ビー玉と温もり
「嫌いだよ、お前の事なんか」
そう言い放つと、ビー玉の様な水色の瞳がきょろりと動いた。
言葉の意味を理解しているのか否かは分からないが、その瞳の中にはただ歪んだ表情の自分だけが映し出されていた。
暫く無駄な睨み合いを続けた後に背を向けると、直ぐ様くるぶしの辺りにさわりと何かが巻き付いた。
「……よせよ、そんなことしても無駄だぞ」
慌てて振り返ると、じっとこちらを窺い見る水色のビー玉は再び自分を映し出した。
先程とは違って、酷く情けない顔をしている。
「……お前なんか嫌いだ。弱くて、自分勝手で、いつも僕の気持ちを振り回して」
鬱陶しいくらいしつこく傍にすり寄っては喉を鳴らす癖に、僕の手をすり抜ける様にどこかへと行ってしまう。本当に勝手な奴だ。
懐かしい手触りを手のひらに感じながら、ぽつりぽつりと愚痴のような言葉を溢していく。
心地好さげに細められた瞳はかつて自分を映し出していたそれとは色も大きさも違ってはいたが、だからこそ忘れかけていた喪失感が僕の心を瞬く間に蝕んでいく。
「どうせお前だって、僕よりも先に……」
ーー心を絞られる様だった。
永遠なんて続くことはないことぐらい分かっていた筈だけど、あんなにも早く別れが来るなんて思いもしなかった。
ご飯を食べるとき。
テレビを見るとき。
うたた寝をするとき。
傍らの存在を探しては、ぽつりぽつりと冷たい喪失感が心に染みを落としていった。
右手に感じているこの温もりだって、いつまた自分の元を離れていくか分からない。
幸福な時間なんてあっという間に過ぎて、きっとまた同じ後悔を背負うことになる。
だからーー
「みぃ」
「……」
ぎくりと強張る体。
指先をペロリと舐めてこちらを窺い見る水色の瞳。
「みぃ」
みるみるうちに、ビー玉に映る自分の頬が薔薇色に染まってく。
雫が伝った跡も、既に乾き始めていた。
「……僕は、お前なんか嫌いだ」
三度目のその言葉は、抱き上げた温もりに溶けて消えていった。