第4章ー2
実際問題として、土方千恵子にしても、村山幸恵にしても、多くの友人、知人が気が付けば戦死したり、身内が戦死している身だった。
例えば、親しかった女の同級生の夫や兄弟が戦死したと聞いては、香典を包むのだが、千恵子も幸恵も中国内戦介入以来、何人に香典を包んだのか、もうとうに数えられなくなっている。
幸恵に至っては、義弟(妹婿)が戦死して、異父妹の美子が実家に帰っている身だった。
そうしたことを考えれば、岸総司も土方勇も(更にアラン・ダヴーも)、よくもまあこの戦争の中を生き延びているものだ、という想いさえ、幸恵はしてきた。
また、戦死しないまでも、大怪我をして後遺症が遺った身で帰還してきた傷痍軍人も増えている。
実際、幸恵の夫も(海兵隊下士官だった満州事変の際にそうなった)傷痍軍人の一人である。
(幸恵の夫は、日常生活にはそう差支えが無い(走ることができず、歩く際に片足をやや引きずる程度)ので、気づかない人も多いが)
彼らに対しては、年金(軍人恩給)を支給する等、米内光政首相率いる日本政府も配慮はしているが、その額についても、色々と論議が起きる有様となっている。
(具体的には、階級によって年金額に差があるのはどうなのか、また傷痍軍人と言っても、ほぼ寝たきりに近い者と、それなりに動ける者とでは差をどの程度につけるのが相当なのか、等々とかまびすしい議論が、衆議院や貴族院で提起される有様となっていた。
また、各新聞社も、それぞれの立場から社説等で論陣を張る有様となっている)
そして、そういった状況から、更に出征する男性は増えていき、職場から男性は消えていく。
また、こういった状況から、女性が働く場は増える一方だ。
幸恵の妹、美子も、気分転換もあるのだろうが、横須賀海軍工廠の工員募集に応募して、工員として働いている有様だ。
そこまで、日本の工場現場が、人手不足になっていると共に、女性等の未熟練工でも働ける職場が増えているという現実が起きているのだ。
そんな女性工員が働いて大丈夫なの、と幸恵は想わなくもないのだが、順調に横須賀海軍工廠は、軍艦の建造を続けているらしい。
先日、新型装甲空母「天城」の進水式が、横須賀海軍工廠で行われたという新聞報道があったばかりだ。
「天城」の同型艦として「赤城」、「葛城」、「磐城」と全部で4隻が各地で建造されている、という報道も併せて行われている。
ちなみに美子が働いているのは、「天城」関連らしい、と幸恵は推測している。
機密保持の書類に署名させられた、と美子がポロっと喋ったからだ。
それを一緒に聞いた母のキクは、それさえも人前では言うな、と口止めした。
何から分かるか、分かったものではない、と母は言う。
実際、その通りだ、思わぬことから情報は洩れる、一枚の写真から私が弟を推測したように。
「どうかしましたか。幸恵さん」
いつの間にか幸恵は、自分の考えに耽っていたらしい。
千恵子が、自分の顔を半ばのぞき込むようにしながら、声を掛けていることに幸恵は気づいた。
「いえ、色々と考える内に、自分の異父妹、美子のことを想って。美子は、夫が戦死したことから嫁ぎ先から還ってきて、今、横須賀海軍工廠で工員として働いているの」
「それは」
幸恵の言葉に、千恵子は言葉を詰まらせた。
千恵子は想った。
昨今の日本の国内状況を象徴するような話だ。
多くの若い男性が出征し、死傷している。
そのために女性を採用する職場は増える一方だ。
強制的な勤労動員になっていないのが救いだが、横須賀海軍工廠でさえ、女性工員が働く有様とは。
東郷平八郎元帥ら、日露戦争時の海軍軍人がこれを聴いたら、墓場から飛び出してくるのではないか。
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