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雨巫女と天候の国  作者: もも野はち助
【本編】

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13/30

13.姉妹喧嘩

 普段は気配を押し殺すように控えめで大人しいレイニーブルー家の次女クラリスの予想外の行動は、会場を驚きと気まずさで静まり返えらせた。


「な……何するのよっ!! こんな大勢の前で妹に手を上げるなんて!!」

「あなたが、あまりにもレイニーブルー家の名を汚すような行動ばかりするかでしょう!? 先程からアイリス様のお心を傷付けるような言動ばかりを繰り返して……。どうしてあなたは、人を思いやる気持ちが持てないの!?」


 突如始まったレイニーブルー家の姉妹喧嘩に会場にいる全員が唖然とする。

 それは滅多な事では動じないアレクシスでさえ、本日二度目の酷く驚く表情をしながら口をポカンとさせていた。

 そんな周囲の反応に全く気付かないレイニーブルー家の姉妹は、更に言い争いを白熱させていった。


「わたくしが家名を汚しているですってっ!? クラリス! あなただけには言われたくないわ! そんなみっともない瓶底メガネに毎回幽霊のように陰気な紺のドレスばかりを着て……。あなたの方がよっぽど我が家の名を汚しているじゃない!」

「でもわたくしは、誰かを故意に傷付けてなどいないわ……。でもあなたは違う。この巫女会合に参加する度にスコール家のご令嬢方に嫌がらせばかりしているじゃない! その行為が淑女として、どんなに醜い振る舞いなのか分からないの!?」


 その言葉に思わずアイリスは、妹のローズマリーとマーガレットを見やる。

 すると二人は、何とも言えない微妙な笑みを浮かべた。

 だが、そんな目線だけで会話が出来るスコール家姉妹と違い、レイニーブル家の姉妹達の口論は更に激しくなって行く。


「わ、私はただ同じ巫女同士として……伯爵令嬢として交流しているだけよ!」

「仮にそれがあなたの言う社交界での交流だと言うのであれば、淑女としては最低の振舞いだわ……。それに引き換えアイリス様のご対応はどう? あなたのその幼稚な振る舞いに対して正々堂々と向き合い、真摯にご対応してくださったわ。あなたにはその事も分からないの? 今すぐアイリス様に本日行ってしまった無礼な振る舞いの数々を謝罪なさい!」


 恐らくクラリスは、普段は内気で控えめな大人しいタイプの姉なのだろう。

 そんな姉から厳しく叱責を受けたのが初めてなのか……カトレアの瞳には見る見るうちに涙が溜まっていく。先程ローズマリーも言っていたが……。カトレアは相手を攻撃する事は嬉々として出来ても、自身が受けるダメージに関しては耐性が低い。それを証明するかのように最初の勢いが一気に萎み始める。


「何よ……。クラリスの癖に……っ!」

「わたくしの事はどう思っても構わないわ。でも他の伯爵家のご令嬢の方々に対して、あなたが行う無礼な振舞いは、もう見てはいられない……。カトレア! 今すぐアレクシス様とアイリス様に過剰に出過ぎた真似をしてしまった事を謝罪しなさい!」


 凛とした声で言い放つクラリスの態度についにカトレアの瞳から涙が溢れ出す。

 それを必死でせき止めようと歯を食いしばるカトレアだが、一度溢れてしまった涙は引く所か、まるます止まらなくなってしまう。そのまま少し俯く様に更に歯を食いしばって、小刻みに震え出すカトレア。

 だが次の瞬間……物凄い早さで会場から逃げる様に飛び出して行った。


 そんなレイニーブルー家の姉妹喧嘩により、静まり返ってしまった今回の巫女会合。

 流石のアレクシスでさえ、どう取り繕ってよいか困惑している。

 すると、その発端でもあるクラリスが、全員の方に向き直って深く頭を下げた。


「妹の度重なる無礼な振る舞い、及びこのようなお見苦しい姉妹の言い争いにて皆様の楽しい時間を壊してしまい、本当に申し訳ございません……。アレクシス様、アイリス様、妹の数々にも及ぶ不敬行動、大変失礼致しました。不出来な妹に代わりまして、姉であるわたくしより深くお詫び申し上げます……」


 そう告げながら深々と頭を下げるクラリスから、アイリスはある事に気付く。

 頭を下げたクラリスから、外部からの視線を遮断するかの様に掛けている瓶底メガネの奥の瞳が見えたのだ。

 その瞳は量の多い睫毛に囲まれ、アレクシスよりも更に淡い澄んだ水色をしていた。まるで内気な性格のクラリスそのものの様な繊細な美しい色だ。

 そしてよく見ると、彼女の顔の輪郭は逆三角形のシャープな美しい形をしており、それもクラリスの繊細さを更に強調している。

 アズリエールの話ではレイニーブルー家の中で一番器量が良いのは、先程会場を出て行ってしまったカトレアと聞いていたのだが……実のところ、それはこのクラリスの方ではないかと思ったアイリス。


「こちらこそ申し訳ない。カトレアが少し暴走気味になっている事には、気付いてはいたんだけど……。僕が上手く対応出来なかったから、こんな事になってしまって……。クラリスにも嫌な役回りをさせてしまったね……」

「いいえ。アレクシス様の所為ではございません……。あの子は今、個人的な事で色々と抱えてしまっているので、その怒りをどこにぶつけていいのか分からなくなっているのです……。その所為で何の関係もないアイリス様に当たる様な愚かな行いを……。アイリス様、本当に申し訳ございませんでした……」


 クラリスの言う『色々と抱えてしまって』の部分は、恐らくアズリエールから聞いた現在カトレアが婚約解消されかけているという状況の事だろう。

 だからと言って、アイリスを目の敵にされても困る。


「クラリス様。確かにカトレア様のお辛い現状は、わたくしも深くお察ししてあげたいという思いはございます。ですが、だからと言って王太子の婚約者に対する不敬行為をそう簡単に許してしまうと、他の方々に示しが付きません」


 そうきっぱり言い放つアイリスにアレクシスが怪訝そうな表情を浮かべた。


「ですので、姉君であられるクラリス様にその責任を取って頂きたいのです」

「アイリス? 何もそこまで目くじらを立てなくとも……」


 アイリスのその厳しい判決にアレクシスが口を挟もうとした。

 しかし次の瞬間、アイリスはクラリスに対してふわりと優しく微笑む。


「その謝罪の一環として、来週クラリス様がサンライズ城にお越しになり、わたくしと共にお茶を過ごして頂きたいのですが……よろしいでしょうか?」

「わ、わたくしが……アイリス様と?」

「ええ。今回の件は今までわたくしが、この巫女会合に参加出来ずに他巫女様方との交流が希薄だった事が大きな原因かと思います。特にレイニーブルー家の皆様とは、殆ど接点がございませんでした……。ですから、その代表としてクラリス様にわたくしとの交流を深めて頂きたいのです」

「アイリス様……」


 すると、遠くの方で一人挙手する人物がいた。ストーム家三女のリデルシアだ。


「あのぉ……そのお話であれば、我がストーム家も同様に今までアイリス様との接点がございませんでした。ですので、もしよろしければそのお茶会に私をストーム家代表として参加させて頂けないでしょうか?」


 その申し出にアイリスは、心の中で盛大にガッツポーズを決めた。

 まさかここでお友達第一希望候補であるリデルシアから、交流の申し出が来るとは思ってもみなかったのだ。

 その嬉しさが全開で出てしまったアイリスは、今日一番の笑顔をこぼす。


「ええ。もちろん! 是非リデルシア様もご参加くださいませ!」


 こうして若干わだかまりが出来た部分もあったが、大半の巫女達の支持を得た上に友人候補まで二名も得たアイリスは、この巫女会合を見事に乗り切った。



 翌日、アイリスは嬉々としながら来週自分主催で行うクラリスとリデルシアを招待したお茶会の準備に思いを巡らせていた。


「ケーキは城内のパティシエにお願いするとして……それ以外に何か焼き菓子系が欲しいわよね……。パール、カルミア。どこかおススメのクッキー等のお店を知らない?」

「クッキーでしたら、ピエール・アルテノールのマーブルクッキーと、ジャン・リベルスターのプチ・フルールが人気ですね~」

「リベルスターって、確かアレクが嫌がらせで5箱も寄越してきたクッキーよね。確かに美味しかったけど……今回はマーブルクッキーにしようかしら」

「よろしければ当日ご用意致しますが?」

「ええ。是非お願い」

「あとは場所よね……。エレン! 今回はお庭の方でお茶会をしたいのだけれど、場所の確保って出来る?」

「はい。こちらはセラフィナ様よりいくつか候補を伺っておりますので、そちらからお選び頂ければと思いますが」

「そう。ありがとう! あとでその候補の場所を見せてね?」

「かしこましました」


 すると、エレンがクスリと笑みをこぼした。


「何よ? 私の顔に何かついているの?」

「いえ、その……随分と張り切っておられるので、何だか微笑ましくて……」

「だって初めて友人を出迎えるお茶会なのよ? 私、自慢じゃないけれど自分主催で年の近い友人を招くなんて、今までした事がなかったのだもの」


 確かにアイリスにとって今まで友人的な存在は、雨巫女フィーネリアと風巫女アズリエールしかいなかった。しかしこの二人も友人と言うよりは、妹分という感覚の方が強い。

 その点、今回お茶に招待したクラリスとリデルシアは、二つ年上と同年齢だ。

 アイリスにとっては年下でないという部分で、初めて対等に付き合う事が出来る友人という事になる。

 それが嬉しくてたまらないのか、先程からアイリスのお茶会への想いは熱い。


 そんな一週間後のお茶会に思いを馳せていると、部屋の扉がノックされた。

 近くにいたカルミアが扉を開けると、アレクシスが入ってくる。


「やぁ、アイリス。昨日はご苦労様! 何とか乗り切れて良かったね!」

「それは……労いの言葉なのかしら? それとも嫌味を言いに来たの?」

「うーん。両方かな?」

「少しは労いなさいよ!」

「えー? だって君、確かに大半の巫女達の心は鷲掴みにしたけれど、約一名孤立状態に追い込んでしまったじゃないか……」


 そう言ってカトレアの事を示唆するアレクシス。


「待って! それ私の所為なの!? そもそも喧嘩を売って来たのは向こうなのだから、私は被害者じゃない!」

「そうなんだけど……。君、一応彼女より一つ年上だろ? あそこまで完膚無きまでに彼女の自信を打ち砕く演出は、ちょ~っと大人げなかったと思うけど?」

「相手が本気で来たのだから、本気で迎え撃つのが喧嘩の礼儀でしょっ!」

「喧嘩の礼儀って……。とても淑女の言葉とは思えないのだけれど……」

「そもそもあなたは、ここに何をしに来たのよ!」

「何って……僕が君に出した課題の評価結果を言いに来たのだけれど?」


 するとアイリスの動きがピタリと止まる。

 その反応にアレクシスが、ニッコリとした。


「一応、君に出した課題は、社交界での対人スキル及び、僕と仲睦まじい婚約者を演じられるかという課題と、巫女会合では他巫女達との親睦を深めるという内容の課題だったよね。結果的に言わせて貰うと……両方とも80点くらいかな?」

「何でよ? 確かに巫女会合の方は少し失敗してしまった部分はあるけれど、夜会の方は特に問題なかったでしょ?」

「いいや。非常に大きな問題があった。だって僕は初日に足を負傷した」

「それはあなたの自業自得でしょ!」

「三日も痛みが取れなくて辛かったなぁ~。でもアイリスの様な小柄な女性からならば足を踏まれたくらいでは、そんなに痛みは続かないはずなんだけど……どうしてかな? もしかして君、またふくよかになっていないかい?」

「だから! どうして体重増加を示唆するような物言いばかりするのよ!」

「怒るって事は心当たりがあるんだね!」

「アレク……ふざけるのも大概にして貰えるかしら……」

「はいはい」


 するとアレクシスは、革のファイルに挟んである書類を何枚か出し、今回のアイリスの課題評価の詳細を話し出した。


「これは僕とは別の人間数人に君の様子を評価して貰った報告書なのだけれど……。正直なところ、夜会の方に関しては、君はほぼ完璧という評価が出てるよ。でもこれに関しては、君のその恵まれた容姿部分がかなり効果を出していたのだから、少しズルいよね? で、巫女会合の方なのだけれど……」


 そう言ってアレクシスは、もう一組のまとまった書類をファイルから出した。


「こちらも特に問題視している部分はないね。ただ……一瞬、僕に対して少し乱暴に接した事と、公の場で略称敬称無しで呼んでしまった部分が少し指摘されている。それを含めても今回のこの二種類の課題に関しての評価は、君が余裕で合格ラインに達しているという結果が出てる」

「それならもう登城期間は終了……」

「アイリス~? これだけで終了になるわけないだろ?」

「分かってるわよ……。ちょっと聞いただけでしょ?」


 やや不満そうな表情を浮かべたアイリスにアレクシスが満足そうな笑みをする。


「ところでさ、ちょっと今回の事で確認したい事があるのだけれど……」

「何よ?」


 すると珍しい事にアレクシスが、やや気まずそうな表情を浮かべる。


「その、君はもう僕に歌を聴かれる事は……平気になったのかな……?」


 その質問にアイリスが目を見開く。


「だって……君、僕に自分の歌声を聴かれない様にかなり徹底してただろ?」


 かなり言いづらそうに聞いてきたアレクシスに逆にアイリスが驚いた。

 確かに10年前のお披露目式の後、アイリスはアレクシスには、もう二度と自分の歌声を聴かせたくないと、頑なにそれを貫き通していた。そしてそれはもちろん、アレクシスの耳にも入っていたとは思う。

 しかしその事に徹底して対策していた事までは、まさかアレクシスが気付いているとは思わなかったのだ。

 そもそもアレクシスは、そんな事など気にする様な玉ではないと思っていた。


「確かに……あなたには二度と私の歌声を聴かせてやるもんかって、ずっと思っていたわ。でも、もうそんな子供の癇癪みたいな理由で、拒否し続けてもいられないって事にも早い段階から、ちゃんと気付いていたのよ……。そしてその向き合わなければならない時が、たまたま昨日訪れただけ」


 そう言ってアイリスは、顔を背けながら面白くなさそうな顔をした。

 すると何故かアレクシスが、今まで見た事もない様な安堵した表情をしたのだ。

 その表情の変化にまたしてもアイリスが目を見開く。


「そうか……。君はやっと僕の前でも歌ってくれるようになったんだね……」


 そうポツリと呟いたアレクシスは、やや嬉しそうな柔らかい笑みを浮かべる。


「アレ……ク?」


 あまりにも予想外な表情を浮かべたアレクシスにアイリスが動揺し出す。

 しかしその珍しい表情はすぐに消え、いつもの何か企む様な笑みへと変わった。


「それならば……今僕が考えている最終課題を出しても大丈夫そうだね」


 その言葉にアイリスが、あからさまに嫌な顔をする。


「何させる気よ……」

「そんなに難しい事ではないよ?」


 そして毎度お馴染みの何かを含んだような笑みをにっこり浮かべるアレクシス。


「来月頭に行われる建国記念日で……君に大勢の前で雨乞いの儀を行って貰う」


 そう言い切ったアレクシスは、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

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