3-9 メタモルフォーゼ
やっほー。千曳だよ。
メタモルフォーゼには夢が詰まってる。
何にでもなれるって素晴らしいと思う。
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周囲に炎の海が広がった。その範囲は広く、広場の氷も一部かかっていた。だというのに、氷は全く溶けてなかった。
「危な!」
呟きの内容から魔法が来ると思ってたから、敵の初手は避けることができた。
にしても、詠唱破棄はより多くの魔力とより精密なイメージが求められるからあんまりしないって言ってたのになぁ。実は冷静だった、もしくは詠唱破棄を補助するアビリティでも持ってるのかな?
「ふむ。吾輩の魔法を避けるか。口だけでは無いようだな」
「ったり前だ。あんな有名な魔道書出されて身構えない方がおかしいだろ」
こちらもラクラク避けた公仁が、不敵に笑う。へー。あの本について知ってるのか。
「そんな有名なの?」
「ああ。『コンスタンレヴィ高等魔術書』と言えば、多くの上級魔法が書かれた本だ。魔法の数は『魔術全集』には程遠いが、上級魔法の数じゃこっちのほうが多いって話だ。ま、俺は見たことないから何とも言えないが」
「なかなかに詳しいではないか」
「師匠に叩き込まれたんでな」
お、少し穏やかになってきたかな? この調子で怒りを忘れてくれればいいんだけど。
「では、これならどうだ? 血塗られた目録、四章4項。【アブダクトカルプス】」
そう簡単には行きませんよね。
彼女の声に反応し、足元の石畳が崩れ始めた。咄嗟に離れるよう指示を出すと、小石ほどの大きさに崩れた石畳が勢いよく天に登っていった。足元からとは卑怯な。
てか、範囲広! 氷も一部紛れてるじゃん。しかも無詠唱。コイツの魔力はどうなってんだか。
「公仁。血塗られた目録ってのは?」
「詳しくは師匠も知らないようだが、500年前の魔術書だそうだ」
「ほう。これも知っているとは、少し興味が出てきたぞ。その師匠とやらに」
やめて! 今の状態のエクウスさんには会いたくない。なんとしてもお引き取り願わないと。
「あいにく、今の師匠に会うと殺されそうなんでね。面会謝絶とさせてもらうぜ」
「残念だ。だが、無駄話している暇はあるのかね? 【エアクッション】」
少女の頭上に、空気の塊が出現した。どういうことだ?
「っ! マスター、上です!」
「うえ? ――ってうわ!」
見上げると、天に昇った礫が還って来ていた。
すぐさま【ウィンドプロテクター】を使わせる。偵察用のマジックハンドを残しといてよかった。
公仁も影を使ってなんとか避けたみたいだ。
そういえば、範囲がさらに広くなってるきがする。氷付された龍翼種まにも当たってるし。しかも石が赤くなってる。摩擦熱かな? 触れないようにしとこ。
「なるほど。その手はかなり厄介そうだな」
「お、これがわかるとはお目が高い」
「ふん。何年生きていると思っておるのだ」
それは僕たちへの挑戦状ってことだよね。む~。
「見た目的に12歳」
「いや、11だろ」
「パーツ配置的に12っしょ」
「バカ言え。それこそ11だろ」
「流石にそこまで幼くは無いって」
話し合いは平行線。じゃあ11歳6ヶ月にすれば、と言う考えは存在しない。そもそも人によって差があるんだから、正確な年齢なんてわかるはずがないのだ。
「けどこの世界だしねぇ」
「多分見た目のままじゃないんだろうな。そこらへんの見極めも早いうちに見つけとかないとな」
「頼むぜ師匠」
「おう、任せとけ」
「吾輩のことだ! アウエラのことではない!」
久々に小学生時代の位置関係に戻っていると、少女に取り付いた何かさんの怒りが増してきた。へー。あの娘、アウエラって言うのか。
「そう言われたってね、姿が見えないあんたの年齢なんてわかるわけないじゃん」
「吾輩は年齢など聞いておらん!」
「てか、そもそもお前何者だ?」
公仁の言うことは最もだ。自己紹介もしないでいきなり喧嘩始めやがって。悪役は名乗るのが基本だろ。
そう言い返すと、何やら考える素振りのあと、承諾してくれた。
「ふむ。いいだろう教えてやる。吾輩はルーリー。鍵の精霊の書庫担当であり、本を大事にしない愚か者に裁きを与えるものだ」
うん。厨二臭い。裁きを与えるって言ってもさ、近づくだけで処すのはただの憂さ晴らしだよね。
とはいえ、気になるワードがあったことだし、質問質問。
「鍵の精霊って?」
「確か、担当する倉庫に入るものを収集するって精霊だったはずだ」
「じゃ、こいつは本を集めていると」
「ただの本ではない。原本だ」
原本ってことは、さっきの有名そうな本たちの元の本を持ってるってこと? こいつ何歳? 500超えてるってことだよね。
すると、公仁は何やら考えてる風に顎に手を当て、記憶をたぐり寄せるようにつぶやいた。
「聞いたことがある。200年前、国立図書館の原本保管エリアが何者かに襲撃された、と。まさか、お前が!?」
「流石に、騒ぎになるか」
「まあ、過去数百年の英知が詰まってたらしいからな」
じゃあ、別に500年前から存在していたわけでは無いのかな。でもなぁ。喋り方や考え方が年寄りだしなぁ。
そんなことを考えてると、僕に向かって質問が飛んできた。
「てかお前の師匠からは何を学んだんだ?」
しばらく考えて、答える。
「ほぼほぼ必要最低限。あ、でも軽く嘘が混ざってる気がするんだよね」
「……俺の師匠がまともでよかった」
あれはまともと言えるのだろうか。まあ、地獄を見るよりはまし……かな?
おっとっと。またしても怒りを増やすところだった。
「とりあえず、あいつをどうにかしないとね」
「魔法だけなのが救いか」
「案外、近接系だったりして」
「あの魔力で近接系はチートだろ」
まあたしかに。無詠唱で高威力魔法をポンポン出す上に、近接攻撃もできるなんてどこの勇者だよって話。
その後も色々話し、ある程度決まったところでルーリーなる人物に向き直った。
「話し合いは終わったか?」
案の定、怒りを貯めてるようだ。ああ、めんどくさい。
とりあえず、作戦通りに【アクアバレット】を使わせる。相手はひらりと避けたが、その隙に公仁が裏にまわった。
「おう、終わったぜ。続きと行こうじゃないか」
「……貴様、いつの間に」
相手が何やらいぶかしんでいるあいだに、僕も隣に移動する。
「場所を移そうぜ」
「貴様ら……まさか!」
「あいにくと、愚か者だもんでね」
そう言いつつ、全力で図書館内部に向かう。
中は外以上にひどい有様だった。
机や椅子は吹き飛び、ボロボロになっていた。ツァオベラーのギルドみたいに。
天井はほぼなくなっていて、晴れた日にしか使用できない仕様に変更されている。
さらに、二階の床が抜けたのか、多くの本棚が下に落ちている。よかった、なんとかなりそう。
果てさて。この選択が吉と出るか凶と出るか。
吉なのは本に当たるのを警戒して魔法を使わなくなること。凶なのは本を人質にされた怒りで自棄になること。でも、多少のためらいがあるはず。
そして結果は――。
「【ブックカバー】!!」
大凶だな。
少女の声と共に、本を黄緑色の薄い膜が覆った。
試しに一冊持ってみる。触っただけだと何も感じないな。
心苦しいが、これも面倒事を片付けるため。ページを破ろうとするも、傷一つ付かなかった。くっそ。僕の力は本を傷づけられないほどに弱いのか……。
「ねえ。これ破れる?」
「いや、俺でも無理だ。お前に力はないが、それだけじゃなさそうだ」
「どうだ? 傷ひとつ付けられまい」
そうしている間に、少女が歩いてきた。随分余裕そうだな。
「お前の魔法か?」
「そうとも。これは害虫から本を守るために作った魔法だ。掛けたら最後、吾輩でも傷は付けられん」
そんな魔法があるのに図書館はこの有様なのか。
「つまり、この魔法がある限りお前は攻撃をためらわないと」
「ああそうさ。ここに来たのは悪手だったな。吾輩が本気を出す口実を作ったに過ぎん」
「それはどうか、な!」
瞬時に後ろに周り、剣を振りかぶる。どうせ空振るんだろうなと思っていると、驚くべきことが起こった。
なんと、少女の右手が形を変え、剣の形になったのだ。そのまま公仁の剣を受け止める。
「なっ!」
「吾輩は魔法しか使えぬと言った覚えはないぞ」
普通そんな迎撃方法思いつかないって。
にしてもマズイな。遠近両用となると、いよいよ持って勝ち目がない。ただでさえ攻撃できないってのに。
「こちらから行くぞ!」
そう言いながらルーリーは両手を剣に変えた。まさかの二刀流である。
そうして、公仁に斬りかかる。
「どうした? さっきの威勢はどこに行ったのだ?」
「くっ……!」
攻撃できないのだから威勢もなにもあったもんじゃないんだけど、そんなことも知らずに見事な剣さばきを見せてくれた。
なるほど。確かに国立図書館に忍び込むだけの力はありそうだ。それに、姿を変えるアレ。魔法っぽくないし、多分アビリティかな。メタモルフォーゼとは厄介な。
「コンスタンレヴィ高等魔術書、三章11項。【ダイアモンドスライサー】」
やつは公仁と斬り合いながらも、僕の方に魔法を放ってきた。
咄嗟にかがむと、水の刃は崩れた壁材を貫通し、その後ろにあった本棚も貫通したところで止まった。あんなものを止めるなんて、「ブックカバー」の強度は本物みたいだ。
あまりの硬度に度肝を抜かれているあいだに、二本目、三本目の刃が飛んできた。
だがマジックハンドの反応速度には敵わず、どれも本棚を切り裂くだけに終わった。
「ええいちょこまかと」
「よそ見とは余裕だ……なっ!」
「ちっ……。まずは貴様からだ」
そう言い放つと、少女は右手を槌に変え振り抜いた。
公仁は咄嗟にガードするも、勢いは殺せずに真後ろに吹っ飛ぶ。
「公仁!」
「血塗られた目録、五章17項。【トゥルボーグランス】」
幼馴染を心配する暇もなく、魔法が飛んでくる。
それが何かを認識する前にマジックハンドが高度を下げ、無理やりよけさせる。
その魔法は僕の頭上をかすめ、少し後ろの本棚に衝突すると、そこに小さな竜巻を作り出した。
「うっそ――ってうわ!」
今までにない速度でマジックハンドが動く。立っていられなくなりたまらずしゃがむ。
「紅の爆発魔、17項。【メガフラルゴ】」
さらに攻撃は続く。本の名前的に爆発するだろうから、大きく避けるよう指示を出す。
しかし、動きは遅いものの追尾機能付きなのか、執拗に着いてくる。
「ててて。この!」
吹き飛んだ公仁が戻ってきた。あまり怪我はなさそうだ。よかったよかった。
「邪魔だ。血塗られた目録、五章4項。【ガトリンググランドー】」
今度は僕と公仁の二方向に向けて拳大の固まりが連射された。
避けながらも見てみると、どうやら雹みたいだ。危ないなんてレベルじゃないよ、これ。
というか、弾幕が濃すぎて避けるのに精一杯だ。せめて攻撃が公仁に集中してくれれば何か打開策を考えられるってのに。
ふと、目の端に赤い物が写った。さっきの魔法だ。雹を避けているあいだに追いつかれたらしい。
そして、その魔法を雹が打ち抜いた。
「しま――」
図書館に、赤い花が咲いた。
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