1.不幸の手紙
※毒舌で気が強いヒロインと腹黒ヒーローが苦手な方はご注意ください。
本作は同作者の【風巫女と精霊の国】と【妖精巫女と海の国】に出てきた雨巫女アイリスの話になります。
こちら単品だけでも読める作品にはしていますが、もし他シリーズにご興味あれば、評価ボタンの前後にリンクを貼りましたので、よろしければどうぞ!
『親愛なる冷徹で狭量な我が麗しの婚約者殿
先日は、いきなりの訪問で大変失礼致しました。
その後、お体のお加減は如何でしょうか?
何でも私が去った直後に嘘のように元気になられ、お茶の時間にシフォンケーキだけでなく、クッキーまでもお召しになられる程、回復をされたと伺いました。
不思議なものですね。何故、急に体調が回復されたのでしょうか?
ですが、それだけお元気になられたのであれば、前回のお手紙でお願い致しました要望に関して、問題なく受け入れて頂けると確信しております。
実は先日そちらへ伺ったのは、そろそろ王太子の婚約者として公務関係のお仕事を覚えて頂きたく、こちらに登城して頂きたい旨をお願いしに参りました。
ですが、私の急な訪問に驚かれたのか、あなたの体調不良を招いてしまった様で、己の配慮の無さに現在、打ちひしがれております。
しかし、すぐに回復されたとの事なので、三日後に改めてそちらに伺わせて頂きたい所存にございます。
お母上であるスコール夫人にも、その様にお話をさせて頂いておりますので、どうか今回の様な急な体調不良等を起こされぬ様、ご自愛なさってください。
それでは三日後、今度こそお会い出来る事を楽しみにしております。
その際は、とびきり美味しいクッキーを大量にお持ち致します。
体調不良にも関わらず、あなたは余程甘い物がお好きな様ですから。
アレクシス・スカイブルー・サンライズ』
「あの男は、どうしてこんなにも短い文章で、嫌味の応酬を爽やかに組み込めるのかしら……。そもそも出だしの敬称で、二言も嫌味な言葉を普通入れるっ!?」
サンライズ王家の紋章入りの便箋を両サイドから握りしめ、こめかみに青筋を立ているのは歴代サンライズの巫女の中では異例の巫女力を誇る雨巫女アイリスだ。
今年で16歳になったこの雨巫女は、夜の雪景色のような淡い水色のフワフワ波打つ髪と、金に近い琥珀色の大きな瞳に髪と同じ色のバシバシの長い睫毛を持つ。
その美しい容姿は、現サンライズでは国内一の絶世の美女と囁かれている程だ。
しかし実際にその姿を目にした者は、社交界では限られた人数しかいない……。
王太子の婚約者でもあるアイリスだが、彼女自身が公の場に全く出ないからだ。
夜会はもちろんの事、サンライズの巫女達が毎月必ず参加する巫女会合にも二回程しか参加していない……。
その一番の理由は、王太子アレクシスと顔を会わせたくないからだ。
「アイリス様。いくらご婚約者の間柄とは言え、自国の王太子殿下を『あの男』呼ばわりするなど、不敬行為と見なされてしまいますよ?」
「嫌だわー。私、そんな事言ったかしら? そもそも公の場以外では、砕けた話し方をお許しになったのは、そのアレクシス殿下よ?」
普段は『アレク』と呼んでいるアイリスが、あえて敬称呼びしている事から、今回の手紙に相当不満を抱いている事が読み取れる。
そんなアイリスの様子に呆れながら、護衛のエレンがため息をつく。
「そもそも……前回のアレクシス様宛のお手紙では、確かアイリス様の方で『敬愛なる誠実な仮面を被られた黒きお心のアレクシス殿下』と、書かれていらっしゃった様に記憶しておりますが……」
「あら、本当の事じゃない」
そう言ってツンっと、そっぽを向くアイリス。
アイリスが6歳の頃から護衛として仕えているエレンにとっては、主が婚約者である王太子殿下に10年間も辛辣な態度を取っている事は、もうお馴染みの光景だ。
そんな女性騎士でもあるエレンは、17歳の頃からアイリスの護衛をしている。
しかし彼女は、元々サンライズの国民ではなかった。
彼女は大国コーリングスター出身で、そこで優秀な女性魔法騎士として王妃付きの護衛の一人だった人物だ。その為、地と水の中級魔法を扱える。
しかし11年前、そのコーリングスターの王太子が、ブレスト家の風巫女エリアテールを婚約者に望み、その承諾条件の一つとして『優秀な女性魔法騎士を一人』と、アレクシスが打診したらしい。
当時のコーリングスターでは、優秀過ぎた彼女を手放すのは、かなりの痛手だったはずなのだが……その相手の足元を見て交渉するのは、アレクシスの十八番だ。
そしてその足元を見られたコーリングスターの王太子の側近が、エレンの歳の離れた弟だという事をアイリスは大分前に聞いた事がある。
そんな経緯でサンライズに提供されるような形でやってきたエレンは、その後一年間アレクシスの護衛を務め、その間に今の夫と結婚した。
そして翌年、アレクシスの婚約者となったアイリス付きの護衛に任命され、10年間ずっとアイリスの身を守ってくれている。
アレクシスに当てがわれたとは言え、アイリスにはエレンは姉の様な存在だ。
そして、すでに既婚者の彼女だが、夫との間には子はいない。
忠誠心の高い彼女は、主の輿入れが無事に済むまでは子供を持たないと夫に伝え、夫もそれに同意してくれている。ちなみに夫は、国王付きの側近の一人だ。
だからこそ、主であるアイリスには早々にアレクシスと和解し、平和的な婚礼を挙げて欲しいと強く願っているエレンなのだが……。
「いつかこういう日が来るとは覚悟していたけれど……実際に来てしまうと憂鬱でしかないわ……。もうこれは、不幸の手紙としか言いようがないわね!」
そう愚痴るアイリスから、まだその可能性が低い事をエレンは察してしまう。
手紙に書かれていた『登城』とは、そろそろ本格的に王族公務を学んで欲しいのでサンライズ城に滞在して欲しいという意味だ。
アイリスにとっては、この手紙は忌々しい召喚状のような内容である。
だが王太子の婚約者として今までそれで通っていた事が、むしろ不思議なのだ。
アイリスは今までずっと、王妃教育を自宅とアレクシスの母である王妃セラフィナの別邸で受けていた。
それは出来るだけアレクシスと顔を会わせたくないという理由で……。
そんなアイリスは、非常に頭の回転が速い上に弁が立つタイプだ。
おまけに肝も据わっている上にこの容姿なので、ある意味、最強でもある。
しかし……その美し過ぎる容姿でハッキリと物言う事が多いアイリスは、同性の女性達からすると、威圧的でかなり性格がきついと勘違いされやすい……。
まぁ、性格がきつい事は確かなのだが……それは対アレクシス限定だ。
それでも視線をふっと向けただけで、彼女の金色に近い琥珀色の大きな瞳の眼力は凄まじく、それだけで気の弱い令嬢達は、圧力を感じて怯えてしまう。
それは一般の令嬢達に限らず、同じサンライズの巫女達にとっても言える事だ。
何人かはアイリスの性格や人柄を知っているので、非常に慕われているが、あまり接点のない巫女達からすると、アイリスは存在自体が威圧的に感じられやすい。
そして更に彼女の印象を悪化させているのが、王太子アレクシスへの態度だ。
天候を操る国と言われているサンライズは、王家の人間は男性に限り、どんな悪天候も晴天に変えてしまえる力を持つ。
それ以外に雨を起こせる一族と風を起こせる一族が、それぞれ三家存在する。
アイリスはその一つ、雨を起こせる一族であるスコール家の次女だ。
計六家存在するその伯爵家一族は、その力の所為か完全なる女系一族だ。
その令嬢達は、各自が持つ力によって『雨巫女』『風巫女』と呼ばれている。
そして家を継ぐ長女のみが、雨や風を起こせる力を次世代に継承させる事が出来る為、長女として生まれた女性は、早婚で子だくさんな事が理想とされている。
幸い次女であるアイリスには、その御役目はないのだが……アレクシスの婚約者にされた事を思うと、彼女自身は是非長女で有りたかったと、よく考えてしまう。
そんな天候を操る力を持つ六つの伯爵家一族の女性達をこの国では『サンライズの巫女』と呼び、その力を外部に提供する事によって、国は収益を得ている。
その為、サンライズ王家の人間はサンライズの巫女達をとても大切に扱う。
当然、それは王太子でもあるアレクシスにも言える事で、容姿の良さと物腰の柔らかさで、巫女達の中には彼に好意を抱いている者も多い。
しかしそんなアレクシスは、かなり腹黒い性格をしている……。
そしてそういう巫女達に限って、アレクシスの腹黒さに一切気づけない……。
結果、アイリスは『とても丁重に扱われているのにアレクシスを困らせている傲慢で我儘な婚約者』という印象を一部の巫女達に抱かれてしまっている……。
アイリス自身、気の強い性格から同じサンライズの巫女達間で孤立しても左程、気にしないのだが……。
流石に次期サンライズの王妃確定で、今後アレクシスと共にサンライズの巫女達のフォローをしなければならない立場となる人物が、他の巫女達と上手くやれていない現状は、かなり深刻な問題だ……。
何もよりも年の近いサンライズの巫女達は、大変仲が良い事で有名だ。
本来ならばその中心となり、皆を引っ張る立場に廻らなければならないアイリスが、このような孤立した状態では、サンライズ王家としての印象も良くない。
そんな現状に護衛のエレンは、かなり頭を悩まされている……。
「アイリス様、もうそろそろアレクシス様の事をお許しになられる事は……」
「無理ね……。だって初めて会った日から今現在まで、私は未だにアレクの発する全ての言葉を本心として信じる事が、全く出来ない状態なのだから……」
窓の外を眺め、そう呟くアイリスは綺麗な形の眉の間に深いシワを作っていた。