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竜王が告げる

レグが言葉を発したことにより、玉座の間にしんと静寂が漂う。人のものとは思えないほど冷たく静かな声音だった。

張り詰めた空気に、誰もが息を呑む。


「しかし、陛下……」


喉を震わせたウォルクは、一度唾を飲み下してから発言する。


「この獣を野放しにするのは、大変危険かと存じます」


「やめろと言っているのが聞こえないのか」


レグの鋭い碧眼がウォルクを捉える。

竜王に睨まれたウォルクはぎゅっと口を閉ざし、慌てた様子で跪いて頭を垂れた。

すっと視線を外したレグは、静かにアリーズへと歩み寄る。

血を流して牙の隙間から荒い呼吸を漏らす銀色の獣を悲しげに見上げ、そっと手を伸ばした。


「……苦しいだろう。今、楽にしてあげるよ」


手の平がアリーズの胸元に翳されると、奴隷紋が一際強い輝きを放った。レグは握り潰すようにぎゅっと拳を作る。すると光が消え、アリーズは意識を失って地に伏せた。


「メルヴィンを連れてこい」


レグは手近にいた兵士に告げた。

突然声をかけられた兵士は足を竦ませ、チラリとウォルクを窺う。


「この僕に二度も言わせるつもりかい?」


「た、ただ今っ!」


竜王に睨まれ、慌てて兵士は駆け出した。

レグは首を捻り、低く頭を伏せたウォルクを見下ろす。


「随分と勝手なことをしてくれたね」


「……申し訳、ございません。しかしこれも、帝国を思えばこそでございます。帝国に赤眼は必要ありません」


「それを決めるのはお前か?」


「…………いえ……陛下、です」


凪いだ水面を撫でるかのように静かな声音なのに、感情の起伏があまりに削ぎ落とされており、まるでこの世ならざる神仏が語りかけてくるかのような神聖さを纏っている。

レグはウォルクへと歩み寄り、乱れて頭頂部で跳ねる髪を指先で軽く払った。


「あまり僕の機嫌を損ねるようなら、食ってしまうよ」


瞬間、ウォルクの顔色が真っ青に変わる。


レグは周囲を見渡した。

誰もがレグに畏怖の念を向け、静かに跪いていく。

レグの視線が、血を流して地に伏せるアルベルトを捉えた。ユノは慌ててアルベルトに駆け寄り、レグを睨みながら短剣を拾い上げる。

今のレグは、冒険と称してユノを宮殿に招き入れた気のいい男ではない。


神経を削られるような緊張感の中、慌ただしく扉が開かれた。兵士に連れられてメルヴィンが顔を出す。

室内の惨状を目にしたメルヴィンは、軽く目を見張った。


「メルヴィン。アルベルトの魔力を封印しろ」


レグの命令に、その場にいた全員が瞠目した。「魔力の封印だと……?」「そんなことが可能なのか……?」口々に困惑の言葉が囁かれる。

メルヴィンもまた動揺した様子で、額に冷や汗を浮かべた。


「ま、魔力を……ですか?」


「術式は完成したと、僕は報告を受けたが」


「それは……し、しかし、魔力の封印には宝具や、最低でも高位の魔術師四人分の魔力が必要で……」


メルヴィンはチラリとアルベルトの姿を窺った。

渋るメルヴィンに、レグは短剣を握るユノの腕を掴み上げてみせた。


「宝具ならここにある。魔術師四人程度の魔力であれば、僕を使えばいい」


ユノには何が何だかわからず、レグとメルヴィンとを交互に見比べた。押し黙るメルヴィンに対し、レグだけが澄ました横顔をしている。


「……レギュモンド陛下」


足元で苦痛に喘いでいたアルベルトが、静かな瞳でレグを見上げた。


「貴方はまた、間違えるつもりですか」


「…………」


レグは答えず、視線でメルヴィンに命じる。

ぎりりと歯噛みしたメルヴィンは、諦めたように顔を伏せた。


メルヴィンは白いローブの下から短剣を抜いて、自身の手の平を切り裂いた。溢れ出る血は意思を持っているかのように細く糸状になってアルベルトの周囲を取り囲み、円形の魔法陣を描く。

アルベルトの正面に立つユノとレグの足元にも、円形の陣が現れた。


「やめて!」


ユノは自身の腕を掴むレグの手を剥がそうとした。

じたばたと暴れるユノを咎めたのは、あろうことかアルベルトだった。


「ユノ、私は大丈夫ですから。そのまま、じっとしていてください」


「でもっ……!」


「でないと、誰かが吹き飛ぶことになります」


ハッとしてユノは動きを止めた。

泣きそうな顔でアルベルトを見下ろす。アルベルトの視線の先では、メルヴィンが淡く発光していた。

身体の周囲に空気の層でもあるように、ゆらゆらと魔力が漂っている。その顔は青白く、滝のように汗を流して肩を上下させていた。


「洗練されていない魔術を使わせるなんて……。でもこれで、貴方のことがよくわかりました」


アルベルトはクツクツと喉を鳴らして笑った。

まるで自暴自棄になっているかのように見えて、ユノは涙を堪えた。


「──レグ。貴方は王に相応しくない」


赤い瞳がレグを真っ直ぐに射抜く。赤と蒼の瞳は暫くの間、じっと交錯していた。

ユノはアルベルトが赤眼でレグを操るのではないかと思っていた。しかし最後まで、アルベルトは赤眼を使わなかった。


「ぐ、っ……!」


アルベルトが苦しげに呻く。

魔法陣が強い輝きを放ち、アルベルトの身体からオーラが溢れ出た。それに呼応するかのように、ユノの握る短剣も光を宿していく。

まるで拷問のような光景に、ユノは目を背けた。


「っ、は……」


光が収まると、アルベルトはふっと気を失った。メルヴィンもまたぐらりとよろめき、近くの宮廷魔術師に肩を支えられる。


レグに解放され、ユノはアルベルトを抱き起こした。か細くはあるが、かろうじてまだ呼吸はしていた。


レグはさっと振り返り、家臣達に指示を出す。


「今この時をもって、アークノーツ家当主を元帥とする。竜王の名のもとに、直ちに外の騒ぎを治めよ!」


「はっ!竜王の仰せのままに」


深く畏まり、兵士達はバタバタと行動を始める。

次にレグはウォルクを見下ろした。


「わかっているな、ウォルク。お前は最前線に送る」


「陛下の意のままに。……して、アルベルトの処遇はいかになさるおつもりで?」


「王都にあるガーデンルヒトの土地は没収。領地も一部返納させる。そして……」


レグの蒼い瞳がアルベルトを見下ろす。

ユノはアルベルトを庇うようにぎゅっと抱きしめた。


「──アルベルトは、国外追放とする」


竜王の言葉に、アーク家の人間達は顔を伏せながらも表情を綻ばせていた。彼らの魔王退治は見事遂行された。


人が疎らになると、レグはユノの前に膝を突いた。

ユノはきゅっと目を釣り上げてレグを睨んだが、返ってきたのは弱々しい苦笑だった。


竜王レギュモンドではなく、ただのレグの顔を向けられて、ユノは複雑な気分で眉を寄せた。


「……君はどうする?」


「…………。私は……この人についていきます。私は、この人の妻だから……」


「そうか……」


レグはおもむろにユノへと手を伸ばした。

咄嗟にアルベルトを庇ったが、レグが触れたのはユノの頬だった。


先程ウォルクに殴られて赤く腫れ上がった頬をレグの指先が掠め、ヒリリと痛む。

顔を顰めると、レグは悲しげに目を伏せてユノの耳元に唇を寄せた。


「ごめんね」


レグはユノと見つめ合い、ふっと息を吹きかけた。すると、頬の痛みが急速に引いていく。

身体を見下ろすと、転んで擦りむいた膝も元通りになっていた。


「どうして……?」


驚いて顔を上げる。

何もかもレグのせいなのに。レグがアルベルトからすべてを奪っていったのに。

ユノを見つめるレグの瞳は優しくて、深く……傷付いている。


「アルの言った通りだよ」


困惑するユノを、レグは優しく抱きしめた。


「僕は王に、相応しくない」


その言葉を聞いたのを最後に、ユノは意識を失った。

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