第1章ー8
「大丈夫かな。自分達に弾が降って来ないかな」
指揮下にある下士官兵が、そう呟きを交わすのを、川本泰三中尉は叱り飛ばした。
「英海軍は、世界第1位の海軍で、日本海軍の師匠だ。師匠が弟子に砲弾の雨を降らすことは無い」
「はっ、はい」
下士官兵は、異口同音に川本中尉の叱声に慌てて答えた。
それを横目で見ながら、岸総司大尉は内心で、眼前に広がる独ソ軍の上陸阻止のために築かれた防御陣地の現状を、双眼鏡で観察しながら、自身で査定しながら呟いていた。
「かなり、事前の艦砲射撃で破壊されているようだが、内部にまでは完全に被害が及んではいないようだ」
となると、かなりの覚悟がいるな、部下に内心を覚られないように、岸大尉はそれ以上の言葉を飲み込まざるを得なかった。
5月15日午前、岸大尉が率いる第6海兵師団第17海兵連隊の隷下にある海兵中隊は、零式重戦車すら揚陸作戦に投入可能な大発動艇2隻に分乗して、リガ湾の上陸地点に向かっていた。
英海軍は、日本海兵隊への義理を十二分に果たした。
生き残っている戦艦11隻(それから言うまでもないが、投入可能な巡洋艦や駆逐艦)全てを駆使し、日本海兵隊が上陸作戦を展開するリガ湾の独ソ軍の防御陣地への艦砲射撃を行ってくれたのだ。
とは言え、岸大尉の見る限り、確かに大損害を与えることに、英海軍は成功しているが、それによって無傷で日本海兵隊が上陸作戦を展開できるか、というと疑問がある。
「義兄が助けてくれた方が良かったかな」
岸大尉は思わず、口に出してしまった。
義兄の土方勇中尉(義兄といっても姉婿で、実際には土方中尉の方が2歳年下)は、戦車乗りであり、第二陣部隊に回っている。
日本海兵隊内部で、第一陣部隊に戦車部隊を含むかどうかは、直前までかなり白熱した議論になった。
特殊戦車、水陸両用戦車を第一陣部隊に投入すべきだ、という意見もかなり強かった。
だが、日本海兵隊はそういった戦車を予め保有しておらず、もし装備するとなると、英米からの購入と言う事態が生じることは避けられなかった。
また、仮に購入できたとしても、その購入戦車に対する戦車兵の慣熟訓練が必要不可欠であり、更に戦車兵が、すぐに慣熟できるのか、という問題まである。
だから、最終的に第一陣部隊には、戦車を含まないという決断が下されたのだが。
今になって、岸大尉の脳裏には、その決断が間違っていたのでは、という疑念が浮かんでいた。
日米両海兵隊の取り決めで、日本海兵隊がリガ市の西側に、米海兵隊がリガ市の東側に上陸し、リガ市に対する両翼包囲を試みることになっている。
これは西ドヴィナ河の両岸に上陸作戦を展開することで、西ドヴィナ河を独ソ両軍に防衛線として使わせない、という目的も含まれていた。
だが、これも。
下手をすると、西ドヴィナ河で日米両海兵隊が分断され、個別に戦わざるを得ないのではないか、という疑念を岸大尉に抱かせていた。
そう岸大尉が悩んでいる内にも、大発動艇は岸辺に接近していき、水深の問題から、終にこれ以上の接近は困難になった。
「突撃」
道板が降りたのを機に、川本中尉が指揮下の小隊に突撃命令を下す。
さすがにこれ以上の日本兵の接近を赦す訳には行かない、と判断したのだろう。
眼前の半壊した陣地から、独ソどちらの兵かは分からないが、自分達に射撃が開始される。
岸大尉を含む海兵隊員全員が、すかさず伏せて、反撃の応射をする。
岸大尉は、状況を勘案して、対戦車班に数発の噴進弾を敵陣地に放たせた。
本来は戦車用なので、敵陣地攻撃には向かないのだが、敵兵に与えた心理的影響が大きかったようだ。
敵兵の射撃が止まり、その間に川本中尉達が敵陣地に躍り込んだ。
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