16.同盟結成
アイリスにとって、想像以上に収穫のあったこのお茶会は、これを切っ掛けに週三回程の頻度で行われるようになった。
それはアイリスだけでなく、クラリスとリデルシアにとっても初めて気兼ねなく話せるという友人が出来たという嬉しさからでもある。
そんなお茶会の話題は、アイリスに関してはアレクシスの愚痴が多く、クラリスに関しては手の掛かる個性的な妹達の悩み相談の様な話が多い。
そんな二人の話をリデルシアは面白がって聞いていた。
中でもアイリスのアレクシスの愚痴は、しゃべり出すと止まらなくなる程だ。
それだけここ最近のアイリスが抱いているアレクシスへの不満は大きい……。
今回、三回目となる本日のお茶会でもそんなアイリスの不満が大爆発する。
「そういえばアイリス、最近夜会に参加する度にアレク様から頬に熱烈な接吻を受けているという噂は、本当なの?」
からかうように聞いてきたリデルシアの質問に対して、アイリスは食べていたタルトの真ん中にグサリと勢いよくフォークを突き刺した。その行動にクラリスが、ビクリしながら顔を強張らせる。
「本当よ……。いくら演技とは言え、普通あそこまでやるっ!?」
「まぁ、アレク様だからね……。やるからには徹底して溺愛アピールをやるだろうね……」
呆れ気味な顔でリデルシアが返すと、アイリスが更にタルトにフォークを何度もザクザクと突き刺し、その様子にクラリスがアワアワと困惑し出す。
「もう、本当に、あの男は、鬱陶しいのだけれど!」
何度も勢いよくタルトにフォークを突き立てるアイリスの様子にクラリスの顔色が、徐々に青くなっていく。そんな状況に気付かないアイリスは、更にタルトに怒りをぶつけ続けた。
「あの男……夜会の時にやたら腰に手を回すエスコートばかりしてくるし、手の甲にも何度も口付けしてくるし、耳元で囁くふりをして嫌味と皮肉を何度も言ってくるのよっ!?」
「最後のは、いつものアレク様の行動の様な気がするのだけれど……」
「耳元で言われると、腹立たしさが何倍にも膨れ上がるのよっ!」
「あははっ! 確かに!」
「ア、アイリス様、どうか落ち着いてくださいませ!」
もはやアイリスの手元にあるタルトは穴だらけのボロボロだ……。そんなタルトの惨状に憐れむような視線を注ぐクラリス。
一方、リデルシアは完全にアイリスの反応を面白がっていた。それが気に食わなかったアイリスが、今度は話題の矛先をリデルシアに向ける。
「そういうリデルだって、婚約者様とは相当仲が悪いって聞いたわよ?」
「もしかしてアズリルからかな? 私の婚約者は、彼女の婚約者であるマリンパールの第二王子オルクティス殿下と幼馴染だから」
「そうなの?」
「年齢は二つ年上らしいのだけれど、幼少期の頃にレイ……私の婚約者のレイオットの家にオルクティス殿下が剣術を習いによく来ていたらしいんだ。その関係で、小さい頃から遊んでいたみたいだよ?」
「前から思っていたのだけれど……リデルの婚約者様って、もう家督をついでいらっしゃるのよね? まだ17歳でしょ? 随分と若いわよね?」
「まぁね。前伯爵のお父上が7年前からご病気で現在は寝たきりだから、12歳で家督を継いだみたい。でも……剣術の名家である伯爵家の生まれなのに大の剣術嫌いで、一切扱えないみたいだけどね!」
そう言ったリデルシアは、珍しく不機嫌そうな表情を浮かべた。
一体どういう経緯で二人は婚約に至ったのだろうか……とアイリスが不思議に思う。政略的な意図が強いとはいえ、サンライズの巫女が婚約者に選ばれる時は、相手からの申し入れが殆どだからだ。
そんなアイリスの心を読む様に、リデルシアは愚痴る様に語りだす。
「私は嫁ぐのであれば自分よりも強い男性がいいと思って、嬉々としてこの婚約を承諾したのに……。蓋を開けたら、相手は剣術の名家の癖に剣術が全く出来ないなんて、詐欺じゃないか!」
「リデル様もかなりの剣の使い手でありますものね」
「そうなの!? リデルってそんなに強いの?」
「うーん。どうかな? でも巫女力を使う時は剣舞で発動させてるよ」
「剣舞っ!? リデルが剣舞って……。もう殆どのご令嬢達が骨抜き状態になるじゃない!」
「まぁね!」
「うわ~! 是非、見てみたいのだけれど!」
「アレク様に頼んでみたら? そうしたらいつでも野外劇場で披露するよ?」
「アレクに頼むのだけは、絶対に嫌っ!」
「あはは。アレク様、よほどアイリスを怒らせてしまったみたいだね」
確かにここ最近のアイリスは、アレクシスに対してかなり腹を立てている。その一番の原因は、先程話した演技という名目でされる過剰なまでの愛情表現だ。
アイリスが巫女会合で歌声を披露してから、一瞬様子がおかしくなったアレクシスだが……。今はもう以前の様に戻ったというか、毎度お馴染みのアイリスをおちょくる様な言動を繰り返していた。
だが更に厄介なのは、アレクシスが以前よりも過剰にアイリスに絡んでくる事だ。
特に一番アイリスを苛立たせているのが、周囲に見せつける為の演技で行われる過剰な愛情表現だった。周囲が抱いている二人の不仲説を払拭する事が目的だと言いながら、明らかにアイリスの反応を楽しんでいるとしか思えないのだ。
その事を思い出してしまったアイリスが不機嫌そうな顔をしながら、またしてもリデルシアの婚約者の話題へと話を戻す。
「私の事はどうでもいいでしょ? それよりもリデルがそんなに嫌っているのならば、婚約者様もさぞ気落ちしているのでは?」
それ聞いたリデルシアは、盛大に笑い飛ばした。
「ないない! というよりも……向こうも私の事を詐欺女とか、性別詐称女とか、凶暴女とか好き勝手言っているから!」
「随分、口の悪い伯爵様ね? そもそも何故リデルが詐欺女なのよ?」
「実は私、昔はティアドロップ家のご令嬢達みたいにレースやフリルが、ふんだんに使われたドレスとか、よく好んで着てたんだよね……」
「ええっ!? そうなの!? やだそれ、見てみたい!」
「今は嫌だよ……。だってこの容姿と身長じゃ全く似合わないし……」
そう告げるリデルシアだが、今でもそれらの服装は好きなようだ。すると、先程まで二人のやり取りを見守る事に徹していたクラリスが口を開く。
「リデル様はお小さい頃は、それはもう天使の様な愛らしいご令嬢で、巫女仲間でも評判でしたものね」
「クラリスはフリルだらけのリデルを見た事があるの!? いいなぁー。でも何故、それが詐欺女になるのよ?」
「レイは今もそうなのだけれど……昔からティアドロップ家のご令嬢の様な小柄で、お人形みたいな美少女が好みなんだよね……。それでたまたまその条件に合っていた当時の私にすぐに婚約を申し込んできたのだけれど……。成長した私は、彼の希望とは大きくかけ離れた成長の仕方をしてしまったからねー。まぁ、詐欺なのはお互い様なんだけど、それが気にくわないみたいで顔を合わせれば、すぐ突っかかってくるんだよね……」
「でも、それならば婚約解消って話にはならなかったの?」
「彼の父である前クロフォード伯が、私の剣舞をかなり買ってくれていて……。クロフォード家って、この大陸の北西海岸沿いの警備をマリンパール王家から一任されているのだけれど、その警備騎士達の指揮を高める為、年に四回行われる剣術大会の開催式で私が披露するその剣舞が騎士達の間で、かなり評判でね。その関係で簡単には、婚約解消したくないみたいなんだ……。まぁ、私が成人したら解消してくれると思うけど」
そう語ったリデルシアは、その後どうでも良さそうな表情で紅茶に口を付ける。
「そんな婚約破棄前提の状態なのに……リデルは嫌ではないの?」
「いや? そもそも私は幸せな結婚願望とか特にないし。でもしいて言うのであれば、夫に迎える人は私よりも強くて毎日手合わせしてくれる殿方がいいな!」
そう宣言するリデルシアにクラリスが何とも言えない笑みを浮かべているところを見ると、その理想の殿方を見つける事が至難な程、リデルシアの剣術の腕前は凄いらしい。
「そういえば……クラリスの婚約者様は、どんな方なの?」
「シリウス様は、わたくしよりも八歳も年上のお方です。ウッドフォレスト王家で厳重に出荷管理されている貴重な薬草を育てている領地を代々守っている家系で、騎士としてもとても優秀な方だそうです」
「『だそうです』って……。まるで人伝てで聞いた様な言い方なのだけれど……」
「わたくしは婚約後から現在までの12年間、シリウス様に一度もお会いした事がないのです……。この雨巫女の力も万が一、領地が日照りが続くような事があった際、管理されている貴重な薬草の管理に支障が出る困る事を懸念し、前伯爵様が勝手に息子であるシリウス様の婚約者にわたくしを選んだそうです。ですが、今現在まで日照りの心配はなく、現在はウッドフォレストの雨不足はフィーネの力のみで補える状態なので、もはやわたくしの役割は殆どございません。そして現在、わたくしも成人してしまったので、そろそろご先方より婚約解消のお話が出るかと……」
そう話すクラリスは、まるで自分の人生を諦めている様な表情で苦笑する。
ちなみにクラリスは巫女力の使い方がティアドロップ家のフィーネリアと同じで、彼女に雨乞いの儀を教えた間柄なので、フィーネリアからは慕われている。そんなクラリスの話にアイリスが、やや苛立った様にクラリスに問う。
「そのレイニーブルー家の鬼畜的な婚約の仕方って、何とかならないの!?」
「父は……その、古風な考えの方なので……。わたくし達の婚約関係で得られた人脈をレイニーブルー家の繁栄にとのお考えが強いのです……。わたくしや姉は、このような特別な力を授かって生まれた以上、それがレイニーブルー家の令嬢としての自身の役目として割り切っておりますが……。妹達はそうではありません。割り切っているようで、心の奥底ではその事に抗いたい気持ちを抱え、必死でそれを抑え込もうとしております。その反動なのか、この間の巫女会合の時の様にその怒りが外部に向いてしまう様です……」
珍しく長く語ったクラリスだが、その表情は何だか辛そうだ。
だがそれは、自分自身の理不尽な状況を嘆くというよりも妹達の事を思っての事だろう……。そんなクラリスの現状にアイリスは怒りを覚える。
「不本意だけど……その頭の悪いレイニーブルー現伯爵様は、アレクが即位した際に完膚無きまで地に落としてくれるまで待つしかないわね……」
「アイリス様……。一応そんな人間でもわたくしの父なのですが……」
「大丈夫。あなたのお父様には彼は危害を加えたりしないわ。ただ……即位後は即行で長女エミリア様のご婚約者をアレクの息の掛かった方にして、現レイニーブルー伯爵に家督をさっさと婿養子に譲るよう脅すだけ。なんせバカにつける薬等ないのだから、それぐらい一度徹底的に潰した方が、確実で手っ取り早いもの!」
「そんないい顔で言わなくても……。アイリスは本当に性格がきついなぁ」
「だって同じ私達は、しっかりとサンライズの巫女の特権で守られているのにレイニーブルー家のご令嬢方だけ、その特権が適用されていないなんて、おかしな話じゃない!」
そう言ってアイリスがプリプリと怒り出す。
その様子にリデルシアは、思わず苦笑してしまった。
「アイリス、不本意かもしれないけれど……あなたは次期サンライズ王妃としては最高の適任者だと思うよ?」
「やめてよ! その事はあまり考えない様にしてるんだから!」
次期サンライズ王妃という事は、すなわちアレクシスの妻という事になる。
いくら逃れられない未来とは言え、出来るだけ考えない様にしているのだ。
するとクラリスが控えめだが、嬉しそうに笑い出す。
「クラリス?」
「も、申し訳ありません。でも……ここにいる全員が婚約者の方と何らかの問題を抱えているという状況にその、少し安心してしまいまして……」
クラリスのその言葉にアイリスとリデルシアが、顔を見合わせる。
そして二人同時に吹き出した。
「確かに!」
「それではこのお茶会の集まりは『婚約者に恵まれない同盟』ね!」
そう言って今度は、三人で一緒に笑いあった。




