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仁鳥の短編集  作者: 仁鳥
1/9

午睡の傍らに




「おいサボり」


「……」


 カーテンが揺れる音と共に突然放たれた言葉は、午睡を楽しむ私を一気に現実世界へと引きずり戻した。


 午前の授業はしっかり受けた。昼食も摂った。

頭もお腹も満たされて程好い微睡みに包まれた今この時、優しく寄り添う睡魔に身を委ねないなんて馬鹿げた選択肢があるものか。


「寝たふりかますな」


 断固として目を開けようとしない私に痺れを切らしたのか、カーテンを一気に引き開けてこちらへとやってくる。

その足音には怒りのひとつも感じられないのだけれど、何故か私の心臓はとん、と音を立てた。


 やがて口元まで被っていた掛け布団をひっぺがされた私は、予想よりも冷たい外気に思わずふるりと肩を震わせる。


「せんせー、寒い……」


「冬だからな」


 それは知っている。誰でも知っている。

冬は寒いものだ。とても。


 ぽつぽつと内心で呟きながら渋々目を開けると、こちらを見下ろす先生の姿が目に入った。

窓から差し込むお日様の光が眼鏡に反射して、表情は窺えない。

少しだけ残念に思いながら、乾いた目を潤わそうと二度、三度瞬いた。


「おはよう。優雅な昼寝は楽しめたか?」


「邪魔しといてよく言う……」


 私のぼやきにくっと喉を鳴らした先生は、踵を返して戻っていく。

目の前で翻った白衣に、またひとつ心臓がとん、と音を立てた。


 半開きのカーテンの向こうで、カチャカチャと食器の音が響いている。

また、いつもの様に律儀にお茶でも用意しているのだろう。


 すっかり冴えてしまった頭でそんなことを考えながら、隣のベッドに放り出していたカーディガンを羽織った。

お日様の光であたためられたそれは、どこか先生の匂いに似ていた。


「飲んだら授業戻れよ」


 呆れた笑みと共に手渡されたのは、湯気立つココア。

甘過ぎる匂いは先生の顔にもこの場にもどうも似合わなくて、思わず笑ってしまった。


 顔を顰めながらココアを啜る先生を横目に、自分もマグカップに口を付ける。


「あつ……っ」


「馬鹿、火傷すんなよ」


「はあい」


 ずるずると慎重に啜って、甘過ぎるココアを堪能する。

先生も同じ様にずるずるとココアを啜るものだから、やっぱり私は笑ってしまった。


 お日様と、ココア。

外から内からぽかぽかとあたためられていくうちに、遠ざかっていた微睡みが再び私にそっと寄り添い始める。


 ぽかぽか、ぽかぽか。

あたためられて、あたためられて、このまま外と内の境目が無くなってしまうような、そんな不思議な心地好さに包まれていく。


 こんな風に毎日を過ごせたら、ああ、どんなに幸せなんだろう。



 そんな淡くて浅はかな私の希望は、目に映り込んだガーベラによって打ち砕かれた。


 食器乾燥台にぽつんとひとつ置かれた、ガーベラ柄のティーカップ。

私が手にしているいちご柄のマグカップとは対照的な上品さのあるそれは、いつも洗われたばかりの姿でそこに置かれている。


 真っ白な先生のマグカップ。

小さないちご柄の私のマグカップ。

上品なガーベラ柄のティーカップ。



ーーあの(ひと)の、ティーカップ。



 コトリ、と心臓が音を立てた。



 きゅっと握り締めた手は、いつの間にかスカートを掴んでいた。

まだ湯気の立ついちご柄のマグカップは、いつの間にか机の上に置かれていた。


 ぽつりと冷たい染みが落ちる。


 慌てて頬に触れたけれど、涙は出ていなかった。



「ーーなぁ、もうここで昼寝するなよ」



 タイミングを計らった様に漏らされた呟きは珍しく低いトーンで、馬鹿みたいだけどこんな時にさえ私の心臓はとん、と音を立ててしまう。



「俺ここにいるの、今年一杯だから」



 見開いた目は、先生の背中を捉える。

白衣を着た広い背中は身動きひとつしない。



「来年からは別の男の先生が来るから」


「せん……」



「だから、もうここで昼寝はするな」




 

 心臓が音を立てる。

振り返った先生の表情は、お日様の光が眼鏡に反射して、良く見えなかった。



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