俺とスズメ 2
2xxx年 6月25日
スズメと会ってから、10日が過ぎた。
結局翌日から、俺は小説の執筆をやめて、その時間にモデリングツールを立ち上げる生活になっていた。仮想空間の中に入って、粘土細工のようにメガネのデザインをいじっている。
習慣として、仕事は昼までにしていた。日数にもまだ余裕がある。
昼食を食べ終わり、椅子に座って一息。
誰もいない部屋の中で「息子をここへ」と指示した。
右横、視界の外に気配があった。
振り向くと、息子が視界に入る。外見の年齢は、今8歳くらい。目元が俺に似ているな、と思う。
息子との会話は、いつもと同じく他愛ないものだ。お父さんがしている仕事について、息子がここ以外の時間で体験したことについて……。
「お父さんが今作ってるメガネ、とても大切っていうけど、どうしてなの?」
「これは、神様のメガネなんだ」
「神様のメガネ?神様って、いるの?」
「そうだな。水や、電気を届けてくれたり、お前と話す時間を作ってくれたりしてる……そういう仕事をしている大切な存在がいるんだ。だから本物の神様ってわけではないんだが、みんな大切にして神様って呼んでるのさ」
「ふーん。そんな神様のメガネを作るのを頼まれるって、凄いね」
「……まあな。神様は、お父さんの作ったメガネがいいんだってさ」
子供と会話をするのは得意ではない。でも、これも大切な人間としての務めと理解している。15分ほど、日常的な会話を続けて、いい加減、どう言葉を継いでいいかわからなくなった。
――切断
一人に戻ってほっとする。
実際に体験したわけではないが、昔の子育てはこれに物理的な世話の手間までかかったと聞く。教育機関へ送り迎えをしたり、衣服の洗濯や、食事の用意まで、それぞれの親が請け負っていたとか。
とてもじゃないが、俺には出来る気がしない。こうして、パーソナリティの教育として、推奨される最低限のコミュニケーションはするが、せいぜいそこまでだ。前時代的な子育てなんてぞっとする。
◇
息子とのコミュニケーションを済ませたところで、今日届いた通知、メッセージを確認した。公共料金の金額案内など、不急の連絡ばかりだったが、リストのトップに一通、赤文字で表示されたものがある。
『緊急 健康に関する重要情報』
差出しは、管理局医務科。前回と同じように『対話』要求がついている。
今度は何事だ?と思いつつ、対話を承諾した。
仮想空間で目の前に現れたのは、またスズメだった。
「急遽お呼びだてして、申し訳ありません。状況が大きく変化しました。こうして直接ご説明申し上げるべきと思いまして」
「今度はなんです?神様絡みですか」
「……いえ、大変申し訳ないのですが、メガネの期限をあと一ヶ月……30日に設定したいのです」
「……神様のわがままですか」
「違います。原因は……あなたです」
「……はい?」
『脳幹部における病変の現状と今後について』
視界いっぱいに赤文字が飛び込んできた。説明用スライドのタイトルらしい。
「あなたの脳に進行性の病変、わかりやすく言えば、一種の腫瘍が見つかりました。根治はできません。今後、苦痛を取り除くための処置が行われますが、その効果もいつまでもはもちません。処置の効果がなくなれば、あなたは大変な苦しみに襲われます」
「……ちょっと待っ」
その瞬間、人体の頭部を透視したような映像が視界の真ん中に浮かぶ。よりにもよってフルカラーで。脳の真ん中、奥の部分に周囲にそぐわない肉塊のような何かがある。ご丁寧にも、そこだけに赤色の加工をしているらしくクッキリ見える。時間が短縮された映像で。その部分が次第に大きくなってくる。
「あなたの現在までの脳を映像化したものです。赤い影が腫瘍で、時系列で急速に拡大してきているのがわかりますね?これが現在。今表示されているサイズよりもう一割も大きくなったら、正気は保っていられないでしょう。苦痛の始まるタイミングでの安楽死を強く薦めます」
「……あとどれくらい、で……?」
「処置をしても一ヶ月。対処しなければ数日中にも……残り日数が減ってしまって恐縮ですが、あと一ヶ月で、最高傑作のメガネを一つお願いします」