第6章ー11
前話と少し舞台が変わり、南方軍集団、別けてもスペイン青師団が主な話になります。
少し時をさかのぼる。
1942年9月初め、オデッサを制圧したスペイン青師団とルーマニア軍の主力は、クリミア半島の付け根に移動しつつあった。
その任務は、言うまでもなくクリミア半島の制圧である。
特に最大の目標となるのが、セヴァストポリであった。
「個人的には、そんな任務を我々に与えるな、と言いたいがな」
グランデス将軍は、移動を完了した後も不機嫌な想いを隠そうとしなかった。
実際、それはスペイン青師団司令部のほぼ全員の総意と言っても良かった。
アラン・ダヴー少佐は、(内心で)溜息を吐きながら、嫌われ役を買って出ることにした。
グランデス将軍も、(内心で)それを望んでいる以上は仕方がない。
ある程度は、ガス(不満)を予め抜いておかないと、爆発した際に厄介なことになる。
自分が「三銃士」におけるリシュリュー卿になったような気分だ。
いや、それでは格上すぎる、以前、土方勇に聞いた石田三成というべきか。
皮肉なことに自分はフランスに戻る身だ、スペイン青師団内で嫌われ役を務めても、後々に響かない。
ダヴー少佐は、そう想いを巡らせながら、連合国軍最高司令部がスペイン青師団に対して下した命令の説明を行うことにした。
「クリミア半島の制圧は、トルコを始めとする黒海沿岸の連合国側の諸国の総意といっても差支えありません。連合国軍最高司令部としては、我々南方軍集団に対して、そのための命令を発したのです」
「だからと言って、ルーマニア軍と我々が共闘して、クリミア半島を目指す必要は無いだろう」
作戦参謀が半ば吠えた。
「いいか。クリミア半島はある意味、口が小さい瓶のようなものだ。一時的に口を開けた筈が、伊軍の不始末で、また口を閉じてしまった。何で伊軍の不始末を、他国軍がやる必要があるのだ」
作戦参謀が、まず爆発した。
確かにな、ダヴー少佐も含めた全員が(口には出さずに)同意した。
一時的とはいえ、イシュニまで確保し、クリミア半島という瓶の口、ペレコフ地峡が開いた、と南方軍集団全体は、つい、先日まで考えていた。
だが、ペレコフ地峡を守っていた伊軍に対し、クリミア半島のソ連軍は、限定攻勢を行い、ペレコフ地峡を再度、ソ連軍の制圧下に置いたのである。
ルーマニア軍とスペイン青師団は、その後始末もせねばならなくなったのだ。
とは言え、連合国軍最高司令部の考えが、それなりに理に適っている以上、ダヴー少佐もごり押しせざるを得ない。
「それなら、オデッサが中々陥落しなかったのは誰のせいだ、と言われるでしょう。確かにルーマニア軍に最大の責任があります。ですが、我々もその一翼を担ったのは否定できません」
ダヴー少佐の言葉に、兵站参謀が今度は口を荒らした。
「それは認めざるを得ない。実際、オデッサ攻略のために大量の物資等が必要になり、そのためにクリミア半島やドニプエル河方面への南方軍集団の物資欠乏が引き起こされたのは事実だからな。そして、伊軍が物資不足を理由に撤退を決断したのも事実だろう。だがな、だからと言って、伊軍を無能と叩きたくなるのも事実ではないか」
兵站参謀の愚痴に、これまた、ダヴー少佐らも(口には出さないが)同意せざるを得なかった。
実際、ペレコフ地峡を巡る戦闘において、伊軍自身も単純な兵力的には、ソ連軍よりもこちらが優勢であった、と認めているのだ。
だが、物資が不足しているから、抗戦は困難と判断し、兵を生き延びさせるために撤退した、その原因はオデッサ攻防戦にある、と伊軍に公然と責任転嫁をされては、スペイン青師団の面々が、ふざけるな、と怒鳴って不平を言いたくなるのも無理はない話で。
そういった諸々が、この場に鬱屈していた次第だったのだ。
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