11.巫女会合
あれから10日間、アズリエールには何度かサンライズ城の方まで来てもらい、巫女会合への対策案等の相談に乗って貰っていた。
とりあえず注意すべき存在なのは、レイニーブルー家の末っ子を除いた令嬢全員だ……。
その中でも特に要注意なのが、四女のカトレアと五女のオリビアである。二人共アイリスよりも年下だが、15歳と14歳なので一番恋に盲目になりやすい年齢だ。その為、アイリスには全力で絡んでくるはず……。
それをアイリスが大人な対応で上手く回避出来るかなのだが……。アイリス自身もカッとなりやすい性格なので、あまり自信はなかった。
ましてや絡まれる理由が、アレクシスの婚約者だという部分でも納得がいかない状態だ。
アイリスにとってアレクシスの婚約者の座は、綺麗にラッピングしてプレゼントしたいくらいなのだが、今回はその事が原因で絡まれる為、まさに理不尽としか言いようがない状況なのだ……。
しかしそんな理不尽な中でも今回のアイリスは、別件である野望を抱いていた。
それがストーム家三女のリデルシアと友人になる事だ。
彼女は同性からの人気が絶大なので、あまりいい感情を抱かれないアイリスとは真逆な存在だ。だからこそ友人にしてしまえば、アイリスにとって強い味方となる。
そもそも婚約者と不仲だという所がアイリスにとって、一番の高ポイントだ。
出来れば今回の巫女会合では、是非彼女を友人としてキープしたい。
そんな対策と野望を胸に抱き、ついに決戦である巫女会合の日が訪れる。
準備された会場とは別の控室にいるアイリスのもとには、妹のローズマリーとマーガレットが訪れていた。
「アイリス姉様、大丈夫?」
アイリスの妹である末っ子のマーガレットが、珍しく心配そうに確認してくる。
早目に登城してきた二人は、サンライズ城に用意された姉アイリスの控室で会合前に少しお茶をしていた。
「大丈夫に決まってるでしょ? アイリス姉様は私達姉妹の中では、一番最強なのだから。たとえ他巫女のご令嬢方と揉めても、すぐ言い負かしちゃうわよ!」
「ロージィー……。もう少し姉様を労われないの?」
「うーん。無理かなぁ……。アイリス姉様、強すぎだし」
「ダリア姉様、連れてくれば良かったね。そうしたら援護して貰えたのに」
「ダリア姉様はもう結婚してて、しかも今妊娠中だから参加出来ないでしょ?」
「でも一緒だったらアイリス姉様の悪口言う人、言い負かしてくれたのに……」
「待って! スコール家姉妹の私達って、もしかして性格がきついとかで他の巫女達から恐れられているの!?」
「まぁ、姉様と姉妹なんだから、大人しい性格とは思われていないかなー」
「ロージィー姉様、この間オリビア様を言い負かしていたわよね?」
「ロージィー! 私より先にレイニーブルー家に喧嘩を売らないでよ!」
「だって……鬱陶しかったし。私、売られたケンカは基本買う主義なの」
「あなたって子は……」
早くも妹達が、姉を差し置いてレイニーブルー家の令嬢とやり合っていた事を聞いたアイリスは頭を抱えた……。だがそれも少し考えれば予想が付く事だ。
アイリスの妹である三女のローズマリーは、レイニーブルー家のオリビアより一つ年下だ。年が近ければ当然、ぶつかりやすい……。恐らくアイリスの事で何か嫌な事でも言われたのであろう。
妹はそこまで姉思いという訳ではないが、アイリスと同様に気が強い。
同時に姉の贔屓目を抜いたとしても容姿に恵まれている方だ。
その所為でも目の敵にもされやすい。
「もし助けが必要であれば、いつでも言ってね? 喜んで加勢するから!」
「ロージィー、とても頼もしいのだけれど今回は遠慮しておくわ……」
「妹なんだから遠慮しなくてもいいのにー」
「それよりも……ごめんね。今まで嫌な思いをさせていたみたいで……」
今まで自分の所為で妹達が他の巫女達に絡まれ、嫌な思いをしていた事に今更ながら気が付いたアイリスは、珍しくしおらしい態度で二人に謝罪する。
「うわ! アイリス姉様が謝った! 明日は雪でも降るのかしら!」
「ちょっと! 人が折角、素直に反省をしているのに……」
「姉様? そんな事を気にしていたら今日は乗り切れないと思うけれど?」
「分かっているわよ! でもね……」
「アイリス姉様! 私、この間アレク様から頂いたクッキーと同じ物をくれたら許してあげるわ!」
「じゃあ、私は姉様が14歳の頃に誕生祝でお父様から頂いていた髪飾りで手を打つわ」
「二人共……。これから戦場に行く姉から搾取しないでよ……」
何だかんだ言っても妹二人が自分を気遣ってくれている事にアイリスは、思わず優しい笑みをこぼしてしまった。
すると、アレクシスによって部屋の扉がノックされる。
「アイリス。そろそろ会合の開始時間だけれど、覚悟は出来ているかい?」
「覚悟って言い方やめてよ……」
「でも君、これから公開処刑されるようなものなんだから、覚悟だろ?」
「楽しそうに言わないで!」
姉と婚約者のいつも通りのやり取りに妹二人が苦笑する。
「アレク様? 出来れば少しでもいいので姉を守って下さいね?」
「僕も出来れば守ってあげたいのだけれど……。残念ながら、君の姉君はそれを頑なに拒むんだよね……」
「あなたに守られるくらいなら、特攻して討ち死にする方を選ぶわ!」
「ほらね?」
「アイリス姉様、頑張って! 私、ケーキ食べながら応援しているから!」
「マルグ……全く心のこもっていないエールをどうもありがとう……」
そう言ってため息をついたアイリスは、アレクシスにエスコートされながら会場に向かい出す。
ちなみに妹二人は、姉の吊し上げを見たくないので少し時間を空けてからの参加だ。
「会合の場所って……東棟の展望台のようになっているパーティー会場よね?」
「そうだよ。もうすでに皆が集まっておしゃべりしていると思うから、雰囲気に呑まれないようにね?」
「ここでやや遅れて登場とかって……どんな嫌がらせよ……」
「初めから会場にいてジロジロ見られるより、僕と一緒に会場入りして紹介した方が自然な流れになって多少摩擦は軽減されるかと思ったのだけれど……」
「どうかしら? むしろ裏目に出る可能性の方が高いとも思えるのだけれど?」
そのアレクシスの気遣いが、まるでアレクシスに貸しを作っているような気がしてしまったアイリスは、釈然としない気持ちになり、やや不機嫌な表情を浮かべ減らず口をたたく。それを察したのかアレクシスが苦笑した。
そんなやり取りをしていたら、あっという間に会場入口の扉前に着いてしまう。
流石のアイリスも表情が強張った。
すると、アレクシスがいきなり腰に廻していた腕に力を入れ、アイリスを自分の方へとぐっと引き寄せる。
「ちょ、ちょっと!」
「アイリス。せめて風巫女のストーム家の人間が、君に対して抱いているマイナスのイメージを払拭するくらいは、しっかりと達成してね?」
「わ、分かってるわよ……」
そのままアレクシスに至近距離で顔を覗き込まれたアイリスは、やや硬直して顔を引きつらせた。
「それじゃ、開けるよ?」
そう言ってアレクシスが扉を開けると、会場にいるサンライズの巫女達が一斉にアイリス達の方に目を向けた。
見知っている巫女達に関しては、笑顔を向けてきてくれたが……。初対面の巫女達は無表情のまま、じっとアイリスを見つめてくる。
「皆、一カ月ぶりだね! 元気だったかい? 実は今回から、やっと僕の婚約者であるアイリスがこの会合に参加出来るようになってね」
そう言ってエスコートをしていたアレクシスが、アイリスを一歩前に出るように促した。
「ご挨拶が大変遅くなってしまい、申し訳ございません……。スコール家次女の雨巫女アイリスと申します。これまで王妃教育という名目で、こちらの巫女会合を免除されておりましたが、今後は少しでもアレクシス様のお力になれる様、尽力致す所存でございます。至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます」
出来るだけ恭しさを強調するように挨拶を述べながら、その一瞬で自分に注目している巫女達の様子を把握したアイリス。
とりあえず関係醸成を図らなければならない風巫女のストーム家の令嬢と、雨巫女のレイニーブルー家の令嬢の認識を優先させた。
恐らくアイリスより向かって左側に固まっている銀髪の長身美女4人組が、ストーム家の令嬢達だろう。彼女達がアイリスに向けるその視線は、あからさまな『値踏み』だった。
王太子に辛辣な態度を取り続けていると噂されるアイリスの態度は事実なのか、その見極めをしているような視線だ……。
そんな彼女達もこの会場に入った際、しおらしくアレクシスにエスコートされていたアイリスに対しては、一瞬だけ驚くように目を見開く表情をした。
だが、それはすぐに無表情へと変わり、そのままじっくりとアイリスを観察して、ボロが出ないか見定めている様子が窺える。
対してその隣にいる向日葵のような鮮やかなブロンドの髪を持つ可愛らしい容姿の4人と、一人だけ深い紺色の髪をしている女性達が、レイニーブルー家の令嬢達であろう。
どうやらレイニーブルー家は長女が今回不参加の様で、参加人数は5人。
そしてその中で一人だけ髪の色が違う令嬢が、アズリエールが言っていた姉妹間で孤立している次女クラリスで間違いなさそうだ。
瓶底のような丸メガネをかけ、長い髪をおさげし、全身紺一色の服装で統一している地味な見た目の令嬢だ。
そして真逆なのが、アイリスよりもやや年下そうな4人の令嬢達で、彼女達は皆、明るい色のドレスに実に華やかな容姿をしている。
そんな彼女達がアイリスに向けている表情は微笑みだが、しかしよく見ると約二名は、やや嘲笑しているかのようにも見える微笑み方だった。
それが恐らく四女のカトレアと五女のオリビアだろう。これに関しては、値踏み以前の問題で明らかに絡んでくる気満々という感じだ。
そんな状況把握をしながら挨拶を述べたアイリスは、早々にストーム家の値踏みに合格する事を優先させようと決めた。
なのでアレクシスとの良好な関係をアピールする為、挨拶後にわざと隣にいるアレクシスに安心を求めるような視線を投げかけ、か弱そうな様子を披露する。
すると、その意図を読みとったアレクシスが再びアイリスの手を取り、エスコートする時と同じ様に腰に手を回して来た。
「彼女は、かなり遅れての参加になってしまったのだけれど……。中にはずっと彼女と話をしたいという人もいるだろうから、この機会に是非交流を深めて欲しい。なんせ彼女は、今後僕と一緒に君達の補佐を担う次期サンライズ王妃なのだから。皆、是非仲良くしてあげて欲しいな?」
ニコニコしながら皆に告げるアレクシスの横で、アイリスが深く丁寧な礼をする。その後、アレクシスと向き合い、ふわりと微笑み合った。
その二人の様子は、どう見ても仲睦まじい婚約者同士にしか見えないのだが……巫女達もバカではない。この二人の行動が、演技ではないかと早くも疑っている。その証拠にストーム家の令嬢達は、未だに値踏みする視線をやめていない。
「それでは皆、今日も大いにこの場を楽しんで行ってね! それと今から一人ずつ恒例の面談をするから、呼ばれたら隣の部屋に来るように。今回は……レイニーブルー家から行こうかな? クラリス、隣の部屋へ」
「はい……」
巫女会合はただの懇親会だけではなく、各巫女達の派遣先や婚約者宅での状況を確認し、適切な対応をされているかの面談をする日でもある。
アレクシスが最初の面談相手にレイニーブルー家を選んだのは、もちろん今回の巫女会合をアイリスに上手く乗り切って欲しい為の助け舟だ。
その頼んでもいない援護にアイリスは不満を感じたが、今はそんな事を思っている場合ではない。アレクシスが面談をしている間は、一人でこの場を乗り切らなければならないのだから。
そんな中、物凄い笑顔でアイリスに近づいて来た令嬢がいた。ティアドロップ家次女のセルネリアだ。
「アイリス様! お久しぶりでございます!」
「セルネリア様、お久しぶりでございます。先月は楽しい夜会にご招待頂きまして、誠にありがとうございました」
「いえ、こちらこそアイリス様にお越し頂きまして、皆感動しておりましたのよ! ただその後アイリス様が人の多さに酔われてしまって早々にお帰りになられたと伺ったので……。その後のお加減を心配しておりましたの……」
そのセルネリアの話にアイリスのこめかみ辺りが、ピクリとする。どうやらアレクシスは、自分の足の痛みの所為ではなく、夜会初参加のアイリスが起こした体調不良を理由に引き上げたと告げていた様だ。
「ご心配お掛けして申し訳ございません……。ですが、アレクシス様が早々にお気遣いくださったので、大事に至らずすぐに回復いたしました。ですが、ティアドロップ家の皆様とは、もう少しお話をしたかったので、あの後とても後悔致しましたの……。ですので、この度は皆さまに再びお会い出来る事を楽しみにしておりましたのよ?」
「まぁ! わたくしもです! でしたら、また当家で夜会がある際は、ご招待してもよろしいでしょうか?」
「ええ。是非!」
二人でそのような話していたら、今度はセルネリアの妹二人も加わって来た。話す内容は、やはりアイリスの歌声についてだ。
どうやら三人は以前王妃セラフィナの主催のお茶会で、一度だけアイリスが歌声を披露した際に居合わせ、それにいたく感動してファンになったそうだ。
その時の感動をずっとアイリスに伝えたかった三人は、かなり熱く語り出してしまい、アイリスはひたすら相槌を打ち続ける事になってしまった。
しかし、その熱弁は次女セルネリアの面談順の呼び出しで一時中断する。
「まぁ。もうわたくしの順番? アイリス様、続きはこのあと是非!」
「ええ。お待ちしておりますわ」
そう答えたアイリスだが……正直、これではストーム家の令嬢と交流出来ない。
しかしこのティアドロップ家の令嬢達と盛り上がった事で、他の巫女達も動き出し、少しづつアイリスの方へと近づいてきた。
その中で一番初めに声を掛けてきたのは、何とアイリスの最有力お友達希望のストーム家の三女リデルシアだ。
「初めまして、アイリス様。私はストーム家三女のリデルシアと申します」
「お初にお目にかかります。リデルシア様」
リデルシアはアズリエールの情報通り、今回も一人だけサンライズの近衛騎士団の制服で参加しており、毛先だけカールした美しい銀髪を右側にサイドテールにして束ねている。恐らく170センチは超えているであろう長身に長い手足は、同じ人間とは思えない程の美しいバランスである。
切れ長の長い睫毛をまとった瞳は、宝石のアメジストの様な美しい紫色だ。
これならば確かに社交界の女性達の憧れの王子様になってしまうのも頷ける。
そんなリデルシアからのアプローチにアイリスは心の中でガッツポーズをしながら、これでもかと言うぐらい、ふんわりとした優しい笑みを浮かべた。
しかし次の瞬間、リデルシアの発した言葉が大きな衝撃を生み出す。
「その、初対面で大変失礼な事を伺ってしまうのですが……。アイリス様は、かなりアレク様を嫌っていらっしゃると風の噂で伺ったのですが……それは本当なのでしょうか?」
その言葉にアイリスはもちろん、その場にいた巫女全員が凍り付いた。
「リデル! あなた、またそんな失礼な事をダイレクトに伺って!」
「ですが、姉様達もその事をずっと気になされていたではありませんか……」
「た、確かにそうだけど……って、あの違うのですよ? アイリス様!」
銀髪の麗人集団4名が、自身の姉妹の遠慮のない質問の仕方に慌て出す。
そしてふと見ると、今回の巫女会合対策に大いに協力してくれたアズリエールが、背中を向けてブルブルしながら笑いを堪えている姿が目に入った。
ちなみに今回、アズリエールには自分とは初対面という体でいて貰っている。
「構いませんわ。そのお話は全て本当なので」
そう言ってアイリスは、ぞくりとするくらい綺麗な笑みを口元に浮かべた。
同時にその言葉に会場全体が怖いくらいに静まり返る。
「ですが……それは幼少期のまだわたくしの分別の付かない頃のお話でございます。そんな子供特有の癇癪を起してしまったわたくしをその後のアレクシス様は、とても熱心にご対応してくださいまして、今では好意こそあれど、そのような気持ちなど一切抱いておりませんわ」
そう言ってアイリスは、先程と打って変わった様に優しくふわりと微笑んだ。
するとまたしてもリデルシアが爆弾を落とす様な発言をする。
「そうだったのですね! 私はてっきりこの巫女会合もアレク様とお会いしたくないという理由で、ご参加を拒否されているのかと思っておりました!」
「リデル! いい加減にしなさい! あなたさっきから何を……」
姉達に咎められるリデルシアだが、綺麗な顔でキョトンとする。
「ですが……皆もずっとそう懸念していた事だと思いますので、ここではっきりとご本人から事実を伺った方がよろしいかと思いまして……」
そうケロリとして答えるリデルシア。
先程からアイリスにとって心臓に悪い話題を振ってきてはいるが……どうも悪意あっての事ではなく、単に好奇心で聞いているだけの様だ。
しかし、この後そうではない人物が話に入って来た。
「実はわたくしもその噂を耳にした事がございまして……。何でもアイリス様は4年もの間、アレク様と一切交流なされなかったとか……」
「まぁ! オリビア! そのような事、あるはずがないでしょ! だってその頃ではアイリス様は10歳になられていたのだから、分別の付かぬ子供ではなく立派な淑女になられていたはずよ。 ねぇ、アイリス様?」
可愛らしい容姿とは裏腹に明らかに含みのある言い方をしてきたのは、現在アレクシスにご執心のレイニーブルー家のオリビアとカトレアだ。
正直、アイリス達の過去までも知っているとは思わなかったが……絡まれる事は想定済みのアイリスは、冷静に対応する。
「ええ。もちろん、流石にその年齢では、わたくしも自身の幼さを反省し、ちょうどその頃からアレクシス様とお手紙のやり取りを始めましたの。多い時では週に三回もやり取りする程の楽しいひと時でしたわ」
そうにっこり返答するアイリスだが、実際に行われていたのは嫌味の応酬という内容の手紙のやり取りだ。だが、嘘は言ってはいない。
すると、今度はカトレアが、ややわざとらしく遠慮するように言葉を続けた。
「ですが……その後、アレク様がご訪問されてもなかなかお会いにならなかったというお噂も伺ったのですが……」
「実はその頃から、わたくしの雨乞いの儀のご要望が本格的に多くなりまして……。こちらの管理をされているセラフィナ様とアレクシス様とのご連絡が行き違う事が多かったのです。ですから、アレクシス様がご訪問された際、わたくしが不在だった事が多かった為、その様な噂が出てしまったのかもしれません……。アレクシス様も事前にご連絡くださればよろしいのに毎回いきなりご訪問されてしまうので……その様な事になっておりました……」
「まぁ、そうでしたの……。実はわたくし達は、アイリス様になかなかお会い出来なかった事もあり、今までその噂を鵜呑みにしておりまして……。今まで大変失礼な考えを抱いてしまっていた様で、本当に申し訳ございません……」
「そんな、お気になさらずに……」
そう言いつつも、このレイニーブルー家の二人が、かなり自分の過去を調べている事に気付き始めたアイリス。
そしてそれを確定する様な一言をカトレアが放つ。
「ですが、その様にお二人が和解なさっているのであれば、現在アレク様はアイリス様の歌声をもう何度も堪能されているという事になりますわよね?」
「え……?」
その言葉に思わずアイリスが、一瞬動きを止めた。
そして、それをカトレアは見逃さなかった。
「確か……10年前、アイリス様がアレク様を避け始めた切っ掛けが、アイリス様の歌声に対してのアレク様のご感想が失礼な内容だったと伺ったもので」
そうにっこりしながら告げてきたカトレアにアイリスが大きく目を見開く。
何か返答をしなければ……そう思うもアイリスからは全く言葉が出ない。
そんな自分に対して何故かこの令嬢は、勝ち誇った表情を向けてくる。
アイリス自身も何故自分が何も言葉を返せなくなっているの分からない。
そして言葉を返せなくなったアイリスにとどめを刺す様にカトレアが、ゆっくりと口を開き何かを告げようとした。
しかし次の瞬間、その話の流れは一瞬で断ち切られる。
「アイリス姉様! 遅くなってごめんなさい! 私達、今到着いたしました!」
そう言って、わざと明るく声を掛けてきたのは、妹のローズマリーだった。




