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獣の舞踏

ユノは脇目も振らずに宮殿を駆け抜けた。廊下は王都の騒動にバタバタとしており、ユノどころではなさそうだった。

時折部外者に目を止めた兵士がユノを捕らえようと追ってきたが、ユノも伊達に娼婦街を生き抜いていない。スラム仕込みの足捌きで軽く撒いてやった。真正面から対峙したならいざ知らず、人混みならばユノの方に分がある。


角を曲がったところで、ユノは驚愕に足を止めた。

どうしたことか、廊下の先でアルベルトが兵士達に連行されていた。

宮殿の方にいるということはまさか、これから王の前で尋問が行われるのだろうか。


「アルベルト様っ!」


ユノはアルベルトの姿しか見えなくなって、一目散に駆け寄った。

突然名前を呼ばれたアルベルトは、ユノの姿を見てはっと表情を凍らせた。


「来てはいけない──!」


鋭くアルベルトが叫ぶ。

アルベルトから大声を浴びせられるのは初めてのことで、ユノは反射的に足を止めた。


次の瞬間、ユノは背後から首を羽交い締めにされた。


「ぅぐっ!ちょっと、なにすっ……んん!」


じたばたともがいて叫ぶと、男の手によって口を塞がれた。

逃れようと必死に暴れながら振り返ると、そこにいたのはウォルクだった。ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、爬虫類のような瞳でアルベルトを見据えている。


対してアルベルトはいつもの冷静さを崩し、瞳に怒りを湛えてウォルクを鋭く睨み付けた。


「……彼女は関係ないでしょう。解放してください」


「そうはいきませんよ、アルベルト大佐。あなたが帝国への反逆行為を行っていたことは事実。あろうことか奥方がここにおられるというのが、何よりの証拠ではありませんか。一体どうやって招き込んでいたのか、ぜひ陛下の前でお聞かせ願いたいものです」


「よく回る口ですね。そんなにも父君に認めてもらいたいのですか?いやはや、無能は大変ですね」


「っ、黙れッ!」


先程まで余裕で満たされていたはずのウォルクが、顔を歪めて激昂する。怒りで腕が力み、ユノの細い首にきつく食い込んだ。


「何をしている!さっさと連れて行け!」


ウォルクが鋭く指示すると、兵士達はアルベルトの肩を掴んで無理矢理廊下を進ませた。ユノもまたウォルクに引き摺られるようにして連行される。


連れて行かれたのは、一際広く豪奢な部屋だった。赤い絨毯が階段の上の玉座まで続いている。王は留守なのか、空席だった。

玉座の間では、軍人や宮廷魔術師といった服装の人達が切羽詰まった様子で顔を突き合わせ、議論を交わしていた。


「一体何の騒ぎだ?」


突然の入室により、一斉に不審な目が向けられる。

ユノはその中に見知った顔を見つけ、ウォルクの手に噛み付いた。飛び上がったウォルクの腕から抜け出して、金髪の男へと駆け寄る。


「レグ!」


ユノはレグの胸の中に飛び込んだ。

縋るように見上げると、透き通るように美しい碧眼が驚愕で見開かれる。


「お願いっ、レグ、助けっ──!?」


瞬きをした一瞬のうちに、ユノは地面へと引き倒されていた。


「小娘が。不敬であるぞ!」


自分がどうなっているのか、すぐには理解出来なかった。

頭の中が混乱して、唯一動く目だけで背後を見上げる。ユノを取り押さえていたのは、鎧を着た屈強な男だった。


「何よ、寄って集って……!あたしが一体何をしたっていうの!?」


「口を慎め!この方を誰と心得るか!」


ユノはなおも噛み付こうとして、ふと言葉を飲み込んだ。

予感めいたものを感じてレグを見上げる。


「……誰……なの……?」


そこにいたレグには、一切の親しみを感じなかった。ユノを見下ろす碧眼は、見た者をたちまち隷属させるような、圧倒的な存在感を放っている。

何よりその佇まいが、他者とは一線を画していた。



「──この方こそがエルキデ帝国が竜王、レギュモンド・ユス=エルキデ陛下にあらせられる!」



開いた口が塞がらない。

だってそんなの、信じられない。


レグが、この国の王様……?


ユノが呆然としていると、割り込むようにアルベルトが声を上げた。


「レギュモンド陛下。妻の不敬は夫である私に責任がございます。罰ならばこの私が引き受けます故、どうかご慈悲を」


いつになく恭しいアルベルトの態度によって、一気に現実味を帯びていく。

本当にあのレグが、エルキデ帝国の王なのだ。指先一つでユノやアルベルトはおろか、数千万単位の人間の命を自由に出来る力を持つ。絶対的で圧倒的な支配者。


「陛下!」


次に声を上げたのはウォルクだった。


「アルベルトはもはや信用に値しません。この者は我らを欺き帝国軍を私物化し、自らの本能のままに動く獣でございます。グランキシュル王国皇女殺害は正しく、アルベルトが蛮族である何よりの証拠でしょう!」


突然の声明に、室内がざわつく。


「おい貴様。外の騒ぎを知っているだろう。この緊急時にわざわざ乗り込んで来て、陛下にくだらん話を聞かせるな」


「関係のあることです。この度の暴動は、ガーデンの一族に……いえ、アルベルトに疑問を持つ者達によるものです」


「どういうことだ?」


「前回の和平条約の際、グランキシュルから贈られた姫君を真に殺害したのはアルベルトです。アルベルトは赤眼を使いその罪をクリードルへ押し付け、のうのうと生きながらえていた。誰もが知っております。それにも関わらず、何故誰もアルベルトを断じなかったのか?──異を唱えれば、次は自分がクリードルとなるからです!」


力強く手振りを加えながら語るウォルク。真に迫るような演説は人心を惹きつける力があり、誰もがウォルクに目を奪われている。

ユノは自身を拘束する腕が緩んでいることに気付き、するりと抜け出した。


「何を馬鹿なこと言ってるのよ!この騒ぎを起こしたのはあんた達でしょうが!あんた達だって、和平には反対だったんでしょう!?都合の悪いことは全部他人に押し付けて、足の引っ張り合いしてんじゃないわよ!」


「黙れ小娘!」


ウォルクは仲間を指揮してユノを拘束させた。ユノは手に握り締めた短剣を抜くか思案したが、決断するより先に腕を背後に回され捻り上げられる。

肩が外れそうになって短剣を取り落とし、ユノは悲鳴を上げた。


「いい加減にしろ!」


吠えるように、アルベルトは声を荒らげた。


「彼女は何も関係ない!罪なき女性に手を上げるお前達の方が、余程蛮族でしょう……!恥を知りなさい!」


「罪なき女性?笑わせてくれる!厳戒態勢にあるこの帝国軍本部に、あなたの妻は忍び込めたのですよ。彼女からはじっくりとお話を聞く必要があると思いますがねぇ?」


ウォルクはニヤリと口角を上げると、仲間に目配せした。ユノの腕にかけられる力が強くなり、ミシミシと関節が軋む。


「ぁぁっ!ぃやっ、やめて、痛いっ……ぁ、!」


「ッ、貴様……!」


だめだ。あたしはスイッチにさせられている。


このままユノが人質に取られていれば、アルベルトは冷静でいられなくなる。ウォルクはそれを狙っている。王の前で、アルベルトの本性を炙り出す気だ。


「やめさせてください、陛下!こんなことは無益以外の何物でもない……!」


「なりませんぞ陛下!よくお考えになってください!ガーデンの一族は長く権力を握り過ぎたのです!汚職にまみれ誇りを忘れたこの者共をこれ以上放置するなど、それこそ無益!」


ウォルクはレグの前に跪き、熱く滾るような狂気に満ちた瞳でレグに迫った。


「この度の暴動は帝国の総意にございます。ご決断ください、陛下。アルベルトは二度も許されざる罪を犯し、帝国を穢した。これは帝国の威信に関わることです。これ以上誉れを失えば、帝国はグランキシュルに落ちますぞ!」


ユノは血が滲むほど強く唇を噛み締めて悲鳴を堪えた。しかし骨が軋む痛みに全身が震え、涙腺が焼き切れたように涙が止まらない。

声を上げさせようと、ぐっと力が込められる。押し出されるようにして喉から悲鳴が漏れた。


「っ、ぐ、ぁ、ぁぁ、ぁ……!」


腕が熱湯にでも漬けられたように熱くて、ぐつぐつと膨張していくような気味の悪い感覚が襲い来る。とっくに指先の感覚がない。


「ユノ!」


アルベルトはユノに駆け寄ろうとしたが、背後から二人がかりで取り押さえられて身動きが取れないようだった。

それでいい。ここでアルベルトが下手に動けば、ウォルクの思うつぼだ。


「だめ、アルベルトさま……あたしは、大丈夫、だから……」


ユノは顔を上げて、アルベルトに微笑みを向けた。


こんなときに、自分のことよりも他人を思いやれるなんて。

ユノは内心で自嘲した。少し前までのユノなら、絶対にありえないことだった。


こんなの全然賢くない。血迷っている。

でも今の方が、不思議と生きているという感じがする。


あたしは生きたい。

アルベルトと共に、生きることを選びたい。

たとえここで命が尽きようとも、もう二度とこの気持ちを手放したくない。


ユノは精一杯笑った。

強く噛み締めたせいで血の滲む唇を釣り上げて、涙が溢れて止まらない目をニッコリと閉じて、アルベルトに心からの愛しさを向ける。


こんなことで、あたしのせいで、間違えてほしくない。


「あたしはあなたを愛しています、アルベルト様……」


瞬間、アルベルトの瞳が一際赤々と瞬いた。


「ユノから離れろッ──!」


アルベルトの言葉に従うかのようにユノの拘束がサッと解かれ、兵士はユノから離れ地面に膝を突いた。

くらりと力が抜けてへたり込んだユノは、驚いて兵士の顔を見た。瞳が赤く染まり、魂が抜けたようにぼんやりしている。


「目隠しを!」


ウォルクが鋭く叫んだ。

こうなることを予想していた──いや、狙っていたかのように、布でアルベルトの目が覆われる。


「ご覧いただけましたか陛下!この者は赤眼を使って味方を操るのです!もう誰もこの男を信用することはないでしょう!」


嬉々として、ウォルクは声高に叫ぶ。


ユノは馬鹿馬鹿しさに目眩さえした。

しかし王を取り囲んでいた人々は一様に怯えたような顔をして、次々とアルベルトへの非難を口にした。


どうして。

アルベルトはただ、ユノを守ろうとしただけだ。

ユノはハッとして口元を押さえた。

そんなの、ここにいる誰もがわかっている。


重要なのは、何が正しいかではない。

何を選ぶべきかだ。


長年苦汁を嘗めさせられてきたアーク家は、ついに暴動を起こした。王都で襲撃されていたのは恐らくガーデン家の屋敷だ。

反逆行為にも等しい蛮行を行ったアーク家が求めているのは、地位の逆転。


グランキシュル王国は今、皇女殺害の罪をエルキデ帝国にかけている。弔い合戦に奮起し、士気が高められた王国軍が今にも攻め入ろうとしているこのタイミングで内乱が起きれば、エルキデはグランキシュルに落ちる。


かといってアーク家の蛮行を許せば、今度はガーデン家が黙ってはいない。

重要なのは均衡だ。アーク家とガーデン家の対立構造が破綻すれば、帝国は崩れる。


帝国はかつてない窮地に立たされている。

軍を支える二本柱を、少なくとも今は倒壊させるわけにはいかない。犠牲は最小でなければならない。

そして目の前にはたった今、両者を黙らせる格好の理由が用意された。

それこそが、アルベルトだ。


前回の和平を独断で反故にし、その罪を他人に着せたことに加え、今回の皇女殺害の容疑。もうアルベルトの信用は地に落ちたも同然。

ここでアルベルトを逆賊として断罪すれば、それに連なるガーデン家も黙るしかなくなる。すべてはガーデン家が赤眼の魔術師を祭り上げたことが元凶。


ウォルクは頬を歪めて、ユノを見た。


「ああそうだ、この女からもしっかりとお話を伺わないと。赤眼に操られていたのでしょうから、まずはその術を解いてやらねばなりませんね。そう……じっくりと、丁寧に」


ニヤついた男達がユノに迫る。

ユノは逃げようとしたが、あっという間に腕を掴まれた。


「いやっ、離して!」


「安心しろ。レディーの扱い方をしっかりと熟知した者を手配してやろう。優しく、可愛がってもらうといい」


「ふざけんな、このクズ!」


「なんという下品な口だ。これもすべて、赤眼のせいなのでしょう。お可哀想に」


ウォルクの前まで引き摺られたユノは、その忌々しい蛇顔に向かって唾を飛ばした。

ピタリ、ウォルクの動きが停止する。

呆然とした様子で顔を拭うと、カッと顔が真っ赤に染まる。間髪入れずに鋭い張り手がユノの頬に打ち込まれた。


「よくもっ……!よくもよくもよくも!この僕の顔をっ、穢したな!」


ウォルクの怒りは収まらず、もう一度頬を殴られる。しかしユノは冷めた瞳でウォルクを睨み付けてやった。

憤怒でぶるぶると身体を震わせたウォルクは、額に青筋が浮かべてパッと腰の剣を掴んだ。


「穢らわしい売女がッ……!」


ウォルクの怒りが最高潮に高まったその瞬間、アルベルトの身体から炎が巻き上がった。


驚いて兵士達が離れると、目隠しを焼き切ったアルベルトはユノの方へと駆けながら腕を横に振った。赤眼が魔力を滲ませて煌めき、ユノを拘束していた兵士達が真横に吹き飛ぶ。

アルベルトは座り込むユノを背に庇い、腰を屈めて左腕を構えた。


「ははっ、帝国軍に刃を向けるとは!本性を表したなアルベルト!」


ウォルクが剣を抜くと、背後の仲間達も一斉に構えた。


「アークノーツの名のもとに、粛清してやるッ!」


猛るように吠え、ウォルクは斬りかかってきた。


アルベルトは丸腰だ。

ハッとしてユノは床を這いずるようにしてさっき落とした短剣を拾い、アルベルトへと投げた。


「アルベルト様!」


アルベルトは振り返りもせずに後ろ手で短剣を掴み、迫り来る斬撃を受け流した。果敢に攻め込んでくるウォルクを見事な手捌きで去なしていく。


「こんな子供騙しの剣技では、子犬は殺せても私は殺せそうにないですね」


「ちっ、舐めるなっ!」


アルベルトは右腕が動かないというハンデを抱えている。それにも関わらず、左手一本でウォルクを軽く凌駕している。ユノの目にも、彼此の実力差は明白だった。


自分の身一つならば、アルベルトはウォルクに引けなどとらなかっただろう。


「きゃあっ!?」


ユノは突然背後から髪を掴み上げられて悲鳴を上げた。


「っ!」


肩越しに振り返ってしまったアルベルトは、ハッとして正面に目を向ける。ウォルクは上体を後ろに大きく反らし、鋭い刃をアルベルトに突き立てた。


ユノは口元を押さえた。

剣は深く突き刺さり、刀身に鮮血を滴らせている。

アルベルトの懐に飛び込んだウォルクは、クツクツと喉を鳴らした。


「さすがは、帝国きっての鬼才……」


よく見ると、剣が刺さっていたのは肩口だった。深く食い込む刀身に、銀の短剣が絡んでいる。


「咄嗟の反射神経で急所からずらすとは……。伊達に魔王などとは呼ばれていないわけだ。……しかしこの勝負、僕の勝ちだ」


ウォルクが剣を引き抜くと、アルベルトは床に崩れ落ちた。


「アルベルト様!」


ユノは背後を確認し、思い切り踵で男の急所を蹴り付けた。

髪を掴んでいた手が離され、一目散にアルベルトへと駆け寄る。


「しっかりしてください、アルベルト様!死んじゃ嫌っ!」


抱き起こすと、アルベルトは痛みに顔を歪めながらも、柔らかく笑った。


「ユノ……すみません。どうやらあの剣、毒が塗られていたようです。身体が痺れてしまって、貴女の涙を拭って差し上げることが出来ません。どうかお許しを……」


「ばか……」


ユノは堪らずアルベルトを抱きしめた。

こんなにもアルベルトが傷付いているのはユノのせいだ。ユノはここに来るべきではなかった。


生きるとはつらく苦しいことだ。

後悔ばかりが肩に積み重なって、今にも潰れてしまいそうなほど重い。


「……ええ。私はこれから、馬鹿なことをいたします」


薄く微笑んだアルベルトは一度、顔を伏せた。

そして次に顔を上げたとき、ぞっとするほど冷たい目をしていた。


「──アリーズ!」


アルベルトが低くその名を呼んだ瞬間、周囲に眩い閃光が走った。強い輝きに誰もが目を閉じる。


輝きが止んで目を開けると、アルベルトの傍らにアリーズが立っていた。


「命令だ、アリーズ。ユノをここから逃がせ!」


命令を受けたアリーズは手近にいたウォルクを殴り飛ばし、素早くユノを脇に抱えた。姿勢を低くして膝をバネに地を蹴る。


「待ってアリーズ!アルベルト様もっ……」


一目散に窓の方向へと走るアリーズは、正面に立っていた兵士の頭を鷲掴みにして顔面に膝を入れた。振り回される衝撃によってユノは舌を噛む。


「何をしている!早く取り押さえろ!」


ウォルクは口元の血を拭って鋭く叫び、アリーズに向けて剣を投擲した。最悪にも剣は背中に直撃し、アリーズ小さく呻き声を上げて膝を突く。

続けて投擲される短剣はどうにか仕込みナイフで捌き、そっとユノを地に下ろした。

アリーズはユノの前に出て上体を屈め、両手を地に付けて全身の毛を逆立たせた。


「ぐぅぅ……ガガ……グルル……!」


喉の奥から低い呻き声を上げたアリーズの身体が、むくむくと盛り上がる。

毛が逆立ち、膨張した身体が収まり切らず服がはち切れ、銀色の毛並みが高く聳えていく。

あっという間に、アリーズは体長二メートルは優に超すバケモノに姿を変えた。


「獣人だっ……!」


怯えた声が上がる。

ユノもまた、巨大な四足歩行の獣を前にして言葉を失った。


アリーズは獣の咆哮を轟かせ、襲い来る兵士達を剛腕で薙ぎ払った。鋭い牙で威嚇し、接近を阻む。


「アリーズ!遊んでないで命令を遂行なさい!」


アルベルトが叫ぶと、アリーズは胸の辺りを押さえて苦しみ出した。剛毛の下で奴隷紋が妖しく光を放つ。

アリーズは痛みから逃れようともがくように腕を振り回して兵士達を下がらせ、腰を抜かすユノを手の中に掴んだ。


「はは……見てください、陛下……!奴隷紋です!アルベルトは配下の者に、奴隷紋などという非人道的な魔法を使うのですよ!アルベルトにはもはや、人としての心はない……!」


ウォルクは期待以上の事態に張り裂けるような笑い声を上げ、アリーズに向かって腕を振るった。するとウォルクの手から鋭い稲妻が放たれ、アリーズの身体に突き刺さる。


「ガァァッ!」


「アリーズっ……!」


アリーズはガクッと崩れ、ユノを投げ出して足を縺れさせる。

床を転がったユノが駆け寄るより早く、淡く発光するロープが次々にアリーズへと投げられた。

首や身体を拘束されたアリーズは、肉が引き裂けるのも構わずユノへと手を伸ばした。理性を失ったように暴れ、牙を剥き出しに吠える。


ユノはあまりの恐ろしさにへたり込んだ。

奴隷紋だ。奴隷紋があるから、アリーズは命令に逆らえない。

どんなにその身が傷付こうとも、ユノを守るために動き続ける。


「やめて……もうこんなの、やめさせて……」


ユノは顔を覆って、肩を震わせた。


これが戦争だというなら、これがエルキデ帝国だというなら、世界なんて滅んでしまえばいい。

もうこんなのは、うんざりだ。


「──いい加減にしないか」


王座の間に、静かな声が響いた。


この地獄のような光景の中で唯一、竜王は凛として美しく佇んでいた。

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