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贖罪の狩人・1

彩り鮮やかな野菜が煮込まれたホワイトシチューをユノはスプーンに掬い、ふぅふぅと熱を冷ます。

湯気が引いたのを確認して、ユノはそのスプーンを自分の唇へ……ではなく、隣に座るアルベルトに向けた。


「はい、あーん」


アルベルトはニコリと笑い、口を開ける。


「どう?美味しい?」


「ええ、美味しいです」


「美味しいって、フェリ」


ユノは自身の正面に座るフェリに顔を向けた。

毎朝このような食卓を囲んでいる三人だったが、どうにもフェリはまだこの光景に慣れない様子で、曖昧に微笑みながら頬を赤らめている。


最初に食べさせてほしいとユノに頼んできたのはアルベルトだった。利き腕が使えないため食事が思うようにとれないと言われれば、妻であるユノが手を貸してやるのは当然の務めだ。

ユノは特に食べさせてやることへの抵抗もなく、アルベルトも大変満足そうだったため何も気にしていなかったが、第三者の視線から察するに改めた方がいいのだろう。フェリは礼儀作法には厳粛そうだし、はしたないと思われているのかもしれない。


ユノはぱくっとシチューを頬張り、その美味しさに舌鼓を打つ。


「ん~、美味しい!フェリもすっかりゾーギン村のレシピを習得したわよね。レパートリーが多くて毎日食事が楽しみだわ」


「光栄でございます」


やはりフェリは優秀なメイドだ。食事の他にも掃除や洗濯など率先して行ってくれているため、心なしか部屋が明るくなった気さえする。

アルベルトと交互にシチューを口に運びながら、不意にユノは表情を曇らせた。


「でも何かこう、たまにはガツンと肉を噛みちぎりたいのよねぇ……」


シチューの中にころっと入っていた肉の欠片をスプーンで掬って、小さくため息を零す。

あまり贅沢を言える立場ではないことはわかっているが、胃袋は正直だ。元々大飯食らいだったこともあり、ここ最近ずっと空腹感に悩まされている。


肉だ、肉。

塊の肉を思いっきり齧りたい。


王都にいた頃のユノの食べっぷりを知っているフェリは、窺うような視線をアルベルトに向けた。未だフェリはアルベルトに対して猜疑的なのか、どこか怯えたような眼差しを向ける時がある。

アルベルトはその視線に気付かない振りをして、目を閉じてニッコリと笑った。


「それでしたら、丁度良さそうな獲物に心当たりがあります」





「良さそうな獲物って……」


アルベルトに連れられて森に入ったユノは、開けた場所に見えたツンと尖った耳に嫌な予感を覚える。


ぴこぴこっと耳を動かしてこちらを振り返ったのは、やはりというかシャオラだった。手には柄が背丈程の長さもある斧が握られている。

ここで鍛錬でもしていたのだろう。

森の中でこの場所が開けていたのは、周囲の木々をシャオラが薙ぎ倒したからだ。


ユノは顔色を青くし、アルベルトの腕を掴んだ。


「やめましょう。いくらなんでも、青髪の亜人はガブッといけないわ」


「そうですか?一部の魔術師の間では、亜人族の臓器には魔力増強の効果があると人気なんですよ」


「あたし魔力なんてないし!アルベルトの魔力が戻らなくたってあたし平気よ」


「フフ、冗談ですよ。流石の私も、人型を食すのは些か抵抗がありますからね」


悪戯っぽくクスッと笑い、アルベルトはシャオラに向き直った。シャオラは突然現れた二人にコテっと首を傾げていた。


「こんにちは、シャオラ。今日は貴方に折り入って頼みがありまして」


「赤眼様が……」


ユノはムッとして片眉を跳ねさせたが、アルベルトが気にしていなさそうだったため口を噤んだ。今はアルベルトが何を考えているのかの方が気になる。


「ええ。近頃、渓谷付近の岩穴に住み着くようになった魔獣のことは、貴方も当然ご存知ですよね?」


ピクっとシャオラの耳が反応する。

ここでユノも先の展開を察し、アルベルトに冷ややかな視線を向けた。

二人分の胡乱な眼差しをその身に浴びて、アルベルトはニコ!と極上の胡散臭い笑顔を咲かせてみせた。


「そこでシャオラに、魔獣の退治をお願いしたいと思いまして。どうやら貴方は村一番の戦士のようですから、適任でしょう?」


ユノは軽い目眩に襲われた。

かつては赤眼の魔術師と呼ばれ恐れられたアルベルトだが、今や魔力を封じられ、利き腕の自由も失っている。毎日妻に食事を食べさせてもらっているくらいだ。自分が戦えない以上は、他人を使うしかない。

しかし、問題はその頼み方にある。

頼み事の体をとってはいるが、アルベルトの言葉には逆らえないような圧があった。ただ妻に肉を食べさせたいがだけのことに平然と他人を使うな。


というか、魔獣って食べられるんだろうか。

予想外の珍味の出現に、ユノはむむっと顔を顰めた。


「それは……」


シャオラはたじろいだように一度言葉を区切り、視線を外した。

僅かな葛藤の後に、静かに目を伏せる。


「……俺の助太刀など、貴殿には不要でしょう」


低く唸るような声音だった。

シャオラの過去を知っているユノは、口を挟むべきか悩んだ。

前を向いて歩んでほしいとは思うけれど、それがいきなり実戦となると尻込みするのもわかる。魔獣というのがどんなものなのか知らないが、凶悪であろうことは想像に難くない。


しかし、アルベルトが無謀なことを頼むだろうか。

いくら自分の魔法や利き腕が使えないからといって、闇雲に他人を使ったところで無駄な犠牲が出るだけだ。合理主義のアルベルトが無駄とわかっていることをするとは思えない。

何か考えがあるのだろうと踏んで、ユノはもう少し様子を見ることにした。


「おやおや、私の話を聞いていましたか?私は手伝ってくれとお願いしているのではなく、貴方に退治していただきたいと言っているんです。シャオラこそ、私の助太刀など不要ですよね?」


間違いなく煽ってるぞこの人。


シャオラも言外に含むものを感じたのか、怪訝そうに眉を顰めた。


「……何故です。それこそ、俺に頼る必要などないのでは。貴殿は赤眼の魔術師なんですから」


その言い分はもっともだ。

そしてシャオラは、それが意味するところに勘付きかけているに違いない。


アルベルトの魔力が封じられていることと、呪いによって右腕が動かないことは、本人の他にはユノしか知らない。これといってアルベルトから口止めされたわけではないが、本人が黙っているのだからユノから言うこともないだろう。

これに関してユノは、格好付けのアルベルトのことだから醜態を知られたくないのだろうと思っている。時折自身を魔術師と称することからも、そのプライドが窺い知れるというものだ。


頑なに口を閉ざしてきたアルベルトが、ここでシャオラに対して打ち明けるとも思えない。一体何と言って躱すのだろうか。

ユノは固唾を呑んで成り行きを見守った。


「私一人を頼りにされても困りますねぇ。もし村が襲われたとして、私一人でどうにかしろというのは些か横暴が過ぎるのでは?」


「それは……そう、ですが」


アルベルトのもっともらしい言葉に怯むシャオラ。

しかしシャオラも頑固だった。


「………………俺は、ダメなんだ。一人で魔獣の相手をするなど、俺には出来ない……」


ぎゅっと斧の柄を握りしめ、シャオラは顔を伏せた。

そのとき雲が太陽を覆い隠し、急に辺りが暗くなった。どこか心が不安になるような暗さに、ユノはきゅっと手を握り合わせる。


「大丈夫ですよ」


闇を切り裂くようにアルベルトが断言する。

シャオラは顔を上げて、きゅっと目を釣り上げた。


「……何故、そう言いきれるのですか」


「だって貴方はまだ、武器を捨てていませんから」


「!」


ハッと、シャオラの瞳が大きく見開かれる。

心が揺れたのを見て、アルベルトはその隙間に入り込むような優しい笑顔をみせた。


「貴方のその恐怖心は、決して無駄なものではありません。貴方を強くしたものは、他でもないその恐怖心なのですから。そして貴方に次に必要なのは、一歩を踏み出す勇気です」


アルベルトが前に歩み出ると、狙いすましたかのようなタイミングで太陽が顔を出し、辺り一面が光り輝いた。

すっと細まる赤い瞳は、宝石のように眩く煌めく。


「私に貴方の力を、見せてはくれませんか?」


隣で見ていたユノでさえもアルベルトの神々しさに息を呑んだのだから、それを正面から目の当たりにしたシャオラには更に効いただろう。


アルベルトは悪魔のような男だ。

自身の目的のために、シャオラの心の傷跡まで利用してしまうのだから。


しかし赤眼信仰のシャオラにとって、アルベルトの言葉は何よりの救いだったに違いない。シャオラにとって必要だったのは、アルベルトが言った通りに一歩を踏み出す勇気だ。

他でもないアルベルトに背中を押されたシャオラは、先程までとは明らかに顔付きが変わった。


「…………俺は……」


ぎゅっと握りしめた斧に目を落としたシャオラは、次には決意に満ちた表情でアルベルトを見上げた。


「この村を、守りたいです」


青い毛をした尻尾が左右に振れる。

亜人族の青年の言葉に、赤眼の魔術師は満足そうに微笑んだ。

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