴天の力でも何とか抑えられているが……あと二年もしない内にその力は、父のみの力でも抑え込むのは難しいと言われている。


 そしてアレクシス自身も、歴代きっての強い晴天の力を持って生まれた。

 だから本来ならば、異例の巫女力でアイリスが降らせる雨を同じく強力な晴天の力のアレクシスが雨の量を調節してやれば、非常にスムーズに事が進むのだが……アイリスは、それを絶対に許さなかった。


 アイリスは四年前から、アレクシスをずっと拒絶している。

 顔を会わす事はもちろん、手紙でさせ読まずに破り捨てている……。

 そこまで彼女を怒らせる事をアレクシスは行ってしまったのだ。

 今更、その事を後悔しても遅いし、彼女をそこまで怒らせてしまった落ち度は、確かに自分にはあると思っているアレクシス。

 しかし……もう四年も経ったというのに一向に謝罪を受け入れてくれないアイリスに対して、かなり苛立ちを感じていた。


 四年間、アイリスに出し続けた手紙は、全て開封されずに破り捨てられた。

 その内、最初の二年までは心の底から悔いている内容で手紙を綴っていたアレクシスだが……昨年の三年目に入ったところで、心が折れかける……。

 それからはたった一言の謝罪の言葉だけを便箋に書き、それを送っていた。

 それでもアイリスからの返事は、一通も返っては来なかった……。


 そして今から半年程前からアレクシスはその一言を謝罪の言葉ではなく、全く謝罪を受け入れてくれないアイリスに対しての不満の言葉で書く様になった。


『いい加減に許してくれないかな?』


『君の心の広さは猫の額程度なのかい?』


『そんな子供っぽい事が、いつまでも通らないよ』


『せめて話し合う事だけでも考えて欲しい』


 初めの一カ月目は、許してくれないアイリスの行動を咎める様な内容だった。

 しかしそれは次第にアイリスを挑発する様な言葉に変わってゆく……。


『たった一度、歌を貶されたくらいで君は逃げるの?』


『君は臆病者なんだね』


『そんなに気が強そうな見た目なのにとんだ見掛け倒しだ』


『悔しかったら僕に面と向かって言い返してみなよ』


 現在では、それらの言葉を一言だけ綴った便箋が、アレクシスの執務机の一番下の引き出しに大量にストックされている。

 それを毎週アイリスに送り続けているのが、アレクシスの今の現状だ。

 その便箋が入っている引き出しに目をやり、アレクシスは再びため息をつく。


 すると、窓ガラスにポツポツと水滴がぶつかり始めた。

 恐らく、アイリスの雨乞いの儀が本格的に始まったのだろう。

 それを察すると、アレクシスは椅子から立ち上がり、部屋付きのバルコニーに出られる窓を開ける。バルコニーの床は、早くもアイリスの降らせている雨の所為で、本来の色よりもやや薄暗い色へと変化し始めていた。


 そのバルコニーへと一歩足を踏み出し、ポツポツと振り出した大きな雨粒を顔に受けながら、アレクシスがスッと片手を上げる。すると……世界を闇に閉ざす様に集まりかけていたどす黒い雨雲達が、ゆっくりと散り始めた。

 その下から現れたのは青空を隙間からチラチラと見せ、後光のような光を大地に差し込ませている薄灰色の曇り空だ。青空、曇り空、そしてどす黒い雨雲という全く相いれない条件が、たった一つの空で同時に発生する。

 そんな幻想的な空にアイリスの生み出した飴玉のような雨粒が大量に降り注ぐ。


 それに抗う様にアレクシスは、更に掲げている手に力を込めて空を晴天に導く。

 すると反応する様に黒い雨雲が、散り散りになりながら消滅していった。

 雨雲の消滅で大きく姿を現した曇り空は、チラリと顔を覗かせていた青空に押し寄せられ、光のカーテンを大きく広げ始める。

 すると晴天の空の中、大粒の雨が大量に降り注ぐという珍しい現象が起きた。


 しかし五分もしない内にその大粒の雨は、木々や花々に宝石の様な水滴を纏わせ、キレイに止んでしまった。そして空には、ゆっくりと大きな虹が掛かる。


 アレクシスは、アイリスと出会ってからのこの四年間、彼女が降らせる強力過ぎる雨をずっと、こうして抑え込んでいた。

 それも誰かに頼まれたのではなく、自分の勝手な独断で……。


 そして父であるエクリプスは、恐らくその事に気付いている。

 しかし父は、アレクシスのその行動を一切咎めなかった。

 四年前から、アイリスの力を抑え込むのは自分だと主張してくる息子の気持ちを尊重する為にあえて、気付かないふりをしてくれているのだ。

 そんな父の計らいに感謝はしているが、それでも自分以外の人間がアイリスの巫女力を抑えている事には、我慢ならなかったアレクシス。

 だからアイリスが雨を降らせている事に気付くと、無駄に晴天の力を使った。

 ずっと無視し続けるアイリスに自分の存在を訴える様に……。


 しかしアイリスには、その気持ちは全く届いていない……。

 その証拠に未だに四年近くも出し続けている手紙への返事はゼロだ。

 だから最近、この力を使った後のアレクシスは虚しさばかりを感じてしまう。

 そんな気持ちを今回も抱きながら、髪に掛った雨粒を払い、部屋に入る。


 すると、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 許可を出すと、ヒースと同い年であるもう一人の側近セルジオが入室してきた。


「セルジオ? 今日の僕の側近は、ヒースが担当ではなかったかい?」


 するとセルジオは、苦虫を噛み潰すような顔をして呆れ気味に報告する。


「あのバカは、昨日第二騎士団の若手と揉めまして……。三人ほど医務室送りにしたらしく、レスター隊長よりお叱りを受け、本日は謹慎しております」

「ヒースは、何をやっているんだ……」


 ヒースはアレクシスが八歳の頃、第二騎士団の見習い騎士から、その能力の高さに目を付け、近衛騎士団の見習いとして引き抜いた人材だ。その所為なのか……元同期からやっかみを受けてけ、よくケンカを売られている。

 対してこのセルジオは、丁度同じ時期にアイリスの護衛であるエレンと同じく、エリアテールの婚約を承諾する条件として、コーリングスターからアレクシスが、もぎ取った優秀な魔法騎士見習いだ。

 二人共同時期に十歳という年齢でアレクシスの側近兼護衛見習いを務めている。


 そんな二人は現在十四歳なので、そろそろ一人前の騎士にという状況なのだが……冷静で落ち着いた雰囲気のセルジオと違い、社交的で感情豊かなヒースは男女ともに人気もあり、嫉妬の対象にされやすく、こういう事が割と多い。


「まぁ、いいか。後はレスターが、きっついお灸を据えてくれるだろう……」

「その後、アレクシス様からも処罰があるのですよね?」

「当たり前だろ? ヒースは色々器用にこなせて優秀なのだけれど……君と違って、すぐ感情的になるからね。そこは徹底的にシゴキ……じゃなくて、直して貰わないとね!」

「あのバカにその様に忠告しておきます……」

「しっかり脅しておいてね?」


 もう四年も仕えてくれているヒースとセルジオは年が近い事もあり、主であるアレクシスとは、割と友人感覚で距離感が近い。

 まぁ、大概がアレクシスとセルジオにヒースがいじられているのだが……。

 そんな二人は、アレクシスの護衛をメインで担当しており、国内での外出時はヒースが、国外への外出時は魔法が扱えるセルジオが担当している。


「ところでセルジオ、何か用があったのではないかい?」

「はい。実は……このようなお時間なのですが、一通だけお手紙が……」

「こんな夕方に手紙? 急ぎでなければ明日でも……」


 そう言いかけたアレクシスだが、セルジオの手にしている手紙の封蝋印を見て、目を見開く。そしてその手紙をひったくる様にセルジオから奪った。

 その様子にセルジオが苦笑する。


「すぐにお持ちしたほうが、よろしいかと思いましたので」


 そのまま自分の執務机の引き出しを乱暴に開け、物凄い勢いでペーパーナイフを取り出したアレクシスは、その手紙の封を切る。

 中には、ビッシリと文字が並んだ便箋が5枚も入っていた。

 その手紙を読んだアレクシスが、破顔しながら笑みをこぼす。


「掛かった……。やっと食い付いた!」


 手紙の最後の差出人名には『アイリス・レイン・スコール』と記載されていた。


「どうされますか? すぐにお返事を書かれるのなら……」

「いや、今日はいい。返事は明後日にする」

「明後日……で、ございますか?」


 アレクシスがアイリスからの返事を待ち続けていた事を知っているセルジオが、その意外な返答に驚く。

 するとアレクシスが、イタズラでも企む様な笑みを浮かべた。


「そんなすぐに返してしまったら、僕が彼女の返事を首を長くして待っていた事に気付かれてしまうじゃないか……。ここはじっくり、魚が針に掛かるまで待たないとね! この手紙は、あくまでも撒き餌なのだから」


 そうも言いつつも嬉々として執務机に向かうアレクシス。

 その様子にセルジオは、また苦笑してしまった。


「セル、君はもう下がっていいよ。手紙は明後日に出して貰うから」

「かしこまりました。それでは失礼致します」


 そう言ってセルジオは、優しい笑みを堪えながら退室して行く。

 一方、部屋に一人となったアレクシスは、サンライズ王家の紋章入りの何も書かれていない便箋を引き出しから取り出した。


 書く内容は一言だけ。

 でもそれは必ずアイリスの怒りを増幅させる内容でなければならない……。

 それと同時にアレクシスがアイリスに興味が無さそうな雰囲気も必要だ。

 散々悩んだ末、アレクシスが選んだ言葉は……


『言いたい事は、それだけ?』


 そのたった一言をサンライズの紋章入りの便箋に大きく、丁寧に、そして感情が出ない様に書き綴ったアレクシス。


 正直、これは賭けだ。

 もしかしたら怒りを増幅させ過ぎて、また音信不通になる可能性もある。

 しかし、便箋五枚にビッシリとアレクシスへの不満を綴ってきたアイリスなら、きっとこの内容に怒りの炎を燃やして、全力で返事をしてくるはず……。

 それを信じて、アレクシスは封筒にも美しい文字で丁寧にアイリスの名を書いて封蝋を施す。


 そして先程、受け取ったアイリスからの手紙を何度も何度も読み返す。

 内容は自分に対する不満ばかりが書いてあったが、その手紙はアレクシスが貰った手紙の中で一番嬉しい物となる。


 これを切っ掛けにアレクシスは、嫌味ばかりではあるが、アイリスとの三年間もの手紙のやり取りにまで繋げ、少しづつ彼女の生活に自分自身をゆっくりと……じっくりと、溶け込ませて行った。


 そんな切っ掛けにもなった便箋五枚にも及ぶ、アレクシスに対しての不満が綴られた手紙は、十年後の妻アイリスに発見されるまで、執務机の一番上の引き出しに大切に保管されていたという……。

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