第1章ー1 史上最大の上陸作戦
今回、プロローグはなく、第1章から始まります
「月の無い闇夜か。ありがたいな」
「土方中尉は、闇は怖くないのですか」
「怖いな。闇と言うのは。だが、敵弾の方がもっと怖い。敵弾は自分の命を奪うが、闇だけなら、自分の命を奪うことは無い」
土方勇中尉は、わざと問いかけに対して、少しずらして答えていた。
自分自身も緊張しているのだが、話相手の気を少しでも紛らわすためだ。
話相手の防須正秀少尉は、その答えを聞いて、少し気が紛れたのか、歯を見せながら言った。
「歴戦の土方中尉でも、敵弾は怖いのですか」
「怖いさ。怖くない人間等、いない。怖くないという奴は、虚勢を張っているだけだ」
「ホッとしました。初陣の自分だけが、敵弾は怖いのかと」
「ただ、適度に怖がれ、怖いからと言って進まない等は許されないぞ」
「分かりました。気が紛れました。戻りましょう」
「そうだな」
二人は、ほぼ新月の夜の闇の中を進む上陸船団に、部下と共に乗り組んでいた。
本来なら自分達は眠らねばならない、だが、上陸作戦を前に初陣の防須少尉が眠れないのを察した土方中尉が、防須少尉を甲板上に誘い出したのだ。
そして、少しだけだ、と当直士官を半ば拝み倒して、甲板上に数分だけ出ることを認めてもらい、甲板上で二人は話し合っていたのである。
5月15日の朝、史上最大の日米連合の海兵隊による上陸作戦が展開されることになっていた。
そのための第一波の上陸部隊は、日米それぞれ3個師団、合計6個師団が充てられる。
上陸作戦が成功次第、第二派の上陸部隊、これまた日米それぞれ3個師団、合計6個師団が投入される。
どの師団が第一波になるのか、日本海兵隊内では激論となった。
第一波こそ先陣の誉れである、という想いを各師団長達はしたからである。
実際には激しい議論だけでけりがついたらしいが、土方中尉らの下に届いた噂話だと。
「議論ではすまず、肉体を使った肉弾戦を師団長同士が演じて、勝った3人が選ばれたらしい」
「俺は、くじ引きで決めたと聞いたぞ」
と、トンデモ話にまで噂が膨らんだほどだった。
そして、今、第一波に選ばれた第1、第3、第6の3個海兵師団が乗船して上陸地点へと向かっている。
第1は伝習隊以来の伝統を誇る名門、横須賀海兵隊を母体とする。
第3は言うまでもない新選組の異名を持つ佐世保海兵隊が母体である。
実際には、そういった歴史的経緯から、第1と第3は選ばれていた。
そして、第6はフルダ峡谷における屈辱を晴らすために選ばれていたのだ。
このことに他の海兵師団の将兵は、不満を覚えたが、最終的には北白川宮成久王殿下の裁断ということで、その決定に従って、第二波に回っていた。
土方中尉は、防須少尉と共に寝室に戻りながら、想いを巡らせた。
6個師団が同時に上陸作戦を展開するのは、史上初のことだ。
これ程の大規模な作戦に参加する等、自分自身も内心では緊張してたまらない。
だが、耐えるしかないことだ。
勿論、この上陸作戦のために、日米以外の連合国も可能な限りの海空戦力を展開してくれたらしい、と自分達は聞いている。
だが、作戦の機密保持の為に、具体的な海空戦力の規模を自分達のレベルには教えてくれなかった。
そのためもあって、内心の緊張、不安を拭いされない。
噂レベルでは、日米英の空母部隊が嵐のような攻撃をバルト海沿岸で行った結果、ソ連の水上艦部隊は、ほぼ消滅しているとのことだし、連合国側の空軍による戦略爆撃や地上攻撃への対処のために、ソ連の航空戦力も、かなり損耗しているということだが。
そういった噂が自分達に都合のいい方向に流れがちなのを、これまでの経験で土方中尉は熟知していた。
本当のところ、どれだけの戦力の支援があるのか、土方中尉は不安だった。
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