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エピローグー4

 日本軍の将兵が、石川信吾中将の遺骨の帰国を嘆きながら見送る光景を、アラン・ダヴー大尉は、アラン・ハポン少佐のカバーを付けた状態で、遠くから見やっていた。

 日本語がある程度は分かるダヴー大尉は、日本軍の将兵が何故に嘆いているのかが分かったが、一緒にいた人物は、日本語が分からないので、何故に嘆いているのか、分からなかった。


「あれは何故に嘆いているのだ」

 ダヴー大尉と一緒にいたグランデス将軍は、ダヴー大尉に尋ねた。

「ベルリンオリンピックの際にサッカー日本代表監督を務めた石川信吾中将が、先日、戦死しました。その遺骨が今日、日本に帰国するようです」

 ダヴー大尉は、敢えて事務的に答えた。


「そうか」

 グランデス将軍は、それだけしか言わなかったが、共にいたダヴー大尉には、グランデス将軍がベルリンオリンピックという言葉に反応し、更に様々な想いを馳せているのを察した。

 それに、ダヴー大尉も似たような様々な想いを馳せざるを得なかった。


 1936年のベルリンオリンピックの陰で、通称、人民オリンピックと呼称された国際スポーツ大会が、開催直前で中止になると言う悲劇が起きていた。

 その国際スポーツ大会は、22か国から約6000人の選手が集う予定だった。

 ベルリンオリンピックが50の国と地域から選手が集うものの、選手総数は約4000人だったことを想えば、この国際スポーツ大会の規模の大きさが推察できるだろう。

 その国際スポーツ大会は、スペインのバルセロナで1936年7月19日から開催される予定だった。


 これは当時のスペイン政府を構成する人民戦線が、ベルリンオリンピックをファシストが率いる独政府の政治宣伝の場であるとして嫌悪し、更にベルリンオリンピックをオリンピックの純粋なアマチュア精神を汚すものだ、と批判した末に、ベルリンオリンピックをボイコットして、対抗して「民主主義の祭典」として開催することを決めた国際スポーツ大会だった。

 そして、この精神に共鳴した民主主義者たちが、この国際スポーツ大会に集ったのだ。

 だが。


 何とも皮肉なことに、その前日、7月18日にスペイン内戦は勃発してしまった。

 そのために国際スポーツ大会は中止となってしまった。

 更に、この国際スポーツ大会に参加する予定だった選手の一部は、民主主義を護るためにと熱情に駆られて「赤い国際旅団」に参加して、スペインの戦野でその骸を晒す等の悲劇をもたらすことにもなった。


 グランデス将軍は言うまでもなくスペインの職業軍人であり、ダヴー大尉も日系フランス人でありながら、いわゆる「白い国際旅団」の一員として、スペイン内戦の際に戦った身だった。

 その二人にしてみれば、ベルリンオリンピックという言葉は、色々と記憶を刺激する代物だった。

 そのために暫く、二人の間では沈黙の時が流れた。

 だが、いつまでもそのままでいる訳には行かない。


「行こう、自由を守るために我々は戦っているのだ」

 グランデス将軍がとうとう口を開いた。

「そうですね。自由を守らねば」

 ダヴー大尉も答えた。


 二人共、スペイン内戦を想い起こすほど、民主主義という言葉を口に出しづらかった。

 いや、この頃、多くの良心的な民主主義者ほど、民主主義という言葉を口に出しづらかった。

 何しろ、スペイン内戦は「民主主義を護るための戦い」と言われていたのに、その内実が世界に知られるにつれ、民主主義についての疑念を呼ぶ代物となっているのだから。


 そのために、その代わりとしてという訳では無いが、スローガンとして叫ばれているのが、自由、個人の権利を護るための戦い、という言葉だった。

 だが、グランデス将軍もダヴー大尉も皮肉な想いしかしない代物だった。

 作者の私自身が、アラン・ダヴーの階級については少佐と記述していますが。

 細かく書くと、アラン・ダヴーのスペイン陸軍の階級については少佐ですが、その際の姓名はアラン・ハポンになり、本来の所属であるフランス陸軍の階級は、現在も大尉のままです。

(アラン・ダヴーがフランス陸軍に復職した時点で、少佐に進級予定です)

 とは言え、作中の人物呼称の混乱を避けるために、アラン・ダヴー少佐と基本的に記述しています。


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