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不吉な贈り物・1

ユノはベッドの上に仰向けになって、朝陽に短剣を翳していた。レグから貰った銀の短剣は、陽光を受けて神々しく輝いている。


短剣は宝飾品のようでもあり、どこか神聖な雰囲気を纏っているが、ずっしりと手に沈む重さは、命を刈り取る武器であると示している。


鞘から少しだけ抜いてみると、顔を出した刃はぬらりと妖艶に光った。本物の刃物だ。刺せば簡単に肉を断ち、血を吸い上げる。


慣れない武器は使わない方がいい。刃を振り回さなければならない事態になったら、戦うより逃げる方が賢明だ。

もしもというときに、ユノはこの短剣を使ってはいけない。ユノの武器は体一つで十分だ。ユノは武道を極めてはいないが、男に擦り寄る技にかけては一流だ。


それでも万が一という場面になったときにようやくこの短剣を使う。最後の最後に、この短剣を相手に投げつけて全力で逃げる。ただのものより短剣の方が相手は驚くだろう。勿論、そんな事態が発生しない方がいいのだが。



「キャアアアア!」



朝の静けさに包まれていた屋敷内に、鼓膜を突き破るような悲鳴が響いた。


ユノは短剣をチェストにしまうと、急いで部屋から出た。声はフェリのもので、すぐ近くに聞こえた。


扉を開けると廊下にフェリが倒れていて、わなわなと震えていた。


「何があったの?」


「お、奥様…………」


ユノを見上げたフェリは、魔王でも見たかのように顔を青くさせていた。周囲を見渡したがアルベルトらしき姿は見えない。しかし、フェリとは反対方向に小さな麻袋が落ちていた。


「何かしら……」


麻袋を拾い上げようとユノが手を伸ばすと、フェリが鋭く叫んだ。


「なりませんっ!!」


瞬間、麻袋がユノの手から逃れるようにふわりと浮かんだ。


ユノはギョッとして手を引っ込める。


麻袋はふわふわと空中に浮かぶと、フェリの傍に移動していった。ユノはまじまじとフェリを見つめる。


「手品?一体どうやってるの?」


「これは魔法にございます。奥様の前でご無礼を働き、申し訳ございません」


フェリは深々と頭を下げた。その脇には麻袋が浮いている。ユノは呆然と口を開けていた。


「あなた、魔法が使えるの?」


「はい。軽いものを浮かす程度の、何の役にも立たないものですが……」


フェリは卑下してみせたが、まるで魔法を使えないユノからしたら、少しでも何かできるだけですごいと思った。


「いいなぁ。楽しそう」


ユノが呟くと、フェリはキョトンと目を丸くした。


そこに、アルベルトが駆け付けた。


「ご無事ですか?」


カツカツとブーツの踵を鳴らして一直線にユノに歩み寄ったアルベルトは、ユノの顔を押さえて上下左右を見回した。次に背中を確認し、ぽんぽんと身体のラインをなぞって異変がないことを確かめると、安堵のため息を吐き出した。


「お怪我はないようで安心しました」


アルベルトはぎゅっとユノを抱きしめて頬を寄せた。


ユノといえば、身体を不躾に触られてカッと顔を赤くしていた。


抱かないくせに、アルベルトはユノの身体に触れることに躊躇いがない。普段から手も握るし、額にキスもする。今だっていやらしい手付きではなかったが、若干胸やお尻に触っていた。


ユノがアルベルトの腕の中でモヤモヤしていると、アルベルトはフェリを鋭く睨んだ。ビクッとフェリが身を竦める。


「一体何があったんですか?そちらは?」


アルベルトは宙に浮かんでいる麻袋を見やる。フェリは顔を俯かせて、顔の色をなくしていた。


「あ、あたしがイタズラしたんです」


空気をとりなすように、ユノは無理矢理明るく笑った。


アルベルトの赤い瞳がユノを見下ろす。


「ユノが?」


「ええ。フェリの表情がいつも変わらないから、少し驚かせてみようと思ったんです。まさかこんなことになるなんて……。すみません」


しょんぼりと肩を落としてみせると、アルベルトはパッと笑ってユノを抱きしめた。


「ユノはお転婆さんなんですね。ああ、なんて愛らしいのでしょう」


相変わらずチョロい……。


アルベルトの腕の中で、ユノはヒクヒクと頬を引き攣らせた。これだからアルベルトという男はわからない。




朝食を終えて仕事に向かうアルベルトを見送ると、一緒に玄関先まで出ていたフェリがガバッと頭を下げた。


「申し訳ございませんでした……!奥様に余計なお気遣いをさせてしまって、わたくしはなんと謝罪申し上げたら……」


恐縮するフェリに、ユノは柔らかく微笑んだ。


「言ったでしょう?あたしはあなたの味方だって」


フェリがユノにとって使える駒であるうちは、いくらでも便宜を図ってやる。この世はギブアンドテイクだ。せいぜいユノに尽くしてくれたらいい。


「それで、あの袋の中には何が入っていたの?」


悲鳴を上げるくらいだから、何か変なものが入っていたのだろう。フェリは気不味そうに目を泳がせた。


「口にするのも悍ましいのですが…………」


フェリはチラッと一度ユノの顔を窺ってから、もごもごと口にした。


「一体どういうことか………………蛇の死骸が…………」


ユノは顔を顰めた。


「何それ。貴族社会では嫌いな人に蛇の死骸を送り付ける風習でもあるの?」


「いえ……わたくしは耳にしたことがございませんが……」


「………………」


死骸を部屋の前に置くなんて、少なくとも好意的な意味ではないだろう。ユノは考え込むように顎に手を添えた。


「屋敷の使用人の中の誰かってこと?」


これまで誰かが屋敷を訪ねてきたことはない。魔王と恐れられるアルベルトの屋敷に人が忍び込むとも考えにくい。そうなると、考えられる犯人は屋敷の使用人だ。


アルベルトがいなくなったことで、屋敷内には人の気配が漂っている。ここにはまだユノの知らない使用人達がゴロゴロいる。そのうちの誰から恨みを買っているかなどわからない。


「…………奥様は、犯人を特定したら、どうなさいますか?」


おずおずとフェリが尋ねる。ユノは喉を唸らせた。


「んー……………………殺す」


「!」


「って言ったら、どうする?」


ユノがニヤリと笑うと、フェリはゾッと顔を青くした。額から冷や汗が流れる。


腹の底で笑い転げながら、ユノはまるで魔女のような顔をしてフェリの耳元に唇を寄せた。


「フェリ。あなたとは仲良くしたいと思っているわ。よく考えることね」


フッと息を吹きかけて自室へと戻る。必殺、押して駄目なら引いてみる作戦だ。


フェリがアルベルトを恐れて口を閉じるというなら、ユノもアルベルトと同格の恐ろしい存在になってやる。天秤の比重がひっくり返れば、フェリだってもう少し協力的になってくれるだろう。


ユノはベッドに倒れ込んで、高らかに笑い転げた。

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