4-19 イエス・マイ・ロード!
やっほー。千曳だよ。
師弟関係っていまいちよくわからないよね。
盃を交わすわけでも、契約を結ぶわけでもない。何なんだか。
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師匠降臨地獄級の開催に驚きを隠せずにいるうちに、首筋を掴まれて無理やり引き起こされた。
お前まだぶっかぶかの服なのか。その絶壁の三分の一近くも露出させ、今にもレーズンが見えるのではないかと思えるその服装は、非常に複眼。やりますねぇ。
起こされるままに胡座をかいてマジックハンドに乗る。決して体育座りではない。
その間も、骨ばった男は一切動くことはせず腕を組んでいる。そういやずっとその体勢だな。
さっきの魔法はチーガルのだったらしいけど、見た感じ特に被害はなかったご様子。躱したのかな?
「あたしの弟子が色々世話になったみたいだね」
「問題ない。対して被害を受けてないのでな」
対して? 全くの間違いだろ。僕に何が出来たってんだよ。セルを逃がしたぐらいだよ!
「あんたはどっち側? あっち? こっち?」
「俺は俺の味方だ」
なんだそのどっち付かずの言い訳みたいなの。合理的だけどね。
「てか、あんた何者なのさ」
初めて男が動いた。とはいえ、手を広げた程度だけどね。
「調べればいいじゃないか。ご自慢の『世界の立ち読み』でさ」
「――っ!!? あんた、何者?」
初めて聞く、師匠の困惑した声。何でもかんでも陽気に捉える人だと思ってたよ。
てか、『世界の立ち読み』ってなによ。解析魔法じゃなかったの?
「言ってもわからないだろう。俺は、この世界から消された存在だからな」
「……! あんた、千年前に……!?」
「さあ、どうだろうな」
意味ありげな会話を繰り広げるふたり。正直理解できない。
「う~ん。ま、いいや」
やっぱり単純だった。これ、だいぶ重要な話じゃないの? あんたの秘密に関するものじゃないの?
が、腹が減って声が出ない!
「コレを邪魔するつもりはないと?」
「ま、そうだな。俺は義妹に会いに来ただけだ」
「義妹?」
とりあえず補足しておく。彼はナミの義兄だって、と。なぜかこっちは声が出た。
「ふ~ん」
「そんなわけだ。ソイツの実力を知りたかったってのもあるがな」
「どうだった? あたし自慢の愛弟子は?」
おいお前。絶対そんなこと思ってないだろ。
「雑魚」
「だよね~」
かけらも思ってなかった。
思いっきり怒鳴りたい気分だけど、やっぱり腹が減って声が出ない。
「だが、スキルには恵まれてるな。流石、技術の結晶といったところか」
「お褒めあずかり恐悦至極ってね」
思ってないかと思ったけど、頭を掻いている。あれ? 照れてる?
「にしても、そこまで知ってるなんてねぇ。ホントに何者なんだか」
「ヒントは、お前らの一番身近にいたって事だな」
「え~。そう言われたってねぇ。焚書されちゃったならコクウちゃんも分からないだろうしなぁ」
アカシャ、とチーガルが呟くと、右肩の上になにかが出てきた。
手足をぐだーっと伸ばし寝転がっている。手先には鋭い爪が見て取れる。ナマケモノかな?
「おはよ、アカシャ。早速だけど、あいつが言ってるのってホント?」
「ぅん。なぃよぉ~」
「そっか。一応、後でコクウちゃんに確認とっといて」
「わかったぁ。ぉやすみぃ」
「うん。お休み」
不気味なほど穏やかな師匠の声と、聞くだけで眠くなる声が聞こえてきた。
正直、師匠がこんなに優しい声をさせるなんて思っていなかった。
と言うか、起きて速攻で寝たよこのナマケモノ。スキルフェアリーかな?
「あれ、アイツは?」
「ん? そういえば……どっかいっちゃったね」
気づけば、骨男はどこかへ消えてしまっていた。
「ま、いいや。少年元気?」
「ハラヘッタ……」
「だよね~。はい、これ」
そう言って、懐から黒くて細長いなにかを取り出した。
「それってクロイ――」
「いいから食べる!」
セルみたいなことを言いながら、クロイナをぶち込んでくる。
仕方ないので甘んじて受け入れることにした。まあ、助けてもらったしね。
で、食べてみたんだけど、空腹時ってこともあって、非常に美味しかった。
それと同時に、お腹が満たされる感覚に襲われた。
「え? なにこれ?」
「ただのクロイナだよ。一般と同じもの」
「なんで懐から……?」
「それはあれだよ。師匠の不思議って奴」
なんだそれ? 聞いたこともないぞ。
まあ、それはいいとして。
「なんでこの都市に?」
ずっと気になってた。師匠がこの都市に来る理由なんて特にないはずだ。作戦に参加してくれるなら、とっくに合流してるはず。それくらいのことはするはずだ。
「ん? ああ。あたしはカルネに付いて来ただけだよ」
「カルネさんに?」
「そそ」
なんでカルネさんがこの都市に来たのかも気になったけど、それ以上に気になることが一つ。
「お前の解析ってスキルなの?」
「あ~」
目を逸らし、必死に口笛らしきものを吹こうとしている。さっきまでのかっこよさ的ななにかが台無しだよ……。
「今はまだ言えないなぁ。君たちがこの世界を理解して、覚悟を決めてから、かな」
「世界? 覚悟? なんのこと?」
「ま、そのうちわかるよ。それよりも、セルちゃん、ほっといていいの?」
うっ。そりゃもちろんほっとけないけど、こっちも非常に気になる。
「ほら、行った行った。それとも何? セルちゃんを守るってのはウソだったの?」
「そんなわけ無いだろ!」
それだけは本当に、本心から言った言葉だ。これだけは嘘じゃない!
「じゃ、さっさと行くんだね。手遅れになっても知らないよ?」
「……そうだな。じゃ、行くわ。ありがと。助かった」
「いいってことよ。弟子を助けるのも、師匠の役目ってね」
何やら調子のいいことを行っているけど、まあ、助かったことに変わりはないしね。初めて師匠っぽいことしてくれた気がする。
チーガルに手を振りつつ、セルが戦う屋敷へと向かった。
★
小さくなっていく千曳の背中を見ながら、チーガルは呟いた。
「千曳。あんたは、あんただけは、あたしらとこのままで接してくれよ」
彼女は、どこか悲痛な面持ちだった。
「あたしらは、何もやれなかったんだからさ……」
その言葉は、誰にも聞かれることなく消えていった。
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