第4章ー9
「戦場の後方というのは、こういうのが当たり前ではないのですか」
防須正秀少尉が、岸総司大尉に話しかけた。
「ああ、むしろ今のような状況が異常と思った方が良い」
岸大尉は、そのように防須少尉を半ば諭すように言った。
岸大尉の言葉に、土方中尉や川本中尉は、無言で肯くことで、岸大尉の言葉を肯定したが、それだけでは足りない、と3人共が考えた。
「戦場の後方では、異国の軍人というのは、基本的に嫌われるものだ。大体が侵略者だからな。今回のように解放者、味方として住民に歓迎して迎えられることは稀だ。自分は、中國で嫌という程、そんな目に遭った」
第二次世界大戦勃発以前からの歴戦の兵として、岸大尉は言葉を継いだ。
「自分も直接に経験した訳ではないが、様々な戦場を知っている祖父や父から、色々と聞かされたよ」
それ以上は言いたくない、というのを言外に秘めて、土方中尉は言った。
「サムライ、とここの住民は親愛の情を示して歓迎してくれるけどな。日本陸軍の将兵は、まごついているらしい。中国やソ連極東部では、住民の敵意に晒され続けたからな。ここでも敵意に晒される、と覚悟を決めてきたら、暖かい歓迎を受けている。そうは言っても、住民に対する警戒心を、日本陸軍の将兵は、どうしても抜けない。だから、その警戒心を解こうと、サムライ、サムライ、と日本陸軍の将兵は、住民に呼ばれる皮肉な循環が起きているそうだ」
右近徳太郎中尉から聞かされた話を、半ばそのまま川本中尉は語った。
防須少尉は、すっかり沈黙してしまった。
戦場というものの現実をあらためて知らされたためだろう。
少しきついことを言い過ぎたか。
他の3人は、少し後悔して、別の話をすることにした。
「それにしても、ソ連や共産中国の現状は、我々にとって少なからず有利になっているようだな」
とってつけたように聞こえるかもしれないが、岸大尉は他の面々に話を振った。
「ええ、ソ連の場合、バルト三国の西部や、西ウクライナでは、多くの住民が、我々の側に加担している有様です。ベラルーシでも徐々に我々の側に味方する住民が増えているとか」
土方中尉は、それに合わせるように言った。
「そう言えば、中央アジアやカフカス山脈地方でも、ソ連の支配は揺らいでいるようですね。反政府運動が徐々に武装、過激化の一途をたどっているらしいですよ」
川本中尉が更に言った。
だが、それは微妙に空気が読めない発言だった。
「うーん。素直に喜べればいいのだがな」
土方中尉は、防須少尉の方を見ながら言った後で続けた。
「反政府運動自体が、対立の芽をはらんでいるからな。お互いの民族、宗教を敵視することもあり、下手をするとソ連政府と戦うよりも、本来は味方同士の筈の反政府運動主義者同士が戦うことを選ぶ例があるらしい、と聞くからな」
この場では、最年長で取りまとめ役と言える岸大尉は、土方中尉の言葉に無言で肯いた。
岸大尉や土方中尉が想ったのは、防須少尉の祖国といえるインドの情勢だった。
ソ連や民主独は、連合国の足を引っ張るために、インドの独立運動を指嗾した。
それによって、インドでは、ガンジーやネール、ジンナー等の名実伴う独立運動家が暗殺されるという事態が引きこされ、更にそれが血を血で洗うようなお互いの報復を呼び、インドの独立運動自体が、インドの混乱を引き起こす種となってしまっている。
防須少尉の父、ラース・ビハーリー・ボースは、著名なインド独立主義者だが、諸般の事情から、今はインドから亡命して日本に住まざるを得ない身である。
それを想い起こせば、防須少尉が昨今のソ連情勢からインド情勢を連想しているのではないか、と岸大尉や土方中尉は慮ったのだ。
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