俺とスズメ 3
2xxx年 7月5日
はじめてスズメと会って20日。メガネの締め切りまでも……あと20日。
今日も昼過ぎまでメガネをいじり続けていた。いくつものデザイン原案を作り、そのデータをもってスズメとミーティングをした。スズメは、一応データを「神」の元へ送り、その婉曲な反応を受け取れる、とのことだった。
「案AからCについては、あまりピンとこないようです。逆に、DとEについては、好感触でした。あまり細部のデザインを凝った方向よりは、全体フォルムで見せるもの。オーソドックスに見えるものが神の嗜好と思われます」
ただ、こうしたらいい、と俺まで直接意見を届けるつもりはないとのことだった。妙な話だが、神はあくまで俺のセンスによって生み出された傑作がご所望なのだという。
来週までに、好感触だった原案DとEを参考にしながら、そこからまた新しいコンセプトのものを作り足していこう、と方針を決めて話合いを終えた。
ふう、と端末から離れて息をつく。
あと20日。
それだけの日数で、俺はこの最後の仕事を仕上げて、スズメが言うところの「安静な最期」を迎えることになる。スズメが言うには、最期の処置に痛みは全くないという。ただ眠気を感じた、と思った瞬間には意識がなくなり……そのまま安らかに目覚めないだけだと。苦痛に苛まれる最期を迎えることが多かった昔の人々と比べれば、はるかに恵まれていますと。
「妻を」
一言いって、左に首を廻すと、妻がいた。
いつもはすぐにコマンドで服を脱がせて、そのままベッドへ連れて行く。
でも、そうしたくなかった。
服を着たままの妻が椅子に座った俺の傍らに立っている。
俺はそのまま両腕を彼女の体に廻し、顔を彼女の下腹部に埋めた。
「俺さ、死ぬんだってさ」
「……」
妻は何も答えない。ただ優しく頭をなでてくれている。
「最後に、神様のメガネ作ってくれってさ。これが、俺の最後の仕事なんだって」
嗚咽した。そのままじっと頭をなでられていた。
◇
気がつくと夕方になっていた。
ベッドの上でいつの間にかうとうとしていたらしい。
天井に向いていた顔を右横に向けると、妻がいた。
右手で肩を抱き寄せ、その重さを感じながら、ぼうっとした頭で考える。
今、HMDを外したら……。
そんなことを想像するのは初めてだった。HMDを外してしまったら、きっと目の前から妻は消え去る。その瞬間に脳パルスの入力がなくなって、右手に感じている重さも消え失せるだろう。一人のベッドに、一人で横になっている、余命20日の男がいるだけだ。
そう思うだけで、なぜか泣けてきた。