俺とスズメ 4
2xxx年 7月15日
締め切りまで、あと10日。
デザインも大詰めになってきた。
神からの希望を反映させた最後の一作。その作成に全神経を集中させる。
スズメと出会ってからの一ヶ月。その密度をしみじみ考えてしまう。
俺は、これまで長い時間「生きて」きた。でもそれは、生かされていただけだった、と気付いた。
この一ヶ月、たくさん泣いた。特に余命宣告されてからの二週間は、なんで俺が?とばかり考えていたように思う。でも、どれだけ泣いても状況が変化するわけではないのだ。そう考えるようになると、世界の見え方が変わってきた。
スズメは会うたびに「世界を救ってください」と真剣な顔で俺に繰り返した。俺がいなくなる世界に、なんでわざわざ、と最初は思った。でも、この一ヶ月で、息子とも、妻とも沢山話をした。俺の思っていることを話した。
俺が話したことを、俺がいなくなってからも覚えていてくれる存在がそこにいる、それだけで、どれだけ大きな意味があるのか。以前の俺には想像もできなかったと思う。
「お父さんはな、最後に最高の仕事をやり切るつもりなんだ」
「凄いね」
胸を張って息子に仕事を語れるとは、なんと誇らしいことか。
「君といられて良かった」
ベッドで二人で抱き合った後、そう言いながら、妻の髪をなでる。それだけで何と満ち足りたことか。
それぞれの存在は、実体としてそこにあるわけではない。でも、妻にはモデルとなったパーソナリティがこの世界のどこかに存在し、俺とのやりとりでその記憶や思考は書き換わっていく。息子は俺と妻の遺伝子モデルから生成し、育成したパーソナリティだ。父親である俺との会話も、スキンシップも、全て経験として蓄積してくれる。
俺のことを覚えていてくれる存在なのだ。俺自身の肉体が消滅したあと、遺伝子をもとにした有機体としての子孫は残らない。
でも、俺自身の遺伝子から生まれた子孫をデータとして残せるのだ。妻と息子のパーソナリティはこの世界に残る。
あとは、やるべき仕事をやり、満足に、安楽に死ぬ…物理的なこの世界から俺は消えるだけ。それだけだ。