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あの日の朝

妻の目を見て、手を握り返した。


 俺はこれから死ぬ。

 でも、世界を救った。


 世界を救って死ぬ、ってなかなかないだろ?

 ちょっと自慢なんだ。



 ……あの日の朝のことは、細かいところまでよく覚えている。





2xxx年 6月15日


 日差しの眩しさに目を開けると、視界にほんの一瞬ノイズが乗ってから世界が明るくなった。視界全部を覆うHMD(ヘッドマウントディスプレイ)がスリープから復帰した合図だ。HMDは薄く、貼り付くように目の全体を覆う。普段かけていると意識することはない。

 俺は……いや、俺以外のほぼ全ての人もだと思うが……世界を透過ディスプレイごしに見ている。


 ベッドから上体を起こして見回した。

 窓からアメリカ西海岸の太陽が差し込んでいる。砂浜とパラソル。何人もの水着の女性が身体の起伏を強調しながら歩いている。ブラインドを通して室内に差し込む光。ご機嫌な夏。

 我が家の実際の位置は日本の地方都市だが、透過ディスプレイ越しに見る景色は、どこにだって設定できる。外の景色に合わせて、室内は少し暑くなってきている。


 キッチンに入りフードディスペンサーを見ると、メニューパネルが機械の前に浮き上がっている。今の気分はホットドッグにコーラ。空間に浮いているボタンを押し込む。指先に、ちゃんとかすかな圧を感じる。HMDから神経細胞へのパルスによる触感フィードバック。音声入力での指示も可能だが、起き抜けの乾いた喉で声を出すより楽だ。


 視界の右隅に浮いたスクリーンでニュース映像が流れていた。まだ二十歳そこそこに見えるショートカットのキャスター(すごく好みだが、現実の女性なのかは知らない)がニュースを読んでいる。遙か遠くの国の紛争……何十万人もの人が死んだと。どこの世界の話なのだろう、と思ってしまうほど、ここは平穏なのに。



 食事を終えたところで、端末に座って仕事を始めた。新作の恋愛小説の執筆だ。最近クリエイターとしての評価がほんの少し上がってきたので、創作報酬も伸び始めている。

 別に、小説を書くことに人生を懸けているつもりはない。


 ただ生きるだけなら、管理局から毎週振り込まれる配布金(ベーシックインカム)だけで足りる。でも、それでは日々が退屈だ。俺は創造性のある仕事で、才能を生かしたい。今は恋愛小説クリエイターに挑戦している。今日描いているのは主人公とヒロインが、お互いの血族の仲の悪さから引き裂かれる場面……先々月までは、メガネのデザイナーをやっていた。


 思いついたままに短文を音声入力し、ソフトの自動構成機能に物語を作らせていく。時折目の前の仮想タブレットに指で触れて並べ替えたり、語尾をいじったりするだけで、ほぼ労力なく文章が綴られる。


 30分ほど作業をしたとき、ぴこん、と音がした。


――メッセージが届きました。


 視界左隅に浮いている手紙アイコンに視線を向けて「開封」と命じると、文面が表示され、朗読が始まった。


『管理局よりのメッセージです』


 なにごとだ?


『あなたのお仕事の能力を見込んで、折り入って依頼があります』


 メッセージは『対話』を要求してきている。

 受諾すると、即座に周りの景色が変わった。


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