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突撃☆お仕事現場・2

ユノとメルヴィンが廊下を歩いていると、すれ違った人達はみなギョッと目を見開いて好奇の視線を向けてきた。しかし、誰一人として声を掛けてくることはなかった。


ユノは通行人の前では堂々と歩きながらも、姿が見えなくなるのを確認すると、先を歩くメルヴィンの裾を掴んだ。


「ねぇ。どうして誰も声を掛けてこないの?」


メルヴィンはユノを一瞥すると、ぶっきらぼうに答えた。


「アルベルト大佐の妻が来てるって、誰かが言いふらしたんだろ」


レグか。


ユノの脳内で能天気に笑うレグの顔が思い浮かぶ。


「なぁんだ。大佐夫人なら摘み出されないのね。だったら最初から門を通してくれたらよかったのに」


プクっと頬を膨らませて不満を漏らすと、メルヴィンが不審な顔をして振り向いた。


「門から入って来たんじゃないのか?」


ユノはハッとした。

秘密の抜け道を使って中に入ってきたことは、誰にも言わないようレグから口止めされていた。

どうやら気が緩んでいたらしい。ユノは気持ちを引き締め直した。


「塀をよじ登ってきたのよ」


さすがのユノでもそんなことはしないが、他にいい言い訳も思い付かなかった。

メルヴィンといえば、あっさりユノの言葉を信じたようだった。恨めしい。


「そこまでしなくても、本当に大佐の妻なんだったら家で待ってりゃそのうち帰ってくんだろ」


「今すぐ会いたいって思うのが愛というものでしょう?」


「へぇ。やっぱ変人の連れは変人だな」


相変わらずメルヴィンは失礼な物言いだったが、ユノの言葉をまるで疑いもせず受け入れた。

ユノはやりづらさを覚えて話題を逸らすことにした。


「メルヴィンはあたしが大佐夫人だと知っても態度を変えないのね」


これは純粋に驚いたことだった。

アルベルトと結婚してからというもの、屋敷の中でも外でも萎縮されて、畏怖の眼差しを向けられてばかりだったから、レグやメルヴィンの対応は新鮮だった。


「俺は誰に対しても態度を変えないって決めてんだよ」


メルヴィンはフンと鼻を鳴らす。こういうところはまだまだ子供だ。ユノは自然と老婆心が擽られて、要らぬお節介を口にした。


「もっと上手くやらなくちゃ。少しは上司に媚びておかないと、出世できないどころか、芽を摘み取られてしまうわよ」


「さすが。媚びることしか能がない女の言うことは違うな」


「その切り返しの早さで、もっとポジティブなことは言えないものかしら」


「……………………。…………俺だって……。…………」


メルヴィンは口を開いて、思い直したように口を閉じた。


俯き加減のメルヴィンの後頭部を見つめて、ユノは肩を竦める。

どうにもメルヴィンとは相性が悪い。コミュニケーションが思った方向にはいかなくて、お互い嫌な気持ちになってばかりだ。


メルヴィンは質問にはちゃんと返事を返す。だからユノは余計な言葉は避けて、聞きたいことだけを口にすることにした。


「どうしてアルベルト様はみんなから怖がられているの?」


気持ちを切り替えるように沈黙してから、メルヴィンは振り向かずに答えた。


「……そりゃあ、怖いからだろ」


「どういうところが?」


「どうもこうも、そのままだろ」


「…………。赤眼の魔術師だから?」


ユノは恐る恐るその言葉を口にした。

しかしメルヴィンは特別気にした素振りもなく、呆れたようにため息を吐き出す。


「大佐は赤眼じゃなかったとしてもあのままだろ。お前、やっぱり偽嫁なのか?」


馬鹿にしたような声音に、ユノはプクっと頬を膨らませる。


そのままだとかあのままだとか、ユノと他の人とではアルベルトに対する認識に大きな差があるようだった。同姓同名の別人でなければ、アルベルトは二重人格とでもいうのか。


ふとメルヴィンは足を止めると、振り返ってユノを見た。急な行動に戸惑って瞳を見返す。

メルヴィンは「緑だな……」と呟くと、考え込むように顎に手を添えて再び歩き始めた。


「な、なによぅ?」


わけがわからず、咎めるようにメルヴィンのローブを掴む。メルヴィンは深く思案するように顔を顰めた。


「あの仕事人間のアルベルト大佐が初めて休暇申請を出したって、今日はその噂で持ちきりだった。しかもその申請内容に既婚を臭わせる文面が添えられていたから、大佐が妻を娶ったのではという憶測があちこちで飛び交ってた」


メルヴィンはもう一度ユノの顔を、正確にはその瞳の色を観察した。


「お前が赤眼だったら大佐を操った可能性もあったが……むぅ。一体どうなっているんだ……」


あんまりな言い様に、ユノは言い返す言葉も出なかった。


アルベルトは一体なんだと思われているんだ。

ユノから見ればアルベルトはキザでロマンチストで、適度に人生を楽しく過ごしているごく普通の貴族だ。

優しすぎるのがたまにイラッとするくらいで、特別変わったところがあるようには思えない。


「アルベルト様だってもういいお年よ。妻の一人や二人、娶ってもおかしくないでしょう?」


何か重大な認識の齟齬がある。

そのことに、ようやくメルヴィンも気付いたようだった。


「…………お前、アルベルト大佐に縁談を持ちかけた貴族令嬢達がどうなったのか、知らないのか?」


「どうなったのよ?」


ユノが聞き返すと、メルヴィンは一瞬躊躇するように目を泳がせたが、はっきりと口にした。


「誰一人として大佐のお眼鏡には叶わず精神攻撃を受け、軒並み修道女になったって話だぞ」


神妙な面持ちで告げられ、ユノはポカンと口を開けた。


「なんの冗談よ。それって本当にアルベルト様の話?」


「お前の方こそ、大佐を何だと思ってんだよ。天上天下唯我独尊、冷酷非道の魔王と恐れられるアルベルト・ガーデンルヒト大佐だぞ」


「………………は?」


ユノの思考がフリーズする。


天上……何?冷酷非道?魔王?あのアルベルトが?


次の瞬間、ユノは盛大に腹を抱えて笑った。


「あははははっ!何言ってるのメルヴィー。さてはあたしを脅かそうとしてるのね?だからって、ふふふ、そんなわかりやすい嘘ったらないわよ」


急な笑い声に、ビクッ!と身を竦めたメルヴィンだったが、ぱちぱちと瞬きをするとカッと目を吊り上げてユノに噛み付く。


「だっ、誰がメルヴィーだッ!笑うなっ!」


「はいはい。でもあのアルベルト様よ?あたしのことが好きすぎて抱けないとか言っちゃうあの人が、令嬢様に精神攻撃とか……ププッ。よっぽど顔の出来が悪かったのかしら?」


「嘘じゃない!貴族界でも美人と評判だった公爵家の令嬢も、大佐はバッサリ切り捨てたんだよ。本人からも聞いたんだから間違いない」


必死に主張するメルヴィンをニヤニヤと見つめながら、美人はともかく公爵家との縁談を棒に振ってしまったことには驚いた。


アルベルトも公爵家の人間だ。相手の家とどちらが上かはともかく、悪くない話だったろうに。よっぽどの悪評さえなければ、体面的に娶っておいても損はないはずだ。


美人で家柄もいいのに断ったとなると、次に関係してくるのは魔力だが、そうなると魔力を持たないユノはどうなる。アルベルトは何を基準に妻を選んだのだろうか。


美貌には自信があるが、優秀だと認められているアルベルトがそんな低俗な価値基準に頼るだろうか。

それに、愛玩用で女を買うならば側室だ。正妻にはお家を存続させるための子孫を作るために、見てくれはともかく魔力の高い女を選ぶのが一般的だ。


アルベルトという人間がわからない。

間違いないのは、大金を叩いてユノを買ったという事実。そして屋敷の使用人達や王都の貴族達、果ては軍内部でも不気味なまでに恐れられているということ。


もしもメルヴィンの語ったアルベルトの評価が本当だというのなら、周囲の人間達の様子にも納得がいく。

どんなに表面上が聖人君子のようでも、その中身が見たままと同じとは限らない。一方では良い顔をしながらも、裏では悪逆非道の限りを尽くすなんてことは、往々にしてありえる話だ。


ユノは複雑な心境で腕組みをして、メルヴィンの顔を窺った。


「…………本当に?いつも笑顔で穏やかなアルベルト様が?」


メルヴィンは気不味そうに目を逸らした。妻であるユノにとって、その夫であるアルベルトの悪評は聞いて気持ちのいいものではないと案じたのだろう。


「お前の前ではどうだか知らない。…………だが、普段のアルベルト大佐は自国の利益のためならどんな手段でも使う冷血な軍人だ。他人に厳しく、無能な人間は視界に入ることさえ許さない。実際に消された人間だって大勢いる」


にわかには信じ難い話だった。

しかし、アルベルトがフェリ以外の使用人を視界の外に置いているのも事実だ。


他人の気配に敏感だと言っていたが、本当はフェリ以外の存在を認めていないのだろうか。いつもフェリが怯えているのも、自分が失格の烙印を押されるのを恐れて?


考え込んでいたせいでメルヴィンが立ち止まったことに気付かず、背中に鼻をぶつけてしまった。


「うにゅっ。……ちょっと!急に立ち止まらないでちょうだいっ」


メルヴィンは何も言わずにユノを見下ろした。

反撃がないことにモヤモヤして、行き場のない感情を押し付けるようにメルヴィンを睨み付ける。


メルヴィンは先程までの勢いを失って、人見知りするように抱えた書類を指先で弄っていた。


「………………俺も、大佐の不興を買うのは怖い。大佐になじられたら、俺は立ち直れないと思う。だからこの先はお前一人で行け」


他でもないメルヴィンが萎縮して、居もしないアルベルトを恐れている様は、ユノに深い実感を与えた。


本当にアルベルトは、魔王と恐れられているのだ。


「なじる?アルベルト様が?」


未だに半信半疑という顔をするユノに、メルヴィンはムッと拗ねたように唇を歪めた。


「そうだよ。剣でも魔術でも口でも大佐には勝てない。嫌味と皮肉を言わせたらエルキデ帝国一だって言われてる」


「まさか……。でも、そんなことしてたら、上官から睨まれてしまうんじゃないの?」


「大佐の判断はいつも正しいから、頭が上がらないんだよ。何より陛下の懐刀とも呼ばれてて、迂闊に手出しできない。それに大佐は赤眼だ。俺は信じてないけど、あの噂だってあながち…………」


口にしかけたところて、メルヴィンはハッとして口を噤んだ。ユノに乗せられてつい話しすぎたと察したのだろう。


メルヴィンは不機嫌顔でユノを睨み付けて、廊下の先を指差した。


「こっから真っ直ぐ行って、突き当たりを左に曲がれ。手前から三番目の部屋がアルベルト大佐の執務室だ」


手短に伝えると、メルヴィンは立ち去ろうとした。しかし、ローブにユノがしがみつく。


「待って待ってメルヴィン!」


「ぐえっ」


首が締まって窒息しかけたメルヴィンに構わず、ユノはメルヴィンに詰め寄った。その顔は青ざめている。


「アルベルト様ってそんなに危険な人なの?何をしたら怒るの?あたし、このまま会いに行って大丈夫なのっ?」


ユノはガクガクとメルヴィンの肩を揺さぶる。ぐるぐると目を回したメルヴィンは、パシッとユノの手を叩き落として口元を押さえた。


「や、やめろ。俺は三半規管が弱いんだよ」


メルヴィンはズレた帽子を元の位置に戻すと、キッ!とユノを睨み付けた。


ユノだって今後の人生が懸かっている。こんなところで引くわけにはいかない。


「メルヴィン。あたしには頼れる人があなたしかいないのよ。一緒に行きましょう」


ぎゅっとメルヴィンの腕にしがみつく。メルヴィンは顔を顰めてユノを押し返した。


「嫌だね。用もなく大佐に会いに行って歓迎される人間なんか、この世にいるわけがないだろ」


「メルヴィンなら大丈夫よ。自分の子供にしたいくらい可愛いもの」


「子供扱いするな!お前は大佐の妻なんだろ?だったら一人で会いに行けよ。俺はまだ死にたくない」


「あたしだって嫌よ。ねぇ、あなた宮廷魔術師なんでしょう?いざってときは守ってよ」


「俺は研究が専門だ。戦場には出ない。前線でバリバリ戦う大佐に武力で敵うわけないだろ」


「つかえな!」


「はぁ!?」


二人は醜い取っ組み合いを始めた。


噂が本当だとしたら、ユノはアルベルトへの対応を改めなければならない。メルヴィンの話からして、不興を買えばただでは済まされないだろう。

今までチョロいと舐めてきただけに、ユノは一等恐ろしくなった。


「何をしているんですか?」


「「!」」


聞き覚えのある声がして、二人はピタリと取っ組み合いをやめた。


ギギギ、と錆び付いた機械のように首を捻る。


そこにいたのはアルベルトだった。

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