梅雨時の晴れ
「もう紫陽花の季節なのね」
いつの間にか巡っていた季節は、あれから二度目の梅雨を迎えていた。
じとりと滲む汗と、纏わり付く髪。
とても心地好いとは言い難い。
けれど、記憶の片隅に、誰しもが眉を顰め重い息を漏らすこの季節を「好きだ」と言った人がいた。
雨が降り続くと、自然人の心も視界も灰のように曇りゆくものだ。
訳もなく苛立ちを感じ、雨を避ける歩みは当然速くなる。
そんな憂鬱な日々が続く中でふと久方ぶりの晴れの日が訪れたその時、待ち侘びた様に昼の月が顔を出す。
瞬間、昨日まで感じていた憂い思いがまるで一夜の夢だったかのように世界は美しく色付いてゆくのだ。
いつだったか自慢げに話していた彼の言葉を思い出して、私はふと歩を止める。
ぽつぽつと小降りになっていた雫は、直にその音を止めて日の光を迎え入れようとしていた。
精巧な刺繍で縁取られた傘を閉じると、瞬く間に視界が開けてゆく。
「ーーああ、あなたの言っていた事がようやっと分かったような気がしますよ」
溜まっていた水が流れ落ちるのを少し心寂しく感じたけれど、直に彼の好きな梅雨日の昼の月が顔を出す。
「いつまでも物憂げな顔なんてしていられないわね」
ぽつりと水が弾けて、紫陽花が色を付ける。
呟きはきっと誰の耳にも届いてはいないのだけれど、咲き誇る紫陽花達が微笑んでくれている様な気がした。