小さな異変と、相棒
平和な街。
しかしその平和は、いつまで続くのだろうか。
遠い昔、とある大きな企業のご令嬢が、夢をかなえるために学校へ通っていました。
しかし、ある日、彼女はいなくなってしまいました。
ある人は事件があったのだろうといいます。
またある人はいじめられていたのではないかと推測します。
真実は誰も知りません。
何故なら、もう、いないからです。
関係者も、彼女自身も。
これは彼女がいなくなってから、何年もたってからの話。
良く晴れた日。
その日も、学校はあるのでした。
一人の男子生徒が玄関を開け、走っていきます。
名前は神崎 裕翔。
綱揺高校に通う2年生です。
恐らく、遅刻ギリギリなのでしょう。
いつも愛用している自転車をこぎ、全力で向かっていきます。
鞄についている真っ青なきょうりゅうのキーホルダーが、ゆらゆらと揺れます。
キーホルダー……ディノニクスをモチーフとしたそれは、神崎が小さかった頃から持っている物です。
真っ青なのはその時に神崎自身が塗ったからです。
青色が、とても大好きだったので。
……さて、本題に戻りまして……学校へは、何とかたどり着き、授業にも間に合いました。
警察官になりたい、という夢を持っている彼は、一生懸命に勉強をします。
体を鍛えているので柔道でも一番強いです。
お弁当を食べるのも、早いです。
そうして、学校を終えていきます。
学校が終わればすぐに家へ……となりますが、今日は違いました。
友人に誘われ、隣町へと買い物へ行きました。
――そこから、始まるのです。彼の話が、日常が、変わる。
さぁ、視点を移しましょう。
そうして、愉しみましょう。
……俺は、目当ての物を買えた友人と別れた後、自転車を押して歩いてた。
どうせ急いで帰っても両親はいないし、一人で夕食を食べるのも寂しいし。
かといって、友人と食べる気分でもなかったし。
取りあえず、近所のスーパーで何か適当に買おう。
そう思いながら、路地の近くを通りかかったとき……声がした。
女の子、だろうか。
やめて、だかなんだか……そんな声がした。
少し気になってそっちに顔を向けた時、足元に何かがぶつかった。
「うわっ……?!」
思わず声を出してしまった。
そして、ぶつかってきたものを見る。
それは……それは……なんだ??
丸くて、灰色で……モフモフしてる。
耳……?みたいなのがあって……そして……こっちを見た。
目と口と、鼻もある。
しょんぼりしたような……眉毛?みたいなのもある。
これは、なんだろう?
『キャンッ!』
「……犬か……???」
うーん、犬……犬、だ。
多分。
それはこっちを見て、何かを見て、そして、ズボンの端を銜えてぐいぐい引っ張ってきた。
路地の奥の方へ誘導しようとして。
「……もしかしてさっきの女の子の……?」
『キュー』
俺の問いかけに返事するようにそれは鳴いて、さっきより強くぐいぐいと引っ張った。
「…………わかった、行くよ!案内してくれ!」
力強く言うと、それはしょんぼり眉毛を心なしかきりっとさせた。
そして、路地奥へ素早く走っていく。
俺はその後を追いかけた。
奥へ奥へ……もうすぐ行き止まりじゃないか、というところに、女の子がいた。
その子の退路を塞ぐように……つまりは俺ら側の方に、もう一人……二人?がいる。
間違いなく、さっきの声は行き止まりにいる女の子だろう。
手前の二人?組は足元を抜けたしょんぼり眉毛に驚いてた。
そして、俺を振り返る。
二人?組の一人……少しいかつい男が首を傾げた。
「ぁ……?もしかして、そのまるっこいのが連れてきたやつか?」
もう一人……と言っていいのか悪いのか……魔法少女の様なやつが似合わぬ笑いを顔に張り付けた。
『やーだぁ、弱そうじゃないの!!相棒もいないし!そのまるいの、役立たずなんじゃない??』
しょんぼり眉毛はウー、と威嚇するように女の子を守ろうと立ちふさがっている。
男が言う。
「そっちはすぐ片付くから置いとけ。まずはこっちだ。相棒も連れてないなんて恰好のカモなんだからよ!」
魔法少女も笑いながら言う。
『おっけー!!おうみっち天才~!あたしにかかればすーぐ終わるんだから!!』
魔法少女が杖を向けてきた。
そこに何か……光が集まっている。
非日常的なそれに、考えが少し遅れた。
ビームでも打たれるのかもしれない。
アニメとか映画とか、ヒーローが使うようなやつ。
だとすれば、しゃがんだり跳んだりしても避けられないだろう。
後ろへ逃げるにしても、きっともう間に合わない。
ならば、前へ――
そこまで考えがまとまった時、後ろから声がした。
『まかせて』
聞いたことがないはずの声なのに、どこか落ち着くような、安心するような、低めの愛らしい声。
『えっ、そんな、どこから……!?』
「嘘だろ、お前、相棒連れて……!!」
二人分の声がした。
後ろに一瞬、重みを感じた。
しかしすぐにその主は二人へ向かって駆けていく。
俺は、駆けていく影を知っている。
昔からずっと持ってたキーホルダーが、それだったから。
羽毛に覆われた姿、足の特徴的な二本の爪……そして何より、真っ青なその姿。
間違いなく、自分の持っていたキーホルダーそのもので。
『あるじ、わたし、まもる!』
身軽な、そのきょうりゅうは、魔法少女の杖を跳ね飛ばした。
続いて、おうみっち、とか呼ばれてた男に体当たりして、ノックアウトした。
魔法少女はおうみっち~~!!とかなんとか嘆きながら縋り付いている。
次にきょうりゅうが目を向けたのは、気を失っているのか、ぐったりする女の子と、その前に座っているしょんぼり眉毛だ。
『おまえ、てき?』
きょうりゅうが首を傾げた。
そこで我に返って、慌てて割って入る。
「ち、違う違う!!!この子たちは助けを求めてて、それで、あの」
じ、ときょうりゅうは見つめてくる。
説明を続けようとしたが、ズボンをくいくいと引かれる感覚がした。
『キュー……』
しょんぼり眉毛が俺と女の子を交互に見ながら鳴いていた。
「……ともかく、後は、俺の家に帰ってから!」
『わかった』
きょうりゅうは素直に頷いた。
――あの二人?組はいつの間にかどこかへ逃げてたみたいだ。
――全然気づかなかった。
俺は帰りを少し悩んだ後、自転車を置いていこうと思った。
でも
『わたし、はこべる。ちからもち』
きょうりゅうが持ってくれたから、自転車は回収できた。
しょんぼり眉毛は女の子を心配そうにしてて。
沢山の事がありすぎて、俺は疲れてた。
一刻も早く家に帰って、女の子を寝せて、風呂に入って、自分も寝る。
そう決めて、帰路を進んだ。
ああ、でも、きょうりゅう、お前……女の子、だったんだな……。
そんなことを考えながら、俺は、ゆっくりと、歩いた。
きょうりゅうと、しょんぼり眉毛を連れて、一緒に。
≪HUMAN FILE≫
神崎 裕翔
高校二年生
警察官になるという“夢”がある。