第5章ー18
こういった色々と悩ましい状況に鑑み、この会議の場に集った連合国軍の将帥は、内々のいわゆる身内同士の私語を、小声でしばらく交わすことになったが、一人の将帥の発言が、その状況を打破した。
「ともかく、レニングラードを攻め落とせばいいのだろう」
会議の雰囲気にしびれを切らした米第3軍司令官であるパットン将軍が、大声で言った。
その言葉を聞いた、多くの連合国軍の将帥は、その言葉には一理ある、と思わざるを得なかった。
色々と方法論を考えていたが、極論すれば、レニングラードに関する問題は、その一言に収れんする。
「確かに極論すれば、その言葉通りだな」
北白川宮成久王大将が、合いの手を英語で言った。
「よく言ってくれた。20年来の戦友よ。それでは、手を携えて、レニングラードを全力で攻めよう」
パットン将軍は、そう北白川宮大将を半ばけしかけた。
「かつて、北フランスからベルギー、ブリュッセルを目指した時のように、共に肩を並べて、レニングラードの陥落を目指す、ということでいいか」
「よく思い出して、言ってくれた。その通りだ」
「よし、共に肩を並べて、また、あの時のように全力で戦おうではないか」
二人は、芝居がかったやり取りを、阿吽の呼吸で行った。
上手いな。
それが、土方歳一大佐の内心に生じた想いだった。
結局のところ、それが最善だろう。
レニングラード市民に全く損害を出さずに、レニングラード市を攻め落とせるか、というと、それは絶対に不可能な話と言って良い。
連合国軍にとって、自国の兵士の損耗を避けるということを優先して考えるならば、レニングラード市をいわゆる兵糧攻めで攻め落とすのが最善かもしれない。
しかし、その代り、レニングラード市の住民の多くが餓死するという事態が生じる。
そして、そのことをソ連政府は、連合国軍の悪逆非道の証として、誇大宣伝するだろう。
それによって、戦争がさらに泥沼化する危険があることを考えれば。
また。
米軍きっての猛将と、日本海兵隊のトップのこのようなやり取りを聞いては、周囲の将帥も消極策を言い出しかねるだろう。
このまま強攻策の採用で、この会議は終わるのではないだろうか。
そこまで、土方大佐は想いを巡らせた。
実際。
「よくもそこまで人を煽るものだ。老骨のこの身には、小芝居じみて見えるぞ」
会議の場の片隅から声が上がった。
パットン将軍が、誰が言った、とその声が上がった方を見やり、罵声を浴びせかけようとしたが、その人物を見た瞬間、慌てて罵声を飲み込んだ。
その人物は、それを見て、ニヤリと笑った。
「老人に敬意を示せるようには、歳を取ったか。アドミラルハヤシをかつてバカにした若造が」
痛烈な皮肉だが、その人物には、パットン将軍に対し、それを直に言えるだけの年齢と軍歴があった。
フィンランド軍の最高司令官、マンネルハイム元帥が声を挙げていたのだ。
「だが、その煽りには載ってやろう。フィンランド軍も、レニングラードを共に強攻する。サンクトペテルブルクとあの街が呼ばれるようにな。儂には、その名の方が馴染みがある」
その言葉を聞いた会議の面々の多くが、あらためて思い起こした。
マンネルハイム元帥が、かつてのロシア帝国の騎兵将校であり、サンクトペテルブルクで近衛騎兵の一員として勤務したことがあることを。
そして、マンネルハイム元帥の言葉が、レニングラードを巡る作戦の基本方針を事実上固めた。
その後は、会議は具体的な作戦の大筋を決める場となった。
各軍の大雑把な持ち場が決まり、また、協同作戦の基本方針が定まる。
レニングラードを強攻して陥落させ、その後は速やかに越冬態勢を整える。
そのように連合国軍の作戦は定まったのだ。
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