第1話
今、人類でもっとも強いのは一体誰か
そう聞かれたとき誰もが口を揃えて彼の名を挙げるだろう
世界最強のボクサー 「神影 シン」
身長こそ特別高い訳ではないのだが相手の攻撃を全てかわす素早い身のこなし
そして彼が最強と呼ばれる所以でもある利き腕とは違う左腕から繰り出される必殺のストレート
今までこのストレートを食らってダウンしなかった相手はいないという伝説がある
そんな世界最強の男だが彼はもうボクサーではない
ある日、試合に負けた対戦相手に左腕を折られてしまった
何とか元通りに近い状態にまで治すことは出来たのだがその左腕では現役のときのようなパンチを繰り出すことは出来なかった
黄金の左腕を失った彼はボクシングを引退しひっそりと行方をくらました
今、彼がどこで何をしているのか…それは誰も知らない…
~~~~~
ザッ…ザッ…
立入禁止と書かれたテープが貼られているのを無視して山へと入っていく一人の男
そう、この男こそ神影 シンである
「ふぅ…大したことないと思っていたが…いざ登ってみると結構キツイなぁ…」
それもそのはず、彼は自分の体より大きく膨らんでいるリュックを背負っているのだから
そもそも何故彼はこの山を登っているのか
それは…
「山籠りなんてしたことないが…これだけの物でなんとかなるだろうか…いやそもそも山籠りなんてしたことある奴…聞いたことないな…」
「自然に囲まれる生活も…悪くないよな…」
辺りにそびえ立つ木々を見てそんなことを思った
そのときだった
「?…なんだ?」
目の前に何か大きな物が落ちていることに気付く
大きな物…どれぐらい大きいかと言うと7歳ぐらいの女の子と同じぐらい
まさか…と思わず最悪な事態を考えてしまう
「これ…人…じゃないよな…」
頼む…違ってくれ…実は大きなゴミでしたってなって俺を安心されてくれ…そう思っていたが…
「は…!?」
それは確かに女の子だった
「おい!?大丈夫か!?しっかりしろ!?」
体は温かい、脈もある
とりあえず生きているということを知って一安心する
「うぅ…」
目を覚ます女の子
「…?…だあれ?」
「良かった…無事みたいだな…」
「?」
「どうして、こんなところにいるんだ?この山は立入禁止だぞ?」
「じゃあどうしておじさんはここにいるの?」
「おいおい…俺の質問はどこいった…あと俺はまだおじさんじゃない」
「私の名前はキリン!このお山に暮らしてるの!」
さっきまで倒れていたのに突然元気になる女の子
まさに子供という感じだ
「この山に暮らしてる?」
「そう!」
それを聞いて何かに気付きはっとなる
(さては立入禁止の山で遊んでいたのがばれて誤魔化しているんだな…)
(危ねえ危ねえ…ガキに騙されるところだったぜ…ん?)
「おい、足怪我してるじゃねえか」
膝の箇所にすり傷がついている
「さっきあそこから落っこちちゃったの」
そう言って上を指さす
その先に足場がある、そこは中々に高いところだった
「ありゃ結構高いな…頭とかぶつけてないか?」
「うん、大丈夫だと思う」
「どれ、見せてみろ」
「特に外傷はねえなぁ」
「とりあえず膝出しな」
シンは大きなリュックを下ろしチャックを開けて中の物を辺りにだす
「あれ?どこに入れたっけかなあ」
数秒の間、ガサゴソとリュックの中を漁る
そしてやっと目的の物を見つける
「あったあった」
それは救急箱だった
その箱を開けると消毒液を取り出す
「ちょっとしみるけど我慢しろよ」
傷口に消毒液をかける
「いたい!」
「あ~じっとしてろ、じっとしてろ」
包帯を取りだし傷口のところを巻いていく
「悪いな、絆創膏とかのほうが良いんだろうが俺はこれしか持ってねえ」
「ほら、肘も出しな、そこも怪我してるだろ? 」
手慣れた動きで応急措置をする
「これでよしっと…他に痛いところは無いか?」
「うん!大丈夫!ありがとう!」
「気をつけろよ、大怪我しててもおかしくねえんだからな」
「おじさん優しい人なんだね!」
「だからおじさんじゃねえよ」
「じゃあおじさんは何てお名前なの?」
「俺は…神影シンだ…」
「かみかげ…しん…?」
「ああ、そうだ」
「それとお父さんとお母さん、あと友達にも俺と会ったってことは内緒にしろよ」
「…」
「どうした?」
「私…お父さんもお母さんも…友達もいないの…」
「え?…あ…そりゃ悪かったな…」
「…」
「ああ…」
リュックの中を漁るシン
「ほら」
棒付きキャンディーを差し出す
「え?」
「やるよ、嫌いじゃなけりゃな」
笑顔になるキリン
「ありがとう!」
「そうだ!お手当てしてくれたお礼もしたいから私のお家に来て!」
強引にシンの手を引っ張る
「お、おい!どこ行くんだ!?」
「こっち!こっち!」
どんどん山の奥へと進んでいく
(まさか…本当にこの山に住んでる…とかじゃねえよなあ…)
そんなことを思っていると…
「着いた!ここが私のお家!」
「!?…嘘だろ…」
キリンの家にたどり着く
その家は古い家ではあったが何とも大きな家だった
「こ…ここに住んでるのか!?」
「うん!そう!」
「誰かと一緒か?」
「ん~ん、1人なの」
そこでふと1つの考えが頭に浮かぶ
(こいつ、幽霊とかそういう類いじゃないよな…)
(立入禁止のテープも…まさか…そういう意味で…)
「ねえね!」
「うお!な、なんだ!?」
「入って!入って!」
「い、いいのか?何か悪くないか?」
「いいの!いいの!」
半ば強引に家の中へと入る
「おお…」
家の中はまさに山小屋という感じだったがそれでもやはり広い
「座って!座って!」
「お、おう」
「お魚、好き?」
「あ、ああ、好物だ」
「じゃあ今から焼いてあげる!!」
冷蔵庫から魚を持ってくる
「これ今日の朝釣ってきたの!」
手際良く作業していく姿を見て確信する
「本当にこの山に暮らしてるんだな…」
(でもなんで立入禁止になってるんだ…?私有地ってことか…?)
暖炉裏で魚を焼いていく
「はい!」
焼き上がった魚を渡される
「ああ」
魚に関しては知識は無く、この魚も一体何という魚なのか分からないが実に旨そうだ
まずは一口…
「!?」
「どう?」
「旨い!」
「にひひ!」
(この子…一体何なんだ?)
「おじさんはどうしてこの山に来たの?」
「ん?ああ、ちょっとな…山籠りでもしようと思ってな」
「山…籠り…?」
「ああ、簡単に言えばこの山で暮らそうとしてたってこと」
「へえ~」
「あとおじさんって呼ぶな」
「じゃあ、お兄ちゃん!」
「うお!」
(なんだこの…可愛さは…)
「いや…お兄ちゃんはちょっと…」
「なんで?」
「なんでもだ」
「じゃあやっぱりおじさん?」
「……やっぱりお兄ちゃんって呼んでくれ」
「いいの?」
「ああ」
「分かった!お兄ちゃん!」
「おおお…」
「ねえね!住むところって決まってるの?」
「え?ああ、いや、まだだ…どこにテント建てようかって考えてるところなんだが…」
「じゃあさ!一緒に住もうよ!」
「え?」
「ねえ!いいでしょ?」
「いやしかし、なあ…はっ!?」
暗い目線を察知し何かを思いだす
「嫌なの…?」
(そうだった…もしかしたらこいつ幽霊かもしれないんだった…もし俺が断りでもしたら…)
(俺が寝てる夜中に…)
「う~ら~め~し~や~」
(それはまずい!!)
「あ、ああ…まあ…数日だけ…なら…」
「やったあ!!」
おおはしゃぎするキリン
(そうか…一人で暮らしてるんだもんな…そりゃ寂しいよな…)
「ねえ!一緒に遊ぼ!」
「何して?」
「待ってて!」
どこかへ走っていく
すると何かを持って戻ってくる
「これ!」
「トランプか…いいぞ」
「じゃあ…ババ抜き!」
思わず笑ってしまう
「二人でか!よ~し、やってやるよ」
二人でのババ抜きが始まる
少ない手札からのババ抜きは一瞬にしてクライマックスになった
キリンの手札が1枚でシンが2枚
今はキリンが引く番だ
ここでハートの3を見事引ければキリンの勝ち
「んんんんん~」
キリンがシンの表情を伺う
右のトランプに手を伸ばす
シンはあからさまに顔を歪めた
次に左のトランプに手を伸ばす
するとシンはあからさまにニヤリとした
「こっち!」
キリンは右のトランプを引いた
「あ!」
だがそれはババだった
「はっはっは!単純だな!」
シンはささっとキリンのトランプを引くと
「あっがり~」
と大きな声で言った
「あ!まだシャッフルしてない!」
「速いもん勝ち~」
なんと大人げない
「ずるい!もっかい!もっかい!」
「何回やったって負けねえよ!」
シンも知らず知らずのうちに本心で楽しいと思うようになっていた
時が経つのも忘れ、気づいたときには外は暗くなってきていた
シンがふと時計を見る
「もうこんな時間か…」
「そろそろ晩飯にするか」
「うん!」
「昼はご馳走になったからな、晩飯は俺が旨い物食わしてやる」
「本当!なになに?」
「山じゃ絶対に採れねえ世界一の食材だ」
そういうとリュックからその食材を取り出す
「ん?何これ?」
「カップ麺」
「これ食べれるの?」
「この中に入ってる物を食べるんだ」
リュックの中からカセットガス、やかん、水筒を取り出す
「よ~し、んじゃ」
やかんに水を入れ沸騰させる
そしてカップ麺にお湯を注ぐ
「これで食べれるの?」
「まだだ、3分待つんだ」
キリンはジーっとカップ麺を見つめる
どんな食べ物なんだろう…
きっと色々なことを想像しているんだろう
「よし、3分経ったな」
蓋をぺりぺりと剥がしていく
「おお~!」
「ほれ」
シンが割りばしを渡す
使い方が分からなかったようだがシンがぱきっと割っているのを見てその真似をする
ぱきっ
「おお~!」
ずずずず…
シンが麺をすする
それを真似してキリンも麺をすする
ずずずず…
「おお~!!」
「旨いだろ?」
「うん!」
食事をしながら他愛のない会話をする
二人は今日初めて会ったとは思えないほど仲が良くなっていた
~~~~~
かっこ~ん
湯船に浸かる二人
「ふぅ~、まさか温泉があるなんてな~」
(でもこの家どうなってんだ?…まあ、いっか!)
「この家気に入った?」
「ああ、羨ましくなる程にな」
「にひひ!」
キリンの笑顔につられて笑うシン
ごおおおおおおおお
シンがドライヤーでキリンの髪を乾かす
(シャンプーも置いてあったしドライヤーもあるし電気もガスも通ってるみたいだ…なんか気になるところが沢山あるが聞いたところでな…)
「ふあぁあぁ~…」
大きなあくびをするキリン
「そろそろ寝るか」
「うん…」
「あ!シンは私のベッド使ってもいいよ!」
「そしたらお前はどうするんだよ?」
「私、いつもお父さんが使ってたベッドで寝てるの!」
「だから私のベッド使ってないんだ!」
「…そうか」
「ここが私の部屋!」
「悪いな、正直泊めて貰って助かった」
「ありがとな」
キリンの頭を不慣れながらも優しく撫でる
「へへへ!どういたしまして!」
「じゃあ、おやすみ」
「うん!おやすみ!」
「ふぅ~」
ベッドに横たわる
シンには少し小さかったが贅沢は言えない
(明日はどうすっかな…)
(軽い気持ちで山籠りなんてしようとしてたけど…)
色々と考えたが答えは何も出ない
「…ん?あれは…」
キリンの学習机の上に写真が置いてあった
そこに写っていたのはキリンと両親と思われる人物だった
「家族写真…か…」
今日一緒に過ごしてとても楽しそうだったキリンの表情が思い浮かぶ
その表情はこの写真のキリンと同じだった
「…別に焦る必要は無いか…」
「答えがでるまで…もう少し泊めさせて貰おう…」
再びベッドの上に横たわりそっと目を閉じる…