3-11 男の娘の素晴らしさ
最初の部分だけ三人称です。
やっほー。千曳だよ。
助けたつもりだったのに、その相手から文句言われるのって凹むよね。
一体僕の苦労はなんだったんだって。
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「はぁ、はぁ、はぁ。ポーションを、切らした、のは、痛い、な」
光に包まれた空間の中で、自らが契約した少女に我を忘れて乗り移ってしまったとある精霊が、息切れを起こしていた。
それは一気に多くの魔力を失ったことによる疲労が原因だ。あのルーリーにも、魔力切れがあるのだ。なにせ、今まで使っていた魔力のほぼ全ては、宿主の魔力なのだから。
「はぁ、はぁ、ふぅ。しかし……やってしまったな。一日読書禁止だけは勘弁願いたい」
すでに千曳たちのことは考えておらず、自分の身を考え始める始末。図書館一つ崩壊させてから言うものではない。
しかし、それも無理はない。なにせ、〔ブリューナク〕には追尾機能が搭載されているのだ。一度放ったが最後、受け止める以外に方法はない。しかも、上級魔法を平然と放てるほどの魔力を枯渇させる威力だ。普通なら決して受け止めることはできない。
だから、ルーリーは考えてもいなかった。そんな普通ではない状況を、自ら作り出していようとは。
「む。やっと光が収まるか。さて、ここからどうしたものか」
彼の頭の中では、とりあえず猫にでもなって逃げ出そうかと言う考えが浮かんでいた。しかし、目の前に広がった光景に、その考えは霧散する。
なんと、前方に一冊の本が浮いていたのだ。なんたる怪奇現象。しかし、それだけではない。その後ろから、手や足などの体の一部がはみ出ている。
「何故……〔ブリューナク〕が――」
そうして、彼はそのまま意識を失った。最後に感じたのは、首の後ろの衝撃だけだった。
★
「ふぅ。終わった終わった」
僕はそう言いながら、ルーリーの気絶を確認した。
たしかに気絶してる。なんとか作戦は成功したらしい。
「ホントに受け止められるとはな。俺はあの魔力を感じた瞬間にもうだめだと思った」
後ろからの声に振り返ると、そこには体中切り裂かれ、腱を切られ、麻痺してる幼馴染がいた。
「僕が大丈夫だっていたものはだいたい大丈夫。お前が言ったことだよ?」
「そうは言ってもな。普通敵の話を信じるか? 本気出せば貫通する可能性もあっただろ?」
そう言って公仁は、正面に浮いている本を見た。
「マジックハンド十体分の魔力で焼いたから大丈夫」
「やっぱり確認済みか」
今回の作戦は、敵が使った〔ブックカバー〕の、どんな害虫からも守るという性質を利用したものだ。自分の魔法でやられるとは、なんという因果応報。
やったことはとっても簡単。手頃な大きさの本を見つけて、下の少しだけマジックハンド界にいれて固定し、敵の魔法を受け止め、呆気に取られてるところを首トンするだけ。ここでポイント。なるべく大きな本がベスト。小さいとはみ出る可能性があるからね。
だけど欠点もあって、炎とかで全体攻撃された場合、あっけなく焼けるということだ。でもまあ、ルーリーは攻撃時必ず頭を狙って来てたから、あまり心配してなかったけど。
え? 最初の二回? ……ほら、あれはさ、その、様子見的なものだったし、さ? そのあとの魔法頭狙いだったじゃん? 水の刃とかよくわからない竜巻のやつとか。……やばい。今考えたら思ったより少ないぞ。
ま、まあ、結果オーライってことで。生きてるんだし、それでいいじゃん。
くっそ。思った以上に危険因子が多すぎたな。もっと考えないと。
「さて、報告しに行きますか」
「おい、待て」
「む?」
倒れているルーリーの宿主クンをマジックハンドに乗せ、ついでに図書館に残ってた人も放り込んで、いざ帰ろうという所で呼び止められた。
「まさか置いてくつもりか?」
「自力で歩け」
「歩けないやつにその言い草は無いんじゃないか…?」
「う…まあ、確かに」
普通なら匍匐前進させるところだけど、コイツいなかったら殺されてた可能性あるからね。主にケンタウロスに。
「しょーがないなぁー」
そう言って、僕は公仁の襟首を掴ませた。足を引きずらないように、高く持ち上げる。
「見世物にしか見えないね」
「笑ってんじゃねぇ!」
結局、ちゃんとマジックハンドに乗せてやった。……フェーダに覚えてもらってから。
★★★
図書館を出ると、すでに日が傾き始めていた。それに、正面の氷と龍翼種が消えている。あれも〔アイスエイジ〕だったのかな。恐ろしく初見殺しの魔法だった。公仁がいなかったらどうなっていたか。
あ、そういえば。
「ねぇ公仁。なんで『破壊の書』なんて本読んだことあるの?」
しかも、どこに何があるか完全に覚えたと豪語するほど。僕の知るこいつは二次元と幼女と少女とぺったん娘と懐中電灯くらいしか興味ないやつだったはずだけど。
「師匠に叩き込まれた」
「さいですか。ほん――」
「なに関西弁使っとんねん」
「……ほんと、エクウスさんは何者なんだか」
「無視すんなや!」
なぜかアヤムがそこにいた。
相変わらずのつるぺた巫女服八重歯日焼け幼女だ。素晴らしい――っとなんでもない。
「どうしてここに?」
「自分等が遅いから様子見にきたんや。褒めてもええで?」
「おー。えらいえらい」
そう言って頭を撫でてやると、アヤムは顔をふやけさせる。うん。カワイイ。
もう動いても大丈夫そうだね。さっきまで怯えてたとは思えないほどだ。やっぱアヤムは元気じゃないと。
「あれ? 公仁どないしたん?」
「斬り合って麻痺してアキレス腱切られた」
「大変やったみたいやな。見せてみ」
言われた通りにアヤムの前に出す。
アヤムは公仁の頭に手を置くと、目を閉じた。すると、公仁を光が包んだ。
それは〔ブリューナク〕のような攻撃的ではない、癒されるような優しい光だった。
そして、公仁の傷が塞がり始めた。暫くして全ての怪我が治ったが、代わりとして公仁は眠ってしまった。
「それは?」
「光属性の魔法や。[癒し]の感情を増幅させて、体の働きをそれに集中させるんやで」
確か、光属性が陽の感情。嬉しいとか楽しいとか。闇属性が陰の感情。痛い、苦しい、憎い、妬ましい、とかを増加させる魔法だったはずだ。これを見る限り、なかなかに便利そうだと思うんだけど。
「なんで使う人少ないの? めちゃくちゃ便利そうだけど」
「ここまで光属性を操れるもんは、そうはおらへん。ウチやって眠らしてまうんや。〔ヒール〕の方が便利やで」
その声には、どこか悲しみが含まれている気がした。
こいつ、幼女の癖して長生きしたみたいなこと言うな。まあ、見た目通りの年齢じゃないんだろうけど。
「――」
「へ? なんて?」
「なんでもあらへん。ただの独り言や。ほな、行くで」
他意はないから素直についていく。途中、気絶してたうちの何人かが起き始めたから、ほかの人を託した。あ、マジックハンドのことは他言無用で。
そうやってゆっくり帰りながら、街の状況を訪ねた。
「残っとった龍翼種はウチらで倒したで」
げ、残ってたのか。後でなんて言われるか。
「住人はほとんど避難し終わったで。残った人も数人は自分等に助けられとったしな」
「数人ってことは……」
「消息不明の人もおる。せやけど、自分等のおかげで助かった人もおる。それを忘れるんやないで。まあ、自分はそないなこと、どないでもええんやろうけど」
幼女にこんなことを説かれる日が来るとは。
「なんだか年上みたい」
「自分よりは長生きしてるで。色々とな」
何やら含みのある言い方に首をかしげていると、協会のある高台が見えてきた。あ、あれ登るのか。もーつかれたー。
数十分かけてえっちらおっちら登っていく。登り切る頃には、空は紅く染まっていた。
「こっちや」
「あれ? 協会の方じゃないの?」
「この子が主犯に思われるやろ」
それもそっか。あの眼鏡なら何言い始めるかわからないしね。
そうして騎士団の本部に行くと、食堂で仁王立ちするエクウスさんがいた。相変わらずの恐ろしさだ。存在感が違う。
「さて、色々と話したいことがあるが、その前にお疲れ、とだけ言っておこう」
お? なかなかの反応。あのエクウスさんがそんなこと言うなんて。
「眠っているアヤムを起こすほどの魔力だ。心配のひとつもする。これでも、一団の団長なんだぞ?」
いつ心を読まれたのですか? 最近考えが筒抜けになってる気がする。
それより、とエクウスさんが話を変える。
「眠ってる弟子と少女はどうしたのだ?」
「色々あったんです」
僕は二人が起きるまで今回の戦いを話した。
★★★
「ん。ん~~。ん? あれ? ここは一体……?」
ちょうど戦いが終わったところで、宿主君が目覚めたようだ。ナイスタイミング。
彼はしばらくキョロキョロしたあと、僕を見つけると飛び上がった。
「この度は、ボクの精霊がすいませんでした!!」
叫びながら土下座する人ってほんとにいたんだ。
じゃなくて。
「記憶あるの?」
「はい。その、スクリーンで見てた感じでしたけど」
「なるほどね。でもまあ、僕は気にしてないし、終活見てもらうことになったし、大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます!」
このあと、騒ぎで起きた公仁にも同じことをしたのにはビビった。そして、公仁の答えがほとんど変わらないことにほかのみんながビビってた。
「お前ら、何者だ?」
「ただの幼馴染だって」
「普通ここまでシンクロせえへんで」
みんな僕と公仁のあいだにただならぬものがあると思ってるらしい。失礼もいいところだ。僕は公仁を指差して言ってやった。
「「こいつと一緒にするな!」」
「絶対何かあるな」
だから何もないって。
その後、生まれたての鳥のように思い込む二人に何もないと説明するのには骨が折れた。お前らの思考は猪かっての。なんで偶然の一致ってのを考えないのかね。
そんなゴタゴタが解決したところで、アウエラがおずおずと手を挙げた。
「あの、ひとつ聞いても?」
「はいはい」
「二人共最初攻撃してこなかったのに、なんで途中から攻撃してきたの?」
ああ、あれね。
僕らは顔を見合わせて、同時に言い放った。
「だってキミ、男でしょ?」「だってお前、男だろ?」
その瞬間、三人が驚く。
「こいつが、男?」
「そないには見えへんけど」
「な、なんでそれを!?」
なんでって聞かれると、答えづらい。というわけで公仁を見ると、目線で、お前が言え、と行ってきやがった。
しょうがない。言ってやりますか。
「え、っとね。まあ簡単に言うと、胸筋のつき方だね」
「え? ……ちょっと、どこ見てるの!?」
胸を抑えて崩れ落ちるアウエラ。あ、これ完全に性犯罪者のそれじゃん。
「よし小僧。続きは奥で聞こう。安心しろ。私と一体一だ。なんにも心配いらないぞ」
今までに見たことのないようなにこやかな笑みを浮かべたケンタウロスが迫ってくる。
そうだね。何が待てるか心配いらないね。死、一択だし。
「ちょっと待って!! 話を聞いて!!」
「だから奥で聞くと――」
「それは聞くじゃなくて逝くの間違いでしょ! 僕はまだ死にたくないんだよ!」
結局、拳骨一発まで譲歩してくれた。なんて優しいお方なのだろう。あれ? 感覚がまひってるような……。
「で、どういうことだ?」
「ててて。……僕らは昔、とある約束をしてね。簡単に言うと、少女に傷を付けないってのだけど」
「だから、こいつが男の娘だと気づかなければ俺たちがやられてたわけだ」
「そういった理由があるので極刑だけは勘弁してください!」
しばらくの黙考の後、ついにエクウスさんは許してくれた。この人にも人情ってあるんだね。
それからは雑談タイム。比較的穏やかな時間が流れてた。エクウスさんが地雷を埋めるまで。
「しかし、お前の能力は姿を変えられるのだろう?」
「はい」
「それで胸を大きくすれば見破られることもなかったのではないか?」
「あ、師匠。それはいっちゃ――」「戻ったわよー」「帰った」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
エクウスさんの話を聞いたとたん、自分が抑えられなくなり、立ち上がった。自分で何をしてるのかも、これから僕が何をするつもりなのかも、その後のみんなの反応も予想できたのに、僕は自分自身を止められなかった。
「男の体でいかに女の子らしくするかに男の娘の素晴らしさが詰まってんだ! それを胸でかくすればいいってそんなのオカマと同じじゃねぇか! あんな自分の生まれに納得が出来なかった奴と一緒にすんじゃねぇ! 男の娘ってのは自分の生まれを最大限生かして頑張ってるんだよ! そんな頑張りを認めないやつは誰だろうと許さねぇ!!」
ああ、言い切ってしまった。やっちまった。オワタ。orz。
「急用思い出したわ。行きましょ、セル」
「ん。離れる」
言い訳をさせて欲しかったけど、今何か話しても墓穴を掘るだけだと思う。
ちらっと見たところ、反応は僕の予想どうりだった。
エクウスさんやアヤムほか残ってた騎士団の事務員なんかは、今すぐにでもこの高台から飛び降りそうな勢いで引いている。公仁は頭を抑えてやれやれとしている。
だが、どんな状況でも予想外というものは存在するもので……。
「ボクのことをこんなに肯定してくれる人は初めてだよ! ダーリン!」
さらに混沌となってきた。男の娘にダーリンって……悪くはn――ある。あるったらある。あるんだから!
しばらくしてから、公仁が補足的に説明してくれた。
「一応こいつにも事情があるんだ。中学の頃にだな――」
その先は、僕にとって忌々しい記憶。いじめの始まりとも言っていい、憎たらしい事件だった。
僕の通った中学は、僕等を含め変人が非常に多かった。
馬鹿、お嬢様、オカマ、男の娘、厨二病、同人誌作家、半透明、未来人、超能力者、宇宙人、エトセトラ。まあ、後半の方は全部自称だったけど。
そんな中に、女の子に近づけないって理由だけで去勢した奴がいたんだ。今思い出してもやばいやつだった。
で、そいつが男の娘だったやつを思いっきり馬鹿にし始めた。
たまたまその場に居合わせた時に、その、ぷつっと、やっちゃったわけですよ。
以来、男の娘を馬鹿にされると、あの頃の記憶がつい出てきちゃって。
一応、オカマは退散させられたんだけど、僕には男の娘が好きだというレッテルが貼られてしまった。この少しあとからかな。無視されるようになったのは。
まあ、僕はこのことを後悔してるわけじゃない。やっちまったモンは取り返せないし、そんな事件があったから今の僕がいるわけだし。
でもさぁ。なにも男の娘の方まで引くことないじゃん? なんで肯定して逃げられなきゃいけないわけさ。
そんな愚痴を聞いてくれるのは、この空間には公仁しかいなかった。
「なんか、この一日で千曳へのイメージがえらく変わったきがするんやけど」
「ああ、私もだ」
「今更。千曳、変人」
「ちょっと近寄り難いわね」
「私の勝ちですね!」
女子ってたまにえげつないよね。
僕はそんなことを考えながら、ディーネの青みがかかった銀髪を眺めていた。……負けた。
誤字脱字の指摘、感想等お願いします。




