4-13 逃げる戦い方
やっほー。千曳だよ。
正々堂々とかほざいてるやつほど、卑怯な手を使ってくるよね。
そもそも、善悪と同じで何が卑怯かは人によって変わるし、今更言及することじゃないと思うんだ。
――――――――――――――
「頼む公仁。起きてくれ!」
「……」
「ねぇダーリン。もう息してないよ?」
「ん。死んだ」
さすがのパーティーの薄情さにいよいよ尊敬を覚えてきた頃だ。
とりあえず、脈と呼吸を確認。
……息、してない。
急いで心臓マッサージを開始する。頼む、間に合ってくれ。
「そもそも出血多量なのだから、心臓マッサージは意味ないんじゃないかしら?」
「いや、コイツの場合はあまりの衝撃で心臓が止まってる場合がある。まだなんとかなる」
そもそも、興奮して血を流すなんてこと、実際にあるのだろうか。
頭の中であんパンで出来た正義の味方のテーマを流しながら、地道に心肺蘇生を試みる。
人工呼吸は流石に嫌だから、気道確保程度で押さえておく。
コイツのことだ、多分ひょっと戻ってくるだろう。
「千曳、大丈夫か?」
「何かできることはないですか?」
「事件の原因は離れててくれ」
最悪、リスキルされる可能性だって否定できなくはないのだ。僕だって幼馴染がいなくなるのは嫌だ。
にしてもなぁ。最近はロリに囲まれて、ある程度耐性ができたんじゃないかと思ってたんだけど。コイツの幼女に対する体の弱さは目を見張るものがあるね。
それから数分後。無事に紳士は生き返った。
「さてと、飯にするからみんなを呼び集めてくれ」
「了解です!」
フェーダに命令し、僕は厨房と言うか調理スペースに足を運ぶ。
ナミたちが持ってた材料もいくばくかあるし、鉄分多そうなモノでも作りますか。最悪、鉄を食わせればいいだけだ。
★★★
「改めて、公仁、だ。よ、よろ、しく」
都市の方からセルたちを呼び出し、ご対面というわけだ。作戦には勇者も参加するらしいんだけど、奴らは別行動らしい。
公仁は先の事件でボロボロになっている。でもまあ、こうして話せるくらいには回復してるし大丈夫だろう。
「ボクの名前はアウエラ。ダーリンの許嫁だよ」
「違うから」
別に許した記憶はない。訂正がめんどくさいから仕方なく呼ばせてるだけだ。
「こっちは鍵の精霊のルーリー。よろしくね」
「よろしく」
聞いてて思うんだけど、すっごい簡潔だよね。せめて好きなものとか言ったほうがいいんじゃないかと。
「私はディーネよ」
ディーネに至ってはこれだけっていうね。なんかもう少し話さないの? 第一印象って結構大事だよ?
「その見た目……。苦労しておるじゃろ」
「今はそれほどでもないわ。ひとり、常識がない男がいるもの」
「すまぬのじゃ。プリュスの民は光の女神様に誇りを持っておるのじゃ。差別はなくしたいのじゃが……」
「大丈夫よ。もう慣れたもの」
その割には、結構簡単にキレてたような……。
そう思っていたら、睨まれた。スミマセン。
新規参入側の自己紹介が終わり、今度はプリュス側。
「わらわはイザンフェール・ナミ。プリュスの殿、イザンフェール・ナギの娘じゃ」
「シュルクなのです」
「ポワブルっす」
「ローヴだ。よろしくな」
こっちもこっちで実に簡潔な自己紹介。なんなの? これから話してく上で少しづつ理解されることを望んでいるの? 話してないのに誕生日にプレゼントもらって驚いてたら、前に話してたじゃん、って言われて、よく覚えてたね、って感じの話をしたいの?
と言うか、ローヴさんは獣族の隊長らしい。一番強いらしいよ。僕の暴走を止めたのもこの人だとか。
「そちらの方は?」
「……」
「いや、わかっておる。セルじゃな」
「……!」
さっきからうつむきっぱなしだったセルが顔を上げた。その顔は驚きと悲しさで溢れている。と思う。
「……なん、で」
「わらわが世話になった人物を忘れると思うたか? そなたには感謝しておるのじゃ。昔は、話し相手などセルしかおらんかったからな」
セルは一時期、ナミのお付として共にいたことがあったそうだ。それからは陰隊の訓練等が本格的になってそれきりだと言っていた。
「……ごめん」
「謝ることはない。都市のために戦っておったのじゃろう。こちらこそすまぬ。わらわこそ、なにもできなかったのじゃ……」
なんと、ナミはセルの正体どころか、敵に利用されてたことまで知っていたらしい。
と言うか、ナミってめちゃくちゃしっかりしてるね。同い年とはとても思えない。何食べたらこんなにしっかりできるんだろうか。
ちなみに、ポワとシュルクも知っていたらしい。特に驚きのようなものは見えなかった。だが、四人が四人とも、決まりが悪そうな顔をしていた。
こうして、対面式は終了。今後の予定へと移行していった。
★★★
作戦の大筋を聞き、昼ごはんを食べた、その後。
最後の訓練だとかで、無念の古戦場に行くことになった。
戦場の中心部、最前線は危険すぎるらしいので、その手前の、街から10キロくらいのところだ。
そんなに僕の暴走に触発されたのか、獣族の皆さんは気合が入っている様子。正直暑苦しい。
数人に分かれて、時間を置いて、道も変えての移動。僕は、その中の一チームに紛れて移動中だ。
「お前さん、よろしくな」
「え、ええ。こちらこそ」
ローヴさんにもそこそこ慣れて、なんとか話すことは出来るようになった。だってこの人、見かけるたびに話しかけてくるんだもん。嫌でもなれるってもんだ。
「しっかし、そりゃ便利だな。作戦中も使えりゃいいのに」
「北門制圧まではいけますよ。そっから先は別行動なんで無理ですけど」
「だよな。ま、そっちのほうが厳しいんだ。頑張れよ」
「……」
「なんだよ、元気ねぇな。そんなんじゃ、勝てるもんも勝てねぇぜ」
ローヴさんは積極的にセルに話しかける。が、反応はない。沈黙が帰ってくるだけだ。
ちなみに、獣族の皆さんは走っている。よく走りながら話せるなと。僕とセルはマジックハンド通いだ。
「ま、無理ねぇか」
それきり話す人はいなくなり、鳥が鳴く音、地面を踏む音、枝が折れる音、息切れの音、これくらいしかしなくなった。
さて、昨日僕は、古戦場のことを『周りより高い丘のような状態』だと認識した。聞いた限りが、こんな感じだったのだ。
だが、目的地に着いて、この考えは浅はかだったと言わざるを得ないことがわかった。
山だ。
山だった。
もしかしたら、盆地じゃなくてカルデラだったんじゃないかと、ふとそんなことを思った。
「よし、ここら辺だな」
木も草もない不毛な地に、僕ら七人は降り立った。
「いいか、山頂には絶対に行くなよ。死ぬからな」
なぜそんな死の危険が近くにある場所で訓練しなきゃいけないんだとも思ったけど、訓練ってそんなもんか。
僕とセルは別行動だから、ここでお別れだ。
とはいったものの、特に何か言われてるわけでもないんだよね。
「どうするか」
「……山頂、見る」
「えぇ。危ないよ?」
「いい。とにかく、行く」
何とも言えない迫力を感じて、渋々従うことにした。最悪、マジックハンド界に逃げればなんとかなるし。
この山は、山頂に行くに連れて草木が生えていくという一風変わった山だ。普通逆じゃね? 誰かが植林してるのかな?
ついでに、道すがら出会った魔物を狩っておく。言われてた通りに、アリが多い。それも、1m級のアリだ。
顎がやけに発達したアリ。触覚から魔法を放ってくるアリ。ただデカいアリ。見ていて飽きないほどに多くの種類がある。コレクション出来るレベルだ。
見た目も様々で、同じ種類はほとんど見かけない。これトレーディングフィギュアにできるよ。カードでもいけど、やっぱり3Dで楽しみたい。
あ、いつかのムカつくゴリラ。まだいたのか。ゴリラ肉は正直微妙だったからもういいよ。どっかいけ。
あぁ。あの世に行ってしまった。殺したかたけど、死んでほし――かったな。うん。ざまぁ味噌漬け。
と、言、う、か。
「そろそろ休憩しないとヤバくない?」
「問題……ない!」
かれこれ一時間、止まることもなく片っ端から魔物を殺している。修行を思い出すね。こいつ、ものすごい迫力で戦い続けるんだもん。
それでもまあ、なんだかんだ三ヶ月近く一緒にいれば、大体はわかる。
「捕まえたっと」
「っ! 放せ!」
後ろから脇の下に手を入れ、拘束する。マジックハンドならなんとかセルの力にも対抗できる。逆に、マジックハンドでも本気を出さなきゃ拘束できない。強すぎる……。
「セル、ひとりで抱えすぎ。少しは仲間を信じてくれてもいいじゃん」
「……」
「大丈夫だって。絶対に死なせないから。そりゃ、お前の師匠はとてつもなく強いかもしれないけどさ、なにも倒すだけが勝ち方じゃないじゃん」
しばらくすると、セルは大人しくなった。そっと拘束を解く。
「……師匠は、強くて、わたしなんて、弱くて、とても、かて、ない……」
「いや、セルは強い。それは僕が保証する」
それでもまだまだ自信がない様子。ま、相手が師匠ならそれもそうか。
「あのさ。僕が昔っから体弱いってのは話したよね? そんな僕がなんでサバイバルなんて出来たと思う?」
返事はない。別に期待もしていない。今のセルに返事を期待する方が酷というものだ。
「逃げたんだよ」
「……?」
「いい? 逃げるってのは恥でもなんでもない、立派な戦い方の一つなのさ」
その昔、わざと逃げることによって敵の本陣を空にする作戦があったという。
その昔、逃げることによって敵を有利な地形に誘き出すことに成功した作戦があったという。
逃げるということは、数多の武将が実践した、兵法の一つなのだ。
「生きていれば勝ちだ。これだけは間違いない。むしろ、無駄にあがいて犬死する方がよっぽど恥ずかしい」
「……師匠から、逃げる、無理。あの人、早い」
「そのために僕がいるんじゃないか」
それに、と僕は続ける。
「都市の結界は、入れなくなるわけじゃない。通ったら麻痺するだけだ」
これは、マジックハンドが通れていることからも証明できる。
「なおかつ、向こうは都市の外に出れない。なら、死にそうになったら外に出ればいい。丁度良く都市の隅っこなんだから。どう? 勝てそうな気がしてきた?」
「……微妙」
まあ、これくらいが妥当だろう。絶望に支配されて暴れられるよりマシだ。
さらに言うと、僕の考えじゃ絶対に殺されないと思うんだけど、ま、これは言わないほうがいいか。下手に油断していると本当に死にかねないし、考えが違ってたら最悪だ。
「やっぱり、実力を証明したい?」
「……ん」
「なら尚更、抱え込まないことだ。冷静でいないと全力は出ないよ?」
どこかには怒るほど強くなる人がいるらしいけどね。
「それと、使えるものはどんなに卑怯でも使うこと。それを使用する頭脳も、お前の実力の内だ」
卑怯卑劣は敗者の戯言という、素晴らしき名言が世界にはある。まさにそのとおりだと常々思う。
「今ですら充分強いんだし、もっと自信持って大丈夫だよ」
「……ん」
流石に全快するほどではないと思うけど、少しでもセルのメンタルの補強になれば幸いだ。
と、人心地が付いたところで、イヤフォンから妙な音が聞こえてきた。
それは地鳴りのような轟音。地震の直前を思わせる、不吉な音だった。
そうして、飛び出してきた精霊が、とんでもないことを言い放つ。
「マスター! 魔物の大群です!」
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心情は難しい……。