夢の世界
中学3年生、秋。
「ねえねえ、佳歩。佳歩はどこの高校行くの?」
「佳歩、あんたもう中3の秋よ?いいかげん志望校決めなさい。」
「釘宮、希望書出してないのお前だけだぞ。」
友達、親、教師。世の中は私をいらだたせる物ばかり。
近頃私は、学校では友達と教師に追い詰められ、家では親に怒られ、私が休まる所といえば、ベッドの中だけ。
となると、できるだけ逃げたい私の睡眠時間は長くなって、もちろん勉強時間が減る。
受験生なのに。
とか思いながらも、私は今日も8時に布団に入った。
起きていると親もうるさいけど、寝ちゃえば何も言われないし、こっちのもんだ。
布団にはいって目を閉じると、いろんなことを考えてしまう。
その中でも最近よく考えるのは受験の事。
受験を、投げ出そうかなーということ。
クラスで進路希望が決まってないのは私だけ。
決まってるみんなは気楽そうなもんだ。
受験なんてしなければ、進路希望なんて決めなくていい。
でも、高校に行かずにコレをやりたい!っていうものがあるわけでもないし……。
それに、受験が面倒くさいってだけで高校に行かないのもかっこ悪いよね。
…あー、もう考えるのやめよう。
私は目をつぶった。
すぐに眠りに落ちた。
目を開けると、そこは真っ暗な世界だった。
光がない、真っ暗な世界。見えるのは自分の体だけ。足元さえもわからない。
それに何より、音が全くない。自分の心臓の音さえも聴こえない。
これは…夢の中?
そう思った瞬間、暗闇の中に何かが現れた。
人だ。
その人…男の人の姿は、暗闇の中でただ一人、光って見えた。
そして、その男の人の目は、確かに私を見ていた。
「こんにちは、はじめまして、佳歩。」
その男の人はスラッとした体つき、キリッとした顔つきで、スーツを着ていた。
そして、その容姿にピッタリの、まるで漫画の中の王子様のように私に手を差し伸べた。
「え、あの、誰ですか?何で私の名前知ってるんですか?」
「これは失礼。私はレイ。夢の世界の住人。」
レイは私にほほえんだ。
その笑顔に私は不覚にもドキッとしてしまい、恥ずかしくなって顔を背けた。
「ところで佳歩。君はどうしてこの世界に来たんだい?」
私はレイの方を見た。
「何をしに…?そんなの、私、気がついたらここにいたんだよ。目的なんてないよ。」
「いや、君は目的…理由を持っているはずだよ。
この世界には理由を持っていないと入れないから。
佳歩、手を開いてごらん。君の心は行き先を決めているはずだよ。」
私はレイに言われるまま手を開いた。
手には小さな紙、切符のようなものが乗っていた。
「何だろう…これ。」
こんなもの、持っていた覚えはない。私は再びレイの方を見た。
レイはにっこりとほほえんでいた。
「行き先を見てください。」
私はレイを少し不信そうに見て、切符に目を落とした。
「ココロ町……」
「おや、よりによってそんな街外れの田舎を選ぶとは…。
でも、佳歩が選んだ場所なら、仕方ありません。では行きましょうか、ココロ町へ。」
レイは私に手を差し伸べた。私はレイの手を握った。
すると、それまで真っ暗だった世界が、真っ白になった。
まぶしくて、一瞬目をつぶって、目を開けると、住宅街にいた。
「あれっ、ここ……知ってる。」
この住宅街は私の家の近くにある、クラスメイトの大半が住んでいるという住宅街だ。
「おや、そうですか。ではもう一歩踏み込みましょうか。目をつぶってください。」
私は目をつぶった。
不思議だった。
夢の中なのに、秋の冷たい風が体に当たるみたいな感覚がある。
それにレイとつないでいる右手が…あったかい。
しばらくすると、どこからか声が聞こえてきた。
「私…本当に、この学校に行きたいのかなぁ。
勢いだけで決めたけど、本当に私に合ってるのかな。」
「俺、ずっとこんな勉強してて意味あるのか?
もっと本当にやりたいことがあるんじゃないのか?」
「あたし、ずっとこの高校一本で決めてたけど、高校出た後何したいんだろう。」
「進路希望も適当に決めたし、夢もないし。これからどうしよう…」
「友達に勧められた高校に決めちゃったけど、行ったら私はどうするの?」
この声…聞いたことある。クラスメイトの…みんなの声?
私は目を開けた。レイが私のほうを見つめていた。
「分かった。私、バカだったんだ。不安なのは私だけ、って思い込んで、悩んで。
みんな一緒なのにね。」
レイは私にほほえんだ。
そして一言、「もう大丈夫ですね。」とつぶやいた。
「レイ、私ね…」
レイは静かに私の口をふさいだ。
「佳歩、もう朝です。佳歩は目覚める時間です。
君はもう答えを見つけた。この世界にいる必要はない。」
レイは、私に、にっこりとほほえんだ。
私は返事の代わりに、レイにほほえみ返した。
目が覚めると、自分の部屋に戻っていた。
「あれ、今の…夢…」
あれは確かに、夢…だったんだよね。
でも妙にリアルだったな…。
私は手を開いた。手には小さな紙、切符があった。その切符にはこう書いてあった。
今 → 未来
作:春日ハル