第2章ー20
7月20日、夏の暑さの中、第2次オデッサ攻防戦は始まろうとしていた。
だが、第1次オデッサ攻防戦とは全く異なる現状が発生していた。
「撃て」
仏軍が回してくれた列車砲部隊が、370ミリと400ミリという大口径弾を、オデッサ市街を護るためにソ連軍によって構築された外郭陣地に対して降り注がせた。
敵味方双方が驚愕する大威力だ。
「何とか間に合って良かったですよ。なお、他にも仏軍の重砲部隊が来てくれています」
「よくやってくれた」
アラン・ダヴー少佐とグランデス将軍は、その砲声を聞いて、小声でささやきかわした。
先の第1次オデッサ攻防戦で、ルーマニア軍の火力不足を見せつけられたグランデス将軍は、仏軍に火力支援を求めた。
ダヴー少佐はその折衝役を務め、仏軍は列車砲部隊等の投入を決断してくれたという次第になる。
はっきり言って、この列車砲部隊が間に合うかどうか、一時はかなり懸念された。
言うまでもないことだが、ソ連国内の鉄道は広軌であり、欧州各国が基本的に採用している標準軌とは、軌道の幅が異なる。
そして、広軌である以上、機関車も一般論に近いが、ソ連製の方が大きく、給炭所とかも少なくて済む。
だから、連合国軍が、ソ連国内の鉄道を使用するとなると、単に標準軌に改軌するだけでは済まず、新たに給炭所等も設けねばならず、5月15日に本格的な地上軍の侵攻作戦が発動される前の計画段階でも、かなり懸念されていたことの一つだったのだ。
だが、連合国軍の後方部隊が、現地の住民にも協力を仰いで、半ば人海戦術を駆使することで、何とかこの時までにオデッサ近辺までの鉄道改軌に成功したことから、仏軍の列車砲部隊が、この場にたどり着くことが出来たのだ。
「ところで、鉄道改軌のために働いてくれた現地の住民に対して、かなりのドル紙幣をばら撒いた、という噂は本当か」
「ええ、懸命に働く代わりに、賃金はドル紙幣で、とウクライナ人の多くに言われまして。哀しいですよ、フラン紙幣どころか、ポンド紙幣よりも、ドル紙幣が欲しいなんて」
「そう言えば、伊兵がぼやいているらしい。住民から物を買おうとしたら、リラの軍票じゃ何も買えない。リラ紙幣も信用がそんなに無い。結局、ドル紙幣がいるとな」
「何を買おうとしているのでしょうね」
「若いお前が、とぼけるな。大体の想像はつくだろうが」
「伊兵というだけで想像は付きますけどね」
グランデス将軍とダヴー少佐は、そんなやり取りまでした。
少なからず話がずれるが、ドル紙幣の効果は色々な意味で絶大だった。
ウクライナのこの経験が、現地住民や更に連合国軍上層部に急速に広まったことから、1942年が終わるまでの間に、連合国軍が現地の住民に協力を求めて、現地の住民が連合国軍のために働く際に支払われる賃金はドル建てというのが基本になるのだ。
第2次オデッサ攻防戦が始まる前、オデッサにいるソ連軍内部には楽観的な空気が漂っていたという。
第1次と同様に、ルーマニア軍の攻勢を跳ね返せると考えていたのだ。
だが、仏軍の重砲部隊が駆けつけ、火力の優位が失われたとなるとその前提が崩れてしまう。
そのために、いざという場合には、黒海からの撤退を考慮することになったのだが。
それさえも、困難になる事態が発生しつつあった。
「我がままを言った甲斐があったな。「酒匂」に実戦を味わせることが出来る」
「酒匂」の艦橋で田中頼三提督は笑っていた。
遣欧艦隊上層部に半ば直訴までした結果、第6駆逐隊と第19駆逐隊の2個駆逐隊だけが、当初はトルコに赴くことになっていたのだが、「酒匂」も加わることになったのだ。
「日本海軍の精強さを黒海で示してやる」
田中提督は息巻いた。
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