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雨巫女と天候の国  作者: もも野はち助
【本編】

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15/30

15.お茶会

 アレクシスが微妙な反応をし出す様になってから四日後。

 ついに待ちに待ったアイリス主催の小さなお茶会の日が訪れた。


 その間にアイリスは、一回だけアレクシスと一緒に夜会に参加したのだが……。アレクシスは宣言通り、過剰とも言える愛情表現をわざと公の場でやたら繰り返し、アイリスの神経を大いに逆撫でした。


 今ではそのたった一回の夜会参加だけで、社交界では『王太子は、幻の存在と言われていた婚約者である雨巫女に夢中』という噂まで出回ってしまっている。

 他にも『婚約者があまりにも美し過ぎた為、過保護な王太子が今まで公の場にあえて連れて来なかった』という内容や『溺愛し過ぎて人目に触れさせたくなかった』等の何とも恥ずかしい噂で大いに社交界を盛り上げていた……。


 もちろん、夜会から帰った後、その事をアレクシスに猛抗議したアイリス。

 しかし当のアレクシスは……


「でもあっという間に君と僕の不仲説は無くなっただろ?」


 と、全く悪びれもせずに返して来た。

 この返答にアイリスは大いに怒り、夜会以外はアレクシスとの接触を回避しようとしたのだが……それを察してなのか、暇さえあればアレクシスはアイリスの部屋へ嫌がらせの様に毎日訪れるようになってしまった。


 その為、この四日間にアイリスが溜めに溜めたストレスゲージは計り知れない。

 その鬱憤を晴らすが如く、今日のお茶会を楽しみにしていたのだ。

 そんな熱のこもった今回のお茶会は、万全の準備が成されている。


 今回お茶会の場所として選んだのは、庭園内を一望出来るちょうど日向と日陰の交じり合った中庭の一角だ。この場所は少人数でのお茶会では、王妃セラフィナの一押しの場所だそうだ。


 用意したケーキも王家お抱えの一流パティシエが、何故か大いに張り切って作ってくれた珠玉の一品だ。濃厚で上品な甘味のあるミルクチョコレートのムースを高級ビターチョコレートでコーティングし、ホワイトチョコで作られた繊細な薔薇の飾りが見事に施された美しいチョコレートケーキである。


 正直、一昨日試作品としてアイリスのお茶の時間に出された際は、あまりにも豪華な出来栄えに思わず、そのパティシエを呼んでしまった。

 もう少し華美さを抑えて欲しいと伝えようとしたアイリスだが……。

 現れた40代前後のそのパティシエは、何故か部下二名を伴い、三人ともニコニコしながらアイリスからの依頼に嬉々として取り組んだという事を熱く語った。

 その為、結局言い出せなくなり今に至る。


 紅茶に関しては、侍女のパールが淹れるのが上手なので一任した。

 焼き菓子に関しては、朝一番にカルミアが評判と噂のマーブルクッキーを用意してくれた。これでいつクラリスとリデルシアが来ても大丈夫だ。

 そんな完璧な準備の成されたお茶会の場をにんまりしながら眺めるアイリス。

 すると、護衛のエレンがアイリスの許へとやって来た。


「アイリス様、先程レイニーブルー家のクラリス様と、ストーム家のリデルシア様がお見えになり、現在客間の方にてお持ち頂いております」

「分かったわ。もうこちらは準備出来ているから、ご案内して?」

「かしこまりました」


 もうすぐ二人がここへやって来る。

 今まで妹分のフィーネリアとアズリエールくらいしか友人と呼べる存在がいなかったアイリスは、この日をかなり楽しみにしていたのだ。


 まぁ、今回は猫を被ったままでの対応にはなってしまうが……。

 それでも三人共、婚約者と上手くいっていないという共通点がある。

 きっとこの部分で共感出来て、愚痴を言い合える仲になるかもしれない。

 そんな淡い期待をアイリスは抱いていた。

 すると、エレンが二人をここまで案内して来る。


「アイリス様、本日はわたくしの様な者をこの様な素敵なお茶会にお招きくださり、誠にありがとうございます……」


 深々と礼をするのは、レイニーブルー家のクラリスだ。

 今日も相変わらず分厚い瓶底メガネに紺一色のドレスで、まるでシスターの様にキッチリと量の少ないサラサラの紺の髪をおさげに結っている。

 巫女会合の時にチラリと見えたあの美しい瞳が、メガネで隠されているのが何とも残念だが、クラリス自身、人と目を合わせるのが苦手なのだろう。


「クラリス様は、相変わらず真面目でお硬いですね~。アイリス様、本日は飛び込みで申し出た私をお茶会に参加させて頂き、ありがとうございます」


 逆にやや砕けたさっぱりめの挨拶をしてきたのが、ストーム家のリデルシアだ。

 こちらも前回同様、サンライズの近衛騎士団の制服を着てきた。

 だが、その長身で長い手足のスレンダーなスタイルに銀の髪をなびかせた様子は、さながらどこぞの貴公子の様に見目麗しい立ち姿だ。

 神秘的なアメジストの様な紫の瞳が、端正な顔立ちに柔らかさを与えている。


「お二人共、ようこそお越しくださいました。本日は一流のパティシエの自慢の一品をご用意したので、是非お召し上がりくださいね?」


 そう言って、アイリスはパールとカルミアにお茶会の開始の合図を出す。

 するとパールが、濃厚な深みのある茶葉を丁寧に抽出して紅茶を淹れ出す。

 同時にカルミアが、パティシエ珠玉のチョコレートケーキを切り分け始めた。


「随分と美しいチョコレートケーキですね……。実は私は甘い物はそこまで得意ではないのですが、あちらのチョコレートケーキならば、ビターチョコレートがたっぷり使われている様なので、美味しく頂けそうです!」


『甘いものが得意ではない』という言葉に一瞬、アイリスが焦る。

 巫女会合の時も感じたが、どうやらリデルシアは思った事を正直に口に出してしまうタイプらしい。だが、そういうタイプだからこそ、その後の『美味しく頂ける』という言葉も本心からなのだろう。


「パティシエによりますと、コーティングに使ったビターチョコレートは、味わい深い苦みがあり、甘い物が苦手な方でもお口に合うそうです。ご用意致しました紅茶が、かなり濃厚な茶葉なので是非そちらと合わせてお楽しみくださいませ」


 アイリスがそう説明すると、タイミングよくパールとカルミアが紅茶とケーキを運んできてくれた。するとリデルシアが、その見事な薔薇のホワイトチョコの飾りに感嘆の声を上げる。


 だがここで気になるのが、先程から一切声を発しないクラリスだ。

 相当緊張しているのかと思い、アイリスが目を向けると……微かに頬を紅潮させチョコレートケーキに釘付けになっている。


「クラリス様?」


 アイリスのその呼びかけにハッとしたようにクラリスが我に返る。


「も、申し訳ございません! その……チョコレートケーキには目がないもので、つい……」


 そう恥じらう様に肩を縮こまらせてしまったクラリス。

 だがケーキを用意したアイリスとしては、かなり嬉しい言葉だ。


「良かった! パティシエも腕によりを掛けたと申しておりましたので、是非ご堪能くださいませ!」


 嬉しそうに笑顔を向けたアイリスにクラリスは、少しは照れた様な控えめな笑みを返してくれた。そうして小さく「ではお言葉に甘えて……」と、フォークで小さくクラリスにとっての一口分の量のケーキを掬い、口に運ぶ。

 すると余程美味しかったのか、すぐに頬を紅潮させ幸せそうな笑みを浮かべる。

 そんな微笑ましいクラリスの反応にアイリスも思わず、笑みをこぼす。

 すると、おもむろにリデルシアが声を掛けてきた。


「あの、アイリス様。一つ気になる事があるのでお伺いしたいのですが……」

「何でございましょう?」

「その見事なまでの淑女の仮面は、いつ取り去って頂けるのでしょうか?」

「え……?」


 まるで女性を口説き落とす様な輝かしい甘い笑顔のリデルシアが発した言葉にアイリスは笑顔を張り付けたまま硬直する。

 同時に隣で幸せそうにケーキを堪能していたクラリスの手も止まった。


「えっと……それはどういう事でございましょうか……」

「巫女会合の際、一瞬だけアイリス様はアレク様を略称の上に敬称も付けずに呼ばれてましたよね?」

「そう……でしたかしら?」

「しかもその後、まるでアレク様を挑発する様な発言もされてました。あれには私も含め、姉や妹達もかなり驚きまして……」


 その瞬間、アイリスは一気に青くなり、心の中で「終わった……」と呟いた。

 あの時、アレクシスの予想外な行動に頭に血が上っていたとはいえ、思いっきり素の自分をさらけ出していた事を今更ながらハッキリと思い出したのだ。

 だが、そのやりとりを見られていたとしてもその後の自身が行った雨乞いの儀で、どうにかうやむやに出来たと安心しきっていたアイリス。

 しかし、うやむやどころかストーム家の令嬢達は、しっかりと覚えていた。

 そのアイリスの行動は、王家に深い忠誠心を抱いているストーム家の令嬢達にとって、完全に王族への不敬行為にしか映らない。


「実はですね、あの巫女会合の後、姉達は王妃様のもとにある事をお願いしに行ったそうなのです」


 まさかアレクシスに対する不敬行為をセラフィナに抗議しに行ったのでは……と思ったアイリスが、ビクリと体を強張らせる。

 すると、リデルシアは満足そうに眩しいくらいの笑みを浮かべた。


「何でも姉達は全員で、セラフィナ様が管理されているアイリス様の後援会の入会希望をして来たそうです!」


 その言葉にアイリスは、驚きのあまり大きく息を吸いながら目を見開いた。


「ど、どうしてっ!!」


 そして思わず両手をテーブルに付き、立ち上がってしまった。その反応に大満足という笑みを浮かべたリデルシアが、真相を語り出す。


「実はあの一連の行動をアイリス様がされる前までは、私達ストーム家はお二人が不仲説を隠蔽する為に仲睦まじい演技をされているのではと疑っておりまして……。ですが、あの雨乞いの儀の直前、アレク様を敬称無しの略称で呼び、更に軽口まで叩かれるお二人の様子を見て、かなり気を許されているご関係だと確信致しました」

「気を許されている……」


 軽口を叩く関係なのは合ってはいるが……実際は気を許すどころか、嫌味と皮肉で壮絶な戦いをしている関係なのだが……と思ったアイリス。


「そもそも我がストーム家の人間は、強い女性に憧れる気質がありまして。姉であるクラリス様には大変申し訳ないのですが……あの時のアイリス様の見事なカトレア様へのご対応に私の姉妹達は皆、魅了されてしまったようです」

「強い……女性……」


 その言葉にアイリスが、ガックリ肩を落とす。

 そんなアイリスの反応がよほど面白いのか、先程からニコニコと爽やかな笑顔を向けてくるリデルシア。


「ですが……私は姉妹達とは違う部分でアイリス様に惹かれたのです」

「違う……部分?」

「アイリス様とアレク様……本当は仲があまりよろしくないですよね?」


 サラッと放たれたリデルシアのその言葉にアイリスは再び目を見開き、二人のやり取りを静かに見守っていたクラリスは、お皿の上にフォークを取り落した。

 その間、一瞬の静寂が訪れる。

 しかし、その静寂を破ったのは、意外な人物だった。


「あ、あのリデルシア様……。流石にその様に直接的に伺うのは……」

「待って! クラリス様も気づいてらしたのっ!?」

「え……? ええと……その、何となく、ですが……」

「そんな! 最大級に猫を被って完璧に演じきれていたと思っていたのに!」

「甘いなぁ……。あなたのアレク様嫌いの噂は巫女達の間では、かなり根強く浸透していたからね。簡単には覆せない状態だったよ?」


 恐らくその辺の令嬢だったら、コロリと落とせそうな程の極上の笑顔でリデルシアが、面白そうに言う。


「ただカトレア様とオリビア様にとっては、あなたとアレク様のあの演技は、かなり脅威に感じたようだね……。まぁ、確かに不仲説で有名なライバルである婚約者が、やっと姿を現したと思ったら、こんなゴージャスな美女なんだもの。それは焦るよね?」


 いつの間にか砕けた口調になっているリデルシアの話し方にアイリスの方も一気に緊張がほどけて行った。

 しかしクラリスの方は、その言葉に反応する様に暗い表情をする。


「わたくしの妹達が無礼な振る舞いをしてしまって……。本当に申し訳ございませんでした……」


 そう言って深々と頭を下げる。


「そんな! 頭をお上げください! クラリス様!」

「そうですよ。大体あんな可愛らしい攻撃、アイリスならどこ吹く風ですよ? あ、アイリスっとお呼びしても?」


 どこまでもマイペースなリデルシアにアイリスは、思わず吹き出してしまった。


「ええ! もちろん。私の方もリデルと呼ばせて頂いても?」

「光栄です。是非、お願いします。クラリス、あなたもそうお呼びしても?」

「え、ええ! もちろん! アイリス様も是非!」

「ありがとう! クラリスも是非、私の事をアイリスと」

「そ、そんな滅相もございません! アイリス様もリデルシア様も今まで通りの呼び方をさせていただきたいのですが……」

「それではつまらないよ。まぁ、クラリスの性格では、いきなり敬称なしというのは難しいと思うから、せめて私の事だけでもリデルと略称で呼んで欲しいな」

「で、でも……」

「少しずつでいいから、徐々に私達に慣れて行って欲しいかな。私もだけれど、あなたとアイリスも年の近い何でも話せる友人という存在は、今まであまり出会えなかったんじゃないかな?」

「待って。何故私は断定なの!?」

「違うの? あなたの場合、同等の精神の強さを持っている人でないと、何でも話せる友人にはなれないと思って。でも、そういう存在に出会える事は奇跡に近いから、今までいたとも思えないし」


 その的確な推測にアイリスが口を紡ぐ。


「その点、私はこの通り精神面は強いし、同じくクラリスも芯が強そうだから、あなたの友人にはおススメだと思ったんだ」

「か、買い被りですわ! わたくしは強くなど……」


 謙遜するクラリスにアイリスが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「あれだけ暴走した妹に冷静に凛とした態度で窘める事が出来る人は、確かに芯の強い真っ直ぐな人よね?」

「あの時のクラリスもカッコ良かったなぁ~」

「そ、そんな! カッコイイだなんて……」


 耳まで真っ赤になったクラリスは、俯いてしまう。そんなクラリスを微笑ましい目でみていた二人だったが、ふとアイリスが顔を曇らせた。


「そういえば……カトレア様のその後は……」


 するとクラリスが、やや困った様な笑みを浮かべる。


「今は部屋に引きこもっておりますが……。ただそうなった原因は、自分自身にあると今はきちんと理解しております。なので時間が経てば、すぐに立ち直る事が出来るかと。あの子は本来、人懐っこく活発な子だったのですが……ご婚約者様の事で社交界で色々と言われる事が多かったので、いつの間にか自分に対して卑屈になり、それを悟られないよう虚勢を張る事が多くなってしまいまして……。それはその下の妹オリビアも同じ事です。ですが今回、アイリス様にお灸を据えられた姉を見て、思う事があったのでしょう。あの後、ローズマリー様とマーガレット様に謝罪のお手紙を書こうと、今は奮闘しております」


 そう話すクラリスは、優しい姉らしい顔つきになっていた。姉妹間の仲が悪いと言われているレイニーブルー家だが、アイリスは巫女会合の時のカトレアがクラリスに放った言葉を思い出す。


『そんなみっともない瓶底メガネに毎回幽霊みたいな紺のドレスしか着てこない陰気な格好をして』


 その言葉からカトレアは、クラリスの器量の良さにしっかりと気付いており、それを隠す様にしている姉を何とかしたいと、ずっと思っていたのではないかとアイリスは推測する。


 同時に自分も妹達にかなり気遣われていた事にも気付く。今回の事で、知らない間に妹という存在にかなり心配を掛けているという事を痛感してしまったアイリスは、自分達はもう少し姉という立場である事を自覚すべきだと感じてしまった。


 するとリデルシアがしみじみしながら、ボソリと呟く。


「婚約者に問題があると、お互い苦労するよね……」


 その言葉にアイリスとクラリスは顔を合わせて、苦笑した。

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