第6章ー4
中央軍集団というか、英軍の基本方針は堅実にして、ある意味では面白みのない作戦で、モスクワを目指そうとしていた。
モスクワの関門ともいえるスモレンスクを南北からの両翼包囲により陥落させる。
その後、ヴィヤズマ、ルジェフ、ブリヤンスクを落とした後、モスクワに迫り、できれば年内のモスクワ陥落を目指す、というのが、中央軍集団の基本方針だった。
だが、これに疑問を呈する将帥がいた。
「どうも、芸が無さすぎなるな。自分だったら、これを逆用して戦うことを考える」
連合国軍の最高の頭脳、と謳われるポーランド軍のレヴィンスキー将軍である。
ちなみにレヴィンスキー将軍は、紆余曲折を経た末に、結局、対ソ戦に駆り出され、中央軍集団に所属するポーランド軍の最高司令官に、現在はなっている。
「どう逆用しますか」
参謀長のソサボフスキー将軍の問いかけに、レヴィンスキー将軍は、ニコリともせずに答えた。
「うん。カイザーシュラハトにおける林提督の作戦が、そのままでほぼ逆用できる」
「成程」
ソサボフスキー将軍も、それなりに有能な軍人である。
その一言で、大よその作戦を察してしまった。
つまり、中央軍集団の攻勢衝力を逆用し、自らの懐に引きずり込んだ上で、反撃を加えようというのだ。
かつて、1918年の独軍が最後の勝利を掴もうとして行ったカイザーシュラハトは、連合国軍の罠に結果的に飛び込む作戦になってしまった。
その時に、連合国軍、英仏日統合陸軍の総参謀長を務めていたのが、林忠崇提督だった。
カイザーシュラハトにおける当初の独軍の快進撃は逆用され、林提督が主として計画した連合国軍の行った「後手からの一撃」の前に、独軍は完全に粉砕されるという結果がもたらされた。
その結果、独軍の勝利への望みは断ち切られてしまったのだ。
当時、レヴィンスキー将軍は、独陸軍の大尉であり、独第18軍司令部の参謀として、その時の独軍に引き起こされた惨劇を実見した一人だった。
だからこそ、今回の中央軍集団、英軍のこの攻撃の危険性を察知できたといえる。
「それで、どうされますか」
ソサボフスキー将軍の問いに、レヴィンスキー将軍は想いを巡らせた。
英軍は、自分の警告を素直に聞くだろうか。
いや、多分、聞くまい。
こういうことは、頭を打たないと聞かない面々が多い。
それこそ、かつて、カイザーシュラハトの危険を自分が発した時に、どれだけの人が動いただろうか。
やはり、英軍には頭を打ってもらうしかあるまい。
とは言え、ソ連軍に勝たせるのも業腹だ。
「チェコ軍とかに連絡を取っておいてくれ。いざという時に、協力してもらえるように」
少し声を潜めて、レヴィンスキー将軍は、ソサボフスキー将軍に命じた。
「自分は、英軍に対して、警告を発しておく。但し、軽い警告をな」
「成程、アリバイ作りという訳ですか。そして、ポーランド軍が美味しい果実を手に入れる」
レヴィンスキー将軍とソサボフスキー将軍は、更なるやり取りをした。
「素直に英軍が自分の話を聞くのなら、厳重に警告するのだが、聞いてくれると思うか」
「いえ、思えません」
「それなら、自分達、ポーランド軍の利益を最優先に考えていいのではないかね」
「確かにその通りです」
二人は、そうやり取りをした。
「それで、ソ連軍が反攻をしてきたら」
「言うまでもない。我がポーランド軍が、英軍を救援し、ソ連軍を粉砕するのだ。その上でモスクワを占領する。かつて、我々が2度もやったようにな」
ソサボフスキー将軍の問いかけに、レヴィンスキー将軍は当然のように答えた。
そう、ポーランド軍は2回に渡り、モスクワを占領したことがあるのだ。
2人はそれを想い起こし、笑みをお互いに交わした。
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