今宵、新月の焼ける光の中で。
稲荷山神社。
眠ったように動かなかった青年がピクリと首を動かした。
「ようやく来たみたいだね」
下のほうから、ごちゃごちゃと小さい声が聞こえた。
いやーつかれた。
此れも・・・さま・・・めだ。
だ・・・に・・・を・・・。
ぬおぉぉおぉおぉぉぉおぉ。
「・・・・・・」
青年が帽子を取って立ち上がる。
強い風が吹き、彼の手中から人型を連ねた紙が飛んでいった。
後ろから女性の声が聞こえた。
「それは・・・」
「ん、保険ね。良いんだよ、彼が今回の事件を解く」
風が収まった。黒縁のめがねを外した。
「鍵だから」
開かれた双眸は生と死。
「事件?」
「そう・・・事件」
未だに下から声がする。
はやく・・・いと・・・が・・・。
青年は、溜息をつくと言った。
「始めようか。君たちの大事な”たかぎさま”の蘇生を」
*
「其の痣は・・・」
悠斗は、青年の顔を這い回る、ムカデの形をした黒い物体を指差していった。
青年は、一瞬いぶかしげな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「見えるんだ」
みえないとでも思ったのか。
「それは、や」
突然口をふさがれた。
「それ以上は言うな、十三逆様にはか」
「良いんだよ、それが僕の・・・もしくは彼の罪だから」
青年、十三逆が女性を制止した。
悠斗は、何かを感じた。
十三逆の目に。
十三逆の声に。
「貴方はもしかし」
「それより、帰らなくて良いの?もう8時32分だけど」
ん?
悠斗は、あせって時計もつけていないのに手首を見た。
「じゃぁ・・・っと、其の陣は、あなたが描いたものではないんですね?」
「あぁ違うよ」
悠斗は、十三逆にさようならを言って走って家に帰った。
「面白い子だね・・・自分の力に気付いているのに、使いこなせていない」
「それは、お前もだろう・・・十三逆」
「君は、なぜ僕に付きまとう」
「・・・そういう」
契約だから。
*
悠斗が家を出て行った。
正直、外には出したくなかった。
「悠斗君。大丈夫かしら」
「思ったより、普通の子だった」
「そうね」
「真面目そうな子だった」
「そうね」
「悠斗君が、あんなことをするとは思えない」
返事は、返ってこなかった。
代わりに、最近嵌ったと言う韓国ドラマの主題歌が聞こえてくる。
あんなこと・・・。
一ヶ月前、千葉県にある高校が全焼した事件。
*
突然だった。
教室の端。あまり日のあたらない廊下側の席に、彼は座っていた。
悠斗が突然立ち上がる。
「・・・逃げろ」
何を言うか。
「市橋。授業中だぞ」
「・・・・逃げろ」
悠斗は、教室の窓を見たまま動かない。
「市橋」
「なら・・・」
一瞬だけ、首を回して教師を見ると
「どうなっても知らない」
とだけ言うと、「行こう」と手元の空間に語りかけて教室を駆け出していった。
「守るんだ・・・。君は・・・俺が守る」
直後。少年の放った焔を纏った紙により学校は、短時間で全焼に至った。