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プロローグ・2

ユノはたっぷり時間をかけて身支度を済ませてから、客の待つ部屋に向かった。


すぐに出迎えると軽い商品だと思われる。

だからなるだけ待たせて、喉から手が伸びそうなタイミングで極上の笑顔を披露してやる。

そうすることで、ただ得るよりも大きな感動を与えられるのだ。


ユノは様々なテクニックを用いて、自らの価値を最大値にまで釣り上げてきた。

稼ぎ頭のユノは主人からの信頼も厚い。ユノのやり方を主人が咎めることはなかった。


しかし、今日はやけに急かされた。主人が真っ青になるくらいの上客らしい。


もしやついに王族が来たのではとユノは心を踊らせかけたが、いやいや期待しすぎてはいけない。きっと公爵や伯爵くらいだろうと当たりを付けて、部屋の扉をノックする。


「お待たせいたしました、旦那様。ユノ・ゴーシュでございます」


ユノは部屋に入り、ドレスの裾を持ち上げて頭を垂れた。


「…………」


先に部屋で待っていた客からの返事はない。どうせ見惚れているのだろう。ユノを前にすると、どんな男も心臓を射抜かれたように停止する。


顔を上げると、ほらやっぱり。男はユノを見つめて呆然と立ち尽くしていた。


今日の客は最近相手にしてきた客と比べると随分と若く見えた。

上等なワインレッドのジャケットに身を包み、艶やかな長い黒髪を後ろで一つに結っている。ユノを見つめて見開いた瞳は、血のような赤をしていた。


若いだけでなく、身体も引き締まっている。その佇まいは貴族というより軍人だった。武功で名を挙げた家系だろうか。まぁ、こういうタイプは面倒だが扱いやすい。


ユノは口元に美しい笑みを貼り付け、一歩前に歩み出た。すると、男も一直線にユノの方へと歩み寄る。ユノは笑みを深くした。


「旦那様……」


──すたすたすた。


ユノが手を伸ばすと、男はその横を通り過ぎて部屋から出て行った。


「……は?」


ぽかんとしたユノだったが、慌てて男を追って部屋から顔を出す。男は廊下をさっさと歩きながら娼館の主人を呼んだ。


「主人、少々お話が──」


男は主人を捕まえると、一度もユノを振り返ることなく下の階へと降りていった。


「なんなのよ……」


手を出す暇もなく逃げられたユノは、呆然とベッドに腰を下ろした。


こんなのは初めてだった。


今までどんな男もユノに夢中になり、狂ったように求められてきた。それがなんだ、これは。


男は恐らく、相手を変えてほしいと頼みに行ったのだ。このあたしを前にして、チェンジを言い渡すなんて。

ユノはプライドを踏み躙られた気がして、ベッドの枕を殴り付けた。


程なくして、先程の男が娼館の主人を連れて帰ってくる。良い代わりが見つからなかったからコイツで手を打ってやろうってか。ユノは男を睨み付けた。


男は端正な顔でニッコリと笑顔を作ると、ベッドに腰掛けるユノの前に跪いた。突然のことに、ユノはギョッと目を剥く。


男は恭しくユノの手を取ると、その甲に唇を押し当てた。


「貴女は今日から私の妻です。共に幸せになりましょう」


………………………………。

……………………。


「は?」


思わず顔を歪めて問い返す。すると、後ろで控えていた主人が慌てた様子で間に割って入った。


「突然のことにユノも戸惑っているようですな。ユノ、今日からこのお方がお前の旦那様だ。よかったな、ユノ。幸せになるんだぞ」


ユノはぽかっと口を開けたまま主人を見上げる。


状況がいまいち飲み込めないまま、ユノは主人に見送られながら男と馬車に乗って娼館を出た。


「え…………。えっとえっとぉ、どういうこと?」


ユノは取り繕うのも忘れて、素の状態で男に話しかけた。こんなことは娼館に来てから初めてだ。

隣に座る男は、ニコニコと恐ろしいくらいの笑顔でユノを見つめる。


「主人に無理を言って、貴女を娶りました」


「は……。娶るって、あたしを?あなたが?」


「はい」


「何者なのよ、あなた」


胡乱な眼差しでユノが睨み付けると、男はハッとした様子で頭を下げた。


「これはこれは、私としたことが。すっかり自己紹介を忘れていました。私はアルベルト・ガーデンルヒト。ガーデンルヒト家の長男であり、エルキデ帝国軍の大佐をしております」


やはり軍人だったか。ユノは男──アルベルトを視界に入れながら、思考を巡らせる。


娼婦を買うくらいだから、それなりの財力のある貴族なのだろう。しかも自分は娼館でも随一の高級娼婦。主人がはした金で売るはずがない。

それを今日来てその日のうちに買い付けるくらいだ、まず間違いない身分だろう。


何より帝国軍大佐である。帝国主催のパーティーに招待される機会もあるだろう。そうなれば、王族に近付くチャンスはいくらでもある。

上手く取り入ることができれば、アルベルトが戦死した後には王家の側室の座が待っている。悪くない話だ。


ユノは内心ほくそ笑んでから、人形のように美しい顔で愛らしく笑った。


「嬉しいです、アルベルト様。どうかユノを幸せにしてくださいね?」


上目遣いに見上げてぎゅっと手を握ると、アルベルトは嬉しそうに頬を緩めてユノの髪を撫でた。


「ええ。約束します。貴女には何不自由させません」


コイツ、チョロそうだな。

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