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嗚呼、麗しの奥さま

アルベルト・ガーデンルヒトの屋敷は、王都の一等地に建てられていた。


「ほぇ…………」


見上げるほどに高い屋敷に、ユノは感嘆のため息を漏らす。


屋敷までには広い庭があり、中央には噴水があって、小鳥が水を飲んだり羽を休めたりしている。そして屋敷は城ともいうべき威圧感で、悠然と佇んでいた。


「クスッ。後で私が屋敷を案内して差し上げますよ」


ユノの様子を愛おしそうに見つめていたアルベルトは、上機嫌のまま屋敷の玄関を潜った。アルベルトに連れられてユノも中に入ると、熟年のメイドが二人を出迎えた。


何故だか怯えたように肩を縮こまらせて主人の帰宅を迎えたメイドは、その隣に立つ見慣れぬ少女にはたと目を止めた。アルベルトは視線を察したように、ユノを軽く自分の方へと抱き寄せた。


「彼女は私の妻ですので、そういう扱いをしてください。ユノ、こちらはメイド長のフェリです。何かあれば彼女に申し付けてください」


手短に紹介を済ませたアルベルトは、深く頭を下げるフェリにユノの部屋を用意するよう言い付けた。


足早に去っていくフェリの背を見送ってから、ユノはアルベルトを見上げた。


「この屋敷には、アルベルト様お一人で?」


アルベルトはユノから質問されたことを喜ぶように、頬を綻ばせる。


「はい。両親はガーデンルヒトの領地で暮らしています。他に配偶者もおりませんので安心してください」


顔には出さなかったが、ユノは内心驚いていた。

てっきり自分は側室か何かで召し抱えられることになるのだと思っていた。


アルベルトは若いといっても三十の後半辺りだろう。そんな歳で配偶者がいないというのは、貴族の中でも変わっている。いくら軍人とはいえ、婚約者の一人もいないなんて、もしやいわく付きなのではないかと疑ってしまう。


「先程のメイド長のフェリの他には、使用人の姿が見えないようですが…………」


探るようにアルベルトを見上げる。アルベルトはなんてことないように微笑んだ。


「私はどうも、他人の気配というものに敏感でして。フェリ以外の使用人には視界に入らないよう言い付けてあるのですよ。もっとも、フェリが一番優秀ですので、何かあれば彼女を使ってください」


なるほど、他の使用人を紹介する気はないと。


ユノはそれ以上は突っ込まず、曖昧に微笑んだ。どうせ時間はたっぷりある。今後アルベルトの噂は嫌というほど耳にするだろう。何故なら自分は、彼の妻なのだから。




変な貴族に買われたものだと思いながら、ユノはテラスで一人ティータイムに興じていた。アルベルトは手紙をしたためると言って書斎に篭ってしまった。


サクサクとクッキーを頬張る。絶妙な塩加減によって甘さが引き立てられ、ほろほろと口の中で崩れていく。ここの料理人は随分と腕が良い。さすが貴族の専属料理人だ。


「あたしが人妻かぁ…………」


未だに実感が持てず、ユノは呟く。


自分を即日購入した旦那様は、妻をほっぽって書斎で仕事をしている。軍人だから、お気楽貴族とはまた違うだろう。しかしまぁ、自分の役目は夜にしっかり果たせばいい。どうせ夜にはアルベルトと床を共にすることになる。


自分は娼婦。高級娼婦。あたしを一番高く買ってくれた男と寝る。ただそれだけ。


「大丈夫……上手くやるわ……」


ユノは無意識のうちに左肩に触れていた。




豪華な夕食を終えた後、なかなか誘ってこないアルベルトに代わって、ユノは自らアルベルトの寝室を訪ねた。妻として、娼婦として、仕事をこなすのは当然だ。ユノはプライドを持って体を売っている。


なんとなく、アルベルトが自分から誘ってこないだろうということは予想していた。

アルベルトは年若く美しい。そのため、これまで自分から行かずとも女性の方から言い寄ってくることが多かっただろう。アルベルトの振る舞いは優雅で落ち着いている。女性経験がないわけではないだろう。


ならば、クライアントの期待に応えるのが一流の娼婦というもの。ユノはフェリに用意させた薄いベールのようなネグリジェを着て、気合いたっぷりに寝室のドアをノックした。


軽い返事と共に、アルベルトが顔を出す。

ユノは勢いよくアルベルトの胸の中に飛び込んだ。


「ユノ……?一体どうしたのですか?」


アルベルトは困惑しているのか、声が少し硬い。引き離そうと肩を軽く掴まれたところで、ユノは眉を垂れさせながらアルベルトを見上げた。


「アルベルトさま…………」


豊かな胸をぎゅっと押し付けながらの上目遣い。これにはアルベルトもハッと小さく息を飲んだ。しめしめと内心笑いながら、ユノはアルベルトの首に腕を巻き付ける。


そしてそのまま口付けを……


「そんな薄着でいては、風邪を引きますよ」


アルベルトはグイッとユノの体を押し返すと、ニッコリと笑って部屋からガウンを持ってきた。そして、サッとユノの肩に羽織らせる。


は?


ユノは飛び出しかけた言葉をすんでのところで飲み込んだ。


わけがわからない。娼婦とすることなんて一つではないのか。それも妻だぞ?お前が娶った若い嫁だぞ?抱かなくていいのか?


困惑して目をぐるぐると回し始めたユノに、アルベルトはクスッと笑みを零す。


「今日はもう疲れたでしょう。ゆっくりお休み」


そう言ってアルベルトはユノの頭をひと撫でしてから、額に唇を押し当てた。ぽけっとするユノに一つ微笑みを向けると、そのままドアを閉じる。


廊下に一人残されたユノは呆然とする。


魅了できなかった?このあたしが?


アルベルトの態度は、ユノのプライドを深く傷付けた。


これまでどんな男も狂わせてきたユノは、己の美貌には絶対の自信があった。それなのに、自分から誘いに行って断られるなんて、屈辱もいいところだ。


「いいわ……そっちがそのつもりなら、あたしも手加減しないわよ……っくしゅん!」


ユノはぶるりと体を震わせて、ガウンを掴み寄せる。薄着で来たのは、アルベルトのベッドの中に入れてもらえると思ったからだ。温かいガウンが恨めしい。


ユノはアルベルトの消えた寝室を睨み付けてから、自室へと戻っていった。

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