第1章ー14
「今日も何とか凌げたか」
急きょ、リガ市防衛司令官に任ぜられてから、約2週間余り、急造の司令部で防衛する守備隊も寄せ集めと言う惨状だったが、ロンメル将軍は、懸命に部隊を陣頭指揮して、日米の猛攻を凌いでいた。
とは言え、ロンメル将軍も内心では、リガ市防衛は不可能とは言わないものの、極めて困難だ、と半ば諦観している状況だった。
リガ市は現在、陸上は日米の海兵隊の重囲下に置かれ、海上には連合国の艦隊が遊弋しており、制空権もほぼ失われている。
つまり、陸海空全てが封鎖されているのだ。
そのために補給は完全に途絶しており、防衛軍のみならず、市民には飢餓の危険が迫っている。
そして、日米軍の包囲を破るための救援部隊が差し向けられてはいるが、空と海からの支援を得られる日米軍の前に多大な損害を被っており、ロンメル将軍自ら、
「救援部隊の行動に心より深謝す」
と感謝の電文を打つ有様だった。
連日の陣頭指揮により、ロンメル将軍は、いつかリガ市街の各所の美しい風景を覚えていた。
まるで、ドイツの旧い街並みの中を走っているような美しい風景だ。
今や、瞼をつぶれば、その風景が、ロンメル将軍の脳裏に浮かんでくる。
「無理もない話か」
ロンメル将軍は、思わず口に出してしまった。
リガ市は旧い歴史を誇る街である。
バルト海沿岸で産する琥珀等を求めて、ローマ帝国が東西に分裂する以前から人が住んでいたという。
だが、歴史的に著名になるのは、北方十字軍、ドイツ人の東方植民運動が進められた頃からだろう。
植民したドイツ人が、バルト海や西ドヴィナ河等の内陸水路を用いて築き上げた交易活動等の富は、西欧や北欧からも人を引きつけた。
そして、現地のバルト人等とも、植民したドイツ人は混血した結果、バルト・ドイツ人が成立した。
ドイツ騎士団やハンザ同盟の存在等があったためだろうか。
多くの異民族の血を交えながらも、基本的に彼らはドイツ語を話し、ドイツの習慣を維持し続けた。
更に。
バルト・ドイツ人が、主にリガの市街を建設していったのだ。
かつての自らの主な出自であるドイツの街並みを思わせる市街地を、彼らが作り上げたのは、半ば必然的な話だったのかもしれない。
ドイツ人のロンメル将軍にさえ、ここはドイツの街なのではないか、と思わせる風景なのだ。
そんなロンメル将軍の思索を、いきなり破る存在が現れた。
「大変です。こんなビラが、ドイツ語やロシア語、ラトヴィア語で大量に空から撒かれています」
ロンメル将軍の副官が、そう叫んで、ドイツ語のビラを持ち込んできた。
「リガ市防衛軍への最終勧告。速やかな降伏を勧告する。無差別な大量の砲爆撃の用意が我々にはある」
そのビラには、そう書かれていた。
日米軍を苦戦させている以上、最終手段として、日米軍が無差別砲爆撃を行うのでは、という懸念をロンメル将軍も抱いていなかったわけではない。
だが、具体的にビラで予告されては。
ロンメル将軍は苦悩した。
ここ、リガ市には数十万人の市民がいるのだ。
「市民の間に動揺が広がっています。速やかに降伏してはどうか、と市職員の幹部複数が訴えています」
副官は更に情報を伝えた。
確かにこんなビラが大量に撒かれては、市民も動揺し、市職員も降伏を訴えるだろう。
ロンメル将軍の脳裏に、ハイドリヒ総統からの極秘命令が浮かんだ。
リガ市が連合軍の補給拠点とならないように、いざという場合には完全にリガ市を破壊せよ、という命令が下されているが。
やはり、人間として行動するならば。
「リガ市を、市民を護ろう」
口に出した瞬間、ロンメル将軍の心は定まった。
「連合軍に降伏を受諾すると伝えたまえ」
「分かりました」
副官は飛び出していった。
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