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中の上の妹

作者: 砂糖製造機

「ただいまー」

 学校から帰り、玄関で気だるげに靴を脱ぐ。

 居間にいるはずの家族の返事は無い。大方ゲームに集中してるんだろうが。

「おおい、帰ってるんだろ?」

 肩にかけていた鞄を下ろし居間のドアを開く。

 今さっき作り終えたのだろうか、カレーの良い匂いが漂う中、床に寝そべり画面に向かってコントローラーを弄る妹の姿があった。


「お兄ちゃんおかえりー。服は洗濯機に入れておいてよね」

 こちらに見向きもせずに返事を返すのは行儀が悪いが、きちんと家事を済ませているようなので大目に見ておこう。そもそも言っても聞かないしな。


「お前、いい加減制服のままでだらけるの止めろよ。しわになるし、なによりだらしなく見えるぞ」

「お風呂上がりに下着で歩く人に言われたくないんだけど」

 ゲームをポーズ画面にし、妹は立ち上がってテレビのチャンネルを地上波に変える。

「とにかくご飯食べようよ。お兄ちゃんもっと早く帰ってこれないの?」

「生徒会の業務を放棄できるかよ。高校で楽なのは一年の時だけだからな。2年になったら進路とかで忙しくなるんだよ」

「ふーん……まぁ、1年の私には関係無いしー。 てゆーかお兄ちゃんもう大学決まってるじゃん、時間空けてよー」

「できたらな」


 妹の文句を聞き流し、テレビを見ながらカレーを食べる。

 美味いという感想を伝えると、妹は照れたのか「……そう」とだけ返してテレビに向き直った。

 もうちょっと素直だったら、誉めがいがあるんだけどな。




 晩飯を終え、特にすることも浮かばず食卓に座ったままゲームをする妹を後ろから眺める。

 帰りの遅い両親の代わりに、妹は家事をよくやってくれている。

 今はだらけているがやることをやった後だ、ただ勉学に励んでいるだけの俺が文句を言えるはずもない。

 うん、そうなんだが……


「なぁ、妹よ」

「何さ」

「お前、このままでいいと思ってるのか?」

 俺の言葉に、妹はゲームをする手を止め不機嫌そうな顔を向けてくる。


「説教なら後にしてくれる? 一々小言なんて聞いてられないから」

「説教じゃなくて忠告だ。危機感の無いお前にも分かるように言ってやる」

 いつもと違う俺の雰囲気を感じたのか、妹はぶつくさ言いながらも聞く姿勢に入った。


「家のことをやっているから生活に充実感を感じているんだろうが、学校のことが疎かになっているだろ。 1学期の成績も芳しくなかったよな?」

「っ……! い、一応テストとかは平均越えてるし……」

「ギリギリだろうが! 中学でぼろぼろだったのを気にして普通に勉強するようになったのはいいが、それだけじゃ足りないんだよ!」

「な、何よそれ! 私ちゃんと勉強してるじゃん! た、確かに結果は微妙だけど……でも! 努力してるのを認めてくれてもいいじゃない!」

 駄目だ、遠回しな言い方では気付かない。

 俺は机を叩くと、椅子から立ち上がって妹を力強く指差した。


「はっきり言うが! お前は普通じゃ足りない程、出来が悪いんだよ」

「は、はぁ~~~!? 嘘でしょ!?」

 椅子に座り直した俺は、腕を組み重苦しく頷く。


「運動はまぁ平均だが、頭脳に関しては間違いなくポンコツだお前は! 要領悪いっつーか……あれだな、色々中途半端なんだな」

「いや、あの、何言ってるのお兄ちゃん……?」

 理解の遅い妹を置いておき、俺はひたすら喋る。

「家事はいい、実際助かってるしな。 成績はさっき言った通りで微妙の一言だ、もっと頑張れ。容姿は十分美少女と言える範囲だ。 ああ、贔屓目じゃないぞ? そこは自信を持ってもいい。 だが美少女の中だと地味だな、特徴も無いし。 クラスで話題になりかけるけどすぐに別の話題に切り替えられるってくらいの美少女具合ってとこか。 ゲームで言うならサブヒロイン……いや、空気気味な正ヒロインだな。 追加パッチで新キャラがでたら目立たなくなるポジション、がしっくりくる。 つまり何が言いたいかっていうと、このままだとお前は地味な人生を歩むことに……」

「うっさーい!」

「うおっとぉ!?」

 突然飛んできた平手打ちをすんでのところで避ける。


「いきなりなんだ!」

「それはこっちの台詞よ! 好き放題意味わかんないこと言ってくれるじゃないの! ちょっと自分が頭いいからって、いい気にならないでよね! あと何で容姿に関しては無駄に細かいの!?」

「お、ちゃんと話は聞いてるみたいだな……まずは落ち着け」

 興奮する妹を鎮めるように宥め、座らせる。

「容姿に関してはデリケートな所だからな、勘違いしないよう配慮したつもりだ」

「色々間違ってると思うんだけど」

 一気に捲し立てたので俺自身何言ってたかうろ覚えだが、今はそんなことどうでもいい。

 なんか余計なことまで言った気がするがどうでもいいな、うん。


「とにかくだなぁ、お前もうちょっと頑張った方がいいぞ。 これじゃ女として中の上がいいとこだ」

「さっきから言葉が厳しすぎる……」

 妹が項垂れるが、俺も鬼じゃない。 優秀な俺の頭脳を貸してやろうではないか。


「というわけで、2年になって他と離されないように俺が勉強その他諸々を見てやろう」

「絶対やだ」

「何ぃ!?」

 妹はふんと顔を逸らし、口を尖らせる。

「頭いいお兄ちゃんには分かんないよ、出来ない人の気持ちなんか。 大体私は出来が悪いんでしょ? そんなのに付き合ってお兄ちゃんが大学の勉強遅れたらどうすんのさ……」

「そんな理由で諦めるなっ!!!」

「っ!?」


 突然の俺の大声にびくっと身を震わせる妹。

 だが今の発言は兄として頂けない。 大声だって出るというもんだ。


「いいか、お前は要領が悪いだけだ。 決して地頭が劣っている訳じゃない。 そこで俺がお前を指導するんだ。 お前に合わせたメニューで1つ上の女子高生にランクアップさせてやる!」

「言葉選びが気持ち悪い!」

 妹の罵倒を気にせず続ける。

「まずは勉強だな! お前の学校の時間割から予習、及び復習が必要な科目を日ごとに割り出しておこう。 待ってろすぐにプリントする」

「何で私の時間割知ってんの……?」

 妹の疑問を無視して続ける。

「運動は……お前の体力じゃいきなり激しいのは駄目だな。 近所のジョギングが趣味の爺さんからおすすめコースを聞いてくるか。 慣れたら距離を伸ばしていこう」

「なんかどんどん話が進展してる!」

 妹の困惑をスルーして続ける。

「当然容姿も磨くぞ! 知り合いの栄養士からバランスの良い食事を教えてもらうから、お前は黙ってそれを食え! 大丈夫だ俺は人並み以上に家事が出来る。 暫くは家事を手伝ってやろう。 後は美容用品も必要だな、お前今どんなシャンプー使ってる?」

「いい加減にしろぉーーー!!!」


 俺による妹の為の妹だけのトレーニングは、絶叫と共に放たれた妹のグーパンが開始のゴングとなった。




「勉強に関しては大船に乗った気でいろ。 偏差値80の俺にかかれば猿でも大学に入れる」

「絶対馬鹿にしてるよね、それ。 後偏差値も適当でしょ」

「テストの範囲は校長を通して把握しておく。 無駄な所を覚える必要は無いからな」

「却下」

「えっ?」


 時には、集中力の無い妹に根気よく勉強を教え。


「ぜっ……はっ……はぁっ……も、もう無理……!」

「もっとペースを考えろ。 300メートルで息切れとか、女子としてもどうかと思うぞ。 ……いやほんとポンコツだなお前。 体力測定のあの結果も納得だ」

「なんっ、でっ、知ってんの、よっ!」

「疲れてるのに拳のキレはあるなお前」


 時には根性の無い妹に発破をかけ。


「お菓子食べたい……お米食べたい……食事制限つらい……」

「我慢しろ。 お前は元がいいから、基本を守れば大丈夫だよ。 太りやすい体質でもないし」

「……私って、地味なんじゃなかったの?」

「美形でも地味な奴はいるぞ。 お前だってクラスで噂されるくらいだと思うんだがなぁ……。 あれだな、修学旅行の夜に男子が好きな女子の話してる時に2、3票は入るな。 そんで次の話題になるとすぐに忘れられる感じの」

「やっぱり貶してるーーー!!!」


 時にはゴールの見えないつらさにへこたれる妹を励まし。

 妹改造計画は順調に進んでいった。


「てゆーかお兄ちゃんが選んだ洗顔料使うのキモい……まじ無理」

「何っ……だとっ……!?」



 ■□■□■


 月日は流れ、一年後の春。

 問題なく大学に行けた俺は、一学期初日の学校へ向かおうとする妹と玄関にいる。


 2年に上がるまで半年はあったが、妹はよく頑張った。

 やる気を出させる為に心が痛むようなこともしたが、その度に殴られて痛い思いをしたからイーブンだ。


「……お兄ちゃん」

「おう」

 鞄を肩にかけて、妹が振り返る。

「色々あったけど、なんだかんだ今は感謝してるよ。 途中何度も殺意が湧いたけど……いや今もちょっとあるけど。 テスト結果はクラス一位を狙えるようになったし、1000メートルは走れるようになったし……食事管理のお陰か、体調もよくなったしね!」

「ああ……指導した身としても感慨深いぜ。 俺は信じてたからな、お前がやればできる子だって……」


 何となく気恥ずかしくなり、お互い囁くように笑う。

 妹に活を入れる為に始めたことだったが、自信を持ってくれて良かった。

 これでもう、高校生活は大丈夫だろう。 俺がいなくたって何とかなる……


「でもやっぱり、容姿は中の上がいいとこだな」

「死ねぇーーー!!!」


 妹の拳が、新しい高校生活の始まりのゴングを鳴らした。


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