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第4章ー6

 結局、土方千恵子は自宅、土方伯爵邸でお産をすることになった。

 慌てて近所の産婆が駆けつけた際には、千恵子の産道は開きかけており、今から産院に行っては、路上出産の危険がある、と産婆が診立てからだ。

 土方勇志伯爵は、それを聞いて、まだまだ大丈夫等と、いい加減なことをいった産科医を訴える、とまで息巻いたが、千恵子や大姑、中姑が一体となって押し止め、何とか落ち着かせた。

 もっとも、約半日でも千恵子の出産がずれていたら、それこそ村山幸恵の前の出産なり、列車の中での出産なり、という事態が起きていた筈で、土方伯爵の怒りも、ある程度はやむを得ないところもあった。


「また、女の子か」

 そんな急なお産を無事に済ませた後、落ち着いた千恵子は少し残念に思っていた。

 土方伯爵ら周囲にも、千恵子の前では決して言わないが、そんな空気が漂っている。

 千恵子が男の子を産むことで、土方伯爵家の跡取りができて欲しい、と願っていたからだ。


 唯一、素直に喜んでいるのは、千恵子の実家の篠田家くらいだ。

 篠田家にしてみれば、待望の跡取り娘が産まれたようなものだった。

 これで、従前からの約束通り、千恵子の最初の子の和子を、篠田家は養女にできるからだ。

 もっとも、実際に和子を篠田家の養女にするのは、実父である土方勇が還ってきて、また、この第二次世界大戦が終わってから、ということになっているので、すぐにすぐの話にはならないのだが。


 ちなみに産まれてきた娘の名前は、幸子と決まった。

 幸せになって欲しい、との想いと、姉の幸恵から一字を貰おう、と千恵子や土方伯爵が考えたことから、そう決まった。

 その一方で。


 戦時下にあるとはいえ、日本本土は戦禍から(少なくとも表面上は)離れている。

 そのために、土方伯爵家には、幸子が産まれたことを祝って、様々な祝いの品が届いたり、親戚や知人がお祝いのために訪れたり、ということが相次ぐことになった。

 千恵子にとって、最大の意外になったのは、(実父の岸三郎と共にではあったが)岸忠子が、土方伯爵家の敷居を跨いで祝いに来たことだった。

 千恵子にしてみれば、岸総司の息子の岸優の件(総司が戦死する等、いざという時には、忠子と千恵子が協働して後見することになっている)があるとはいえ、忠子が来るとは思わなかった。

 もっとも、忠子の表情を、千恵子が見る限り、岸三郎に半ば無理やり促されて来ることになったようで、祝いの表情というには、微妙な表情を忠子が浮かべていたのは、やむを得ない話だっただろう。


 その一方で、村山幸恵は、素直に祝いの品を持参して(名乗れないとはいえ)姪の顔を見に来た。

 その幸恵と逢った一時は、(幸恵自身も二人の娘を産んだ身であることもあり)千恵子にとってもっとも寛げる時となった。

 そういった親戚、知人の来訪がある中で。


「おめでとうございます。娘が産まれたと聞いて、お祝いに来ました」

「ラース・ビハーリー・ボースさん」

 ボースまでが、土方伯爵家を訪れたのは、千恵子にとって、少なからず慌てふためく事態だった。


「わざわざお越し下さるとは」

 千恵子は、半ば慌てふためきながら、ボースに頭を下げながら言うことになった。

「いえ、友人の家庭に子どもが産まれたというお祝い事を聞いた以上、お祝いに来るのは当然です」

 ボースは、そう言いながら、千恵子の傍にいる幸子の顔を見て想った。

 

 考えが先走り過ぎだと自分でも思うが。

 この赤子が物心つくまでに、インド情勢は落ち着くだろうか。

 いや、そもそもユーラシア情勢が落ち着くのだろうか。

 憂いの無いような顔を、この子が大きくなってもできるような世界ができて欲しいものだ。

 しかし、現実は。

 ボースは気が重くなった。

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