4-3 遠ざかる温泉
やっほー。千曳だよ。
目の前に有るのに手が出せないほど悲しいことはないね。
例えるなら、夜通しで並んだ同人誌が目の前で完売になって、諦めて列を離れた瞬間に増版が来て、次の人が買っていくのを目の前で見る感じ。……あれは酷い経験だった。
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次の日の朝。
快眠でした。
結局おっさんも遠征隊も帰ってこなかった。ほんとに何なんだあのおっさん。
「あ、やっぱりセル起きてた」
「ん。おはよ」
外ではすでにセルが舞っていた。いったい何時間寝てるんだろ。いっつも僕より早起きだし。
しばらくセルの演武とも呼べる稽古を眺めてるうちに、ほかの人らもぞろぞろと起きだしてきた。
挨拶と朝食はばっさりカット。
なんたって、今日はプリュスに行けるんだからね。
というわけで、気づいたらプリュスに向かって歩いてた。
ここはプリュスの北西に位置する、その名もフジヤマと言う、本家バリに低い山だ。もう丘のレベル。
その中腹らへんに、昨日の宿がある。
実はこの山活火山で、温泉が沸いてるらしい。……なんてところに洞窟作ってんだ。別に熱くは無かったけどさ。もしかしたら何か魔道具があるのかも。
って、そんなことはどうでもいい。問題なのは、この情報の発信源がディーネだということだ。
つまり、アイツは温泉に入れる事を知っていながら僕に風呂を作らせたのだ! 何たることか!
それに、どっちにしろ暴れてあたり一面焼土にしたんだから、僕の風呂はなんだったんだって話。
ああ、もう。この恨み、晴らさでおくべきか? けど、晴らそうとしたところで返り討ちに合いそう。
詠唱破棄であんな魔法打てるとか反則。ルーリーみたいなアビリティ持ってるのかな。今度聞いてみよ。
★★★
正午を少し過ぎたあたりで、門が見えてきた。この街の出入り口は東西南北に四つある。これは東門だ。
「ねえ、壁低くない?」
街を覆うように建つ城壁。ほかの街に比べると、明らかに低い。平屋ぐらいしかない。鳥類の魔物とか、フォレスト・レオなら楽に飛び越えれそうだ。
「この街は全域に麻痺結界が貼られているから問題ないわ」
なんでも、門以外からの侵入を感知すると相手を麻痺らせるらしい。どんなに抵抗が強くても麻痺になるんだとか。
さらに驚くことに、この結界。異次元にまで効果があるらしいのだ。つまり、マジックハンドだろうと、公仁の影を使おうと、門、もしくはその空間から入らなければ麻痺になるということだ。マジックハンド界で門と同じ位置を通るのはオッケーだし、それは公仁でも当てはまる。
「じゃあ、壁の木材も特別製?」
「ええ。魔素製よ」
「どゆこと?」
「お前そんなことも知らないのかよ」
「悪かったな」
文句なら師匠に言ってくれ。知らないんだから聞くこともできない。
「魔素で構成されたものは普通のものより強くなるんだぜ」
「じゃあ、魔法で作った木は普通の火じゃ燃えないってこと?」
「ん。世界で、知らない、千曳、だけ」
なんだよ。みんな知ってるのかよ。僕だけかよ。
「これ常識だよ?」
「元が違うから常識が通用しないの」
「はぁ。今度会ったらキツく言っておかないといけないわね」
頼むディーネ。あのぐーたらにきつい一撃を。
「だめ。千曳、悪い。わからない、聞く、常識」
「だからね!? そもそもわからないと言う発想にもいたらないわけで……」
「言い訳、無用!」
ひどい。いつにも増してセルの言葉が強いきがする。緊張してるのかな? まあ、敵陣のど真ん中? だし。
気づいたら、門の真正面にいた。さっきから多いな。どんだけ周りを見てないんだっていうね。
ついでだから門番とのやり取りもカット。順番待ってたらさらに時間が掛かったってことだけ言っておく。お腹すいた……。
さて、街に入って一番に感じた感想は――
「平和だね」
「ああ、そうだな」
「占領されてるとは思えないね」
「ん。変わらない」
「私は少し変わってるかしら」
魔族に占拠されてるとは思えないほど平和な街だった。いや、これホントに殿様人質にされてるの? 少なくても町人は知らなそうだ。
ナミの部下の人、名前なんだっけ? とにかくその人が言ってたことってホントだったんだ。
「邪魔になるわ。早いとこ宿取りましょ」
観光しつつ宿に向かう。
この街は北東の部分がフジヤマと被ってて、そのあたりには温泉街が出来上がってるみたい。
マップ見てみると平安京にそっくりというか、まんまだ。縦横に通りが九本ずつある。違いといえば正方形なことと、真ん中にでっかい城があることだ。
お堀と城壁で守られた、大きなお城だ。もちろん日本風。しかもこのお堀、温泉街から流れてきてる川の水だから、硫黄が混ざってる。危ない堀だ。
街自体も古風で、本当に平安京に来たみたいだ。町人もみんな和服だし。お、ケモ耳発見。
建物もほとんど平屋だ。見た感じ、ギルドもインチ24も平屋だ。京都のコンビニみたい。
たまには街ゆく人にも目を向けてみますか。
黒、赤、黄、青、緑、その他の髪の毛。
熊、猫、犬、虎、狐、その他のケモ耳。あ、悪魔っぽい角の人もいる。魔族かな?
薄い羽、鳥の羽、その他諸々の付属品。今まで全然意識してなかったけど、こうして見ると人外も結構いるな。
そうして、お上がりさんみたいにキョロキョロしていると、硫黄の匂いが鼻を突いた。この匂いも懐かしい。これでも温泉は好きな部類なのだ。
久々の温泉だ。今から浸かるのが楽しみだなぁ。
「さて、宿はこのあたりかしらね。あ、そうそう。みんなお金ある?」
……?
オカネ? ハテ、ナンノコトダカ。
「あるぜ」
「有る」
「ボクも」
「僕モ、有ル、ヨ?」
有ル、有ル、キット有ル。信ジレバ、キット。
「はぁ……。頑張って集めてきなさい。なるべく安いとこにするから」
「貸してくれよ頼むから」
「手伝う」
「ボクも」
「俺パス」
三者三様の回答ありがとう。内一人は真っ黒なノートに名前を書くとして、ほかの二人には感謝感激です。マジで。
というか、またギルドで働かなきゃいけないの? もうヤダ。
★★★
飯食ってなかった。
「死ぬ。マジで、死ぬ」
「ダーリンは二日ぐらい食べなくても大丈夫じゃなかったっけ?」
「あれは、昔の、話。あれから、食べ続けてたから、一日やそこらで、干からびる」
「食わずとも、三週生きれる、言っていた」
セルさん、季語がないです。それに揚げ足取らないで。言ったけどさ、事実と状況って違うじゃん?
確かに三週間近く生きられるだろうけどさ、その前に精神が死ぬって。そもそも動かないことが前提だし。魔物討伐なんてしてたらもっと耐えられる時間は短くなる。
「つまり、今は死なないってことだね!」
「心を、読むな……」
死にそうな顔しかしてないはずなのに、なぜそこまでわかるんだ?
今僕らは、プリュスの北側の森を散策中だ。ここに出るなんとかなんとかってやつを倒せばいいらしい。なにげに初めてのお仕事だ。
クエストは、ほかのラノベやらなんやらの例に漏れず、町人からの依頼をこなすタイプだ。
討伐、配達、護衛、パシリ、戦闘指南、雑用、その他。選り取りみどりだった。
討伐系の場合、対象の魔石を持って帰ればいいらしい。
魔石ってのは、魔道具の電源なんかに利用されている物質で、簡単にいえば脳のことだ。脳みそを使うとは、なんというマッドサイエンス。
昔、ゲームか何かで脳に刺激を与えて発電する装置みたいのがあったんだけど、それのことかな?
魔石の生成は魔物の誕生と同時に行われる。生物が残留思念を吸い込み過ぎると脳が固まって魔石ができ、その生物は魔物になる。そうなったらもう手遅れで、欲望まっしぐらだ。
吸った欲望の量や配分によって姿や行動が大きく変わるため、名前が付いている魔物は半分もいないんだとか。
あ、ここで言う欲望は七つの大罪のことね。どんな欲望であれ、七つに分類されるらしい。家族に会いたいって何に分類されるんだろ……? 戦闘放棄と見なし[怠惰]か、死ぬ間際に余裕そうだと[傲慢]か。難しいところだな。
とにかく、いくら獅子が魔物化したとしても、吸った欲望のほとんどが[怠惰]だった場合、ぐーたらしていてさほど驚異ではないってことだ。
「なんだっけ? 目標」
「ミナミゴリラだよ、ダーリン」
「北なのに、ミナミゴリラとは、これ如何に」
「千曳、季語、無い」
ほっとけ。
ゴリラって東と西しかいないってあのバカが言ってたんだけどなぁ。やっぱりバカは馬鹿か。それともこっちの世界だと進化が違うのかな?
ミナミゴリラは結構見られる魔物だ。欲望は混成。とにかく雑多な混ざり方をしたらしい。どれか一つの欲望になると、強さが跳ね上がるとか。[憤怒]とか強そうだしね。
こいつを倒し、素材を売れば晴れて目標金額達成である。一応二人で受けているわけで、達成報酬だけじゃギリ足りないのだ。
何で二人でなのかというと、単純にランクの問題で、僕は受けられなかった。その点セルはAAランクなので何の問題もなく受けられる。てなわけで、代わりに受けてもらった。
「まあ、適当に見つけてさっさと帰ろ。食えないこともないらしいし」
「ゴリラ、食べる?」
「燻製にして食べることもあるらしい。うまいかどうかは、ま、食べてみるしかないだろ」
「美味しくなさそう……」
こっちなら保護法なんかもないだろうし、討伐依頼が出てるぐらいだ。問題なかろう。なにげに食べてみたかったりする。
よし、終わったら食べられると思えば、しばらく耐えられる。
「あ! No.51、発見しました!」
「おお、見つけたか」
「北西200メートルです」
ポイントに向かうと、真っ赤なゴリラが昼寝していた。
全長は三メートルくらいかな? 体毛の下からもわかるごっつい筋肉が印象的だ。鎧着てるのと変わらなさそう。
「おお、まさに大猩猩じゃないか」
やっぱり異世界と地球の生物環境を比べるのは野暮か。ドラゴンとかゴブリンとかいるしね。
「どういう、こと?」
「後で説明する。あ、手出しは無用で」
一応僕のことなんで、自分のことは自分でやりますよ。セルが出ると一瞬でカタがついちゃうし。
「よし、いつもの隊形で」
近距離3、遠距離2、防御3、足場1、雑務1。これが正しいのか知らないけど、まあ、修行時代からの隊形だし。
さて、久しぶりにいっちょやりますか。
「遠距離部隊、攻撃開始!」
まずは〔ウィンドエッジ〕で様子見。一応Bランクだから、この程度では死なないはず。
「オオオォォッ!」
お、起きた起きた。
というか、思った以上にダメージが少ない。やっぱり硬いか。
敵は怒りでドラミングを始めた。
その程度の威嚇でひるむと思うな! ゼロ距離説教の方が迫力あるぞ!
近距離部隊を発進させる。狙いは目、耳、口、その他柔らかいところだ。
近距離部隊はそれぞれ風の剣を作り出す。
そのうちの一体が頭を狙うが、紙一重で躱される。
ちっ。早い! 三メートルで筋肉質とは思えない。
しかも、相手は森の住人だ。対してこっちは森で修行したと言っても広場だけ。経験が違いすぎる。
ミナミゴリラは樹を巧みに使い、盾や移動に利用している。これじゃ遠距離隊が攻撃できない。
ゴリラのくせに脳筋じゃないだと? いや、意外と優しいって聞いたしな。
行け、雑用!
雑用のフェイント!
攻撃すると見せかけて、しない。
よし、掛かった!
相手は意表をつかれ、動きが一瞬鈍る。
任せた、近距離攻撃!
三本の風の剣が、ゴリラの腹部に突き刺さる――
いや、刺さってない! 防御力が高すぎるんだ!
多分、本気出せば刺さると思うんだけどね。ちっ、Bランクだと油断した。
敵はこっちの攻撃が効かないとわかると、笑みを浮かべた。
うっざ、何その顔。ゴリラに笑われた人間が、一体この世に何人いるんだか。
クソ。こうなったらあれをやるしかないか。一人で終わらせたかったんだけどなぁ。
「セル! 浮かせられる!?」
「ん!」
頼もしい答え。タイミングは、奴が広まった場所に着いた――
「今!!」
「土遁、犀!」
セルが地面を叩くと、正面の、厚さ50センチほどの土が立ち上がる。
わかりやすく言うなら、畳返しだ。
その立ち上がりの速さはかなりのもので、すぐに二メートルの壁が出来上がる。
そして、敵はセルから二メートル離れてる。つまり、一番端というわけで……
「オォ!?」
一人しか乗っていないシーソーの反対側に、とても重いものをいきなり乗せられたらどうなるか。その答えが、ここにある。
ミナミゴリラは、少しだが確実に浮かび上がった。流石セル。
さあ、現代科学が発見した、世界の理を教えてやろう。
足場と雑用以外を向かわせ、敵を持ち上げる。
「オオオォ!??」
初めての浮遊感に、ゴリラも大はしゃぎのようだ。
では、さらなる楽しみをプレゼントしよう。
日本で最近ホットなスポーツだ。きっとゴリラくんも気にいると思う。
マジックハンドの限界展開範囲まで、持ち上げる。
そして、離す。
そう、バンジージャンプだ。
ただし、紐なしの。
重力と自重と落下速度によって、潰れろ!
「オオオオオ!!!!!」
見たか! これが! これこそが近代科学が発見した重力の力だ!
あわれゴリラは西瓜めいた死体となりお陀仏。南無三!
ふぅ、すっきりした。あんなにムカつく笑は久しぶりだったからね。つい熱くなっちゃった。
さて、取るもの取って帰るか。
「あのさ、ダーリン。すっごい言いづらいんだけど……」
「ん? どうしたの?」
「……素材、回収できなくない?」
……売れる素材は、体毛と目玉と骨。汚れがあると安くなる、か。
スイカを見てみる。
あら、派手に落ちてるじゃないか。
頭から落ちているから、目玉は無理。落下の衝撃で骨はボロボロだろうし、血の所為で毛皮も使えなさそうだ。
………………。
お、お――
「温泉がぁぁぁ!!!!」
空に、サムズアップするウザゴリラが浮かんだ気がした。
誤字脱字の指摘、感想等お願いします。




