3-6 エビルピット
やっほー。千曳だよ。
何が起こるかは言えないけど、それの危険性を説明すること、多いよね。
信じてもらうには説明しなくてはならない。説明したら自分が危ない。人間性が問われる場面だ。
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ゴォォォォォン、ゴォォォォォン、ゴォォォォォン――
金属音は鳴り続ける。砂浜にいるほかの人たちも、何事かと空を見上げてる。
だが、こっちはそれどころじゃない。アヤムの一言で、僕らはパニックに陥っていた。
「おい千曳! お前の所為で大変なことになってるじゃねぇか!」
「なんで僕の所為になるのさ! 大体フラグだって言ったほうがフラグになるだろ!」
「てめぇが変なこと言わなければフラグにならなかったんだ!」
「ん。千曳、悪い」
「セルまで!? 相変わらず僕に味方はいないの!?」
仲間を探し辺りを見回すと、頭を抱えて絶望しているアヤムが目に映った。……大丈夫か? あいつ。
「なあ、ここは相殺としないか?」
「はぁ? お前二対一だって状況わかってるのか?」
「千曳、年貢、収める」
「いや、すぐに一体一になる。一人は戦線を降りるからな」
「ほう。そりゃどうやっ……て……」
僕はとある方向を指さした。釣られて公仁がその場所を見ると、そこには頭を抱え絶望した日焼けロリぺったん巫女がいた。
公仁の幼女限定の紳士精神を逆手に取った作戦。あの公仁が泣いたぺったん娘に黙っているはずがない。
「大丈夫か、アヤムちゃん!」
すぐさまロリっ娘を助けに行く紳士。これで一体一だ。
「どう? セル。相殺にしない?」
「ん。そうする」
やっぱりただ楽しんでただけか。
一緒に旅をして知ったセルの意外な一面。コイツ楽しいことが好きだ。僕が困るとさらに困らせてくる。僕なんかをいじめて楽しいのかな?
まあ、いい。問題はこの件を一番知ってるであろうアヤムが使い物にならないって点だ。はて、どうしたものか。
とりあえず近づいてみると、どうやら何か呟いているようだ。かろうじて『いつまで、いつまで』と繰り返していることはわかった。相当やばそうだ。
「どうするか」
「どうするもなにも、一旦師匠のところにもどるぞ」
「アヤムは?」
「お前が連れてけ。俺のスキルは他人を通すことができないからな」
「へいへい」
僕はマジックハンドを使って、周りにバレないようにアヤムを持ち上げる。アヤムはさっきからつぶやきっぱなしで気づいていないようだ。
どうやって上に上がるかと一瞬悩んで、崖のそばを飛んでくことにした。サブアームを使ってロッククライミングいる風を装えば、多分大丈夫。
足元に透明なマジックハンドを呼んで乗る。アヤムも出来るだけ背中に寄せて、バレにくくする。サブアームらしくするために、マジックハンドを二体使っておく。
そうして、ほかのマジックハンドを使って、壁をよじ登る。
見ると、公仁は既に浜にいなかった。多分スキルを使ったんだと思う。
セルは……となりをよじ登っていた。手甲を付けているとは言え素手の状態で。
「セルさんや。腕力ありすぎでは?」
「これくらい、普通。千曳、無さ過ぎ」
そう言ってスタスタ登っていく。
いやいやいやいやいや。常人は切り立った崖を素手で登るなんて無理だから。あれ? 普通のロッククライミングって素手? じゃできなくもない、か?
でもまあ、おかげで怪しまれないからいいんだけど。
崖を登りきり、その先にある高台も同じように登っていく。人が多いためさっきよりも慎重に。
登りつつ見ていると、多くの人が空を見上げている。まだパニックにはなってなさそうだ。
登りきり、本部に行ってみるも空振り。エクウスさんどころか、公仁までいない。騎士団のみなさんに聞くと、教会に走っていったとか。
教会へ急ぐ。中に入ると、言い争っているケンタウロスと神官服を着たメガネの男性がいた。
「いいから早くパプストを呼んでくれ! 『あれ』が降ってくる前に住人を避難させなければ、被害が増える!」
「そうは言ってもですね、今まで生きてきてこんな音は初めてなのですよ。アポカリプティックサウンド、でしたっけ? それによって何が起こるのか説明してもらわなくては、こちらとしてもその危険性がわからないのですよ」
「被害が出てからでは遅いとわからないのか!」
「その被害がどれだけ出るのか分からなければ、こちらとしても何もできないのですよ。最悪、貴方がこの街をパニックに陥れようとしていると捉えることもできるのです。残念ですが、きちんとした説明がされるまで教皇を出すことはできません」
口では残念と言っておきながら、神官服の若者は薄ら笑いを浮かべている。
「なあ、アイツ誰なんだ?」
僕は、近くにいた公仁に聞いてみた。しかし答えたのは、その隣で立って居る幼女だった。
「あいつはカーディナル。この教会の枢機卿よ。教皇パプストを抑え、実質一番の権力者よ」
「へぇ。あんな奴が。てか誰!?」
「この子はディーネちゃん。たまにアヤムちゃんのところに遊びに来るんだ」
「貴男、ちゃん付けはやめてと言ったはずよ?」
「まあまあ、気にしない気にしない」
見た目の割にかなり強気のようだ。と、ディーネがこっちを向いて言い放つ。
「貴男、何か失礼なこと考えなかったかしら? 特に外見について」
おお、こっわ。睨みつけてくる。小さいくせに迫力が――ってさらに睨んでる!? なにこの娘心読めるの?
だが、これだけは言っておかなくちゃならない。
「「小さいは褒め言葉だけど?」」
「死になさいこのゴミども!」
「ふぐっ!」
幼女が死ねなんて言ってはいけません。お母さんに習わなかったのかな?
とは言え、なかなかのお姫様気質だ。その道の人なら喜びかねない。公仁には毒でしかないけど。
「そんなことより」
「あ、貴男、なんで何も感じてないのよ」
「他人の言うことに一々反応するのってめんどくさいじゃん? それに他人にどう言われても、結局自分で自分をどう思っているかだし」
「いいセリフなんでしょうけど、幼馴染を放置している時点で響かないわよ?」
あ、すっかり忘れてた。
「だいじょうび?」
「だ、だい、じょ、うぶ、だ……」
「ほら、何も問題ない」
「……ならいいわ。で、要件は?」
「アヤムをどうにかして欲しくて」
そう言って、背中のマジックハンドを前に出した。
アヤムは今も頭を抱えて何やらつぶやいている。
「大丈夫? アヤム」
「! ……ディーネ、ちゃん?」
ディーネが頭をなでると、アヤムのつぶやきが止まった。
「落ち着いて。奴はまだ復活してない。今回は龍翼種が来るだけだから」
「……ほんま、なん……?」
いつもとは比べ物にならないほどか細い声。あの天真爛漫な性格からは想像できない。
「ええ。だから安心して」
「せやかて、龍翼種でも、危ないんと、ちゃう……?」
「大丈夫よ。ここにいる二人が倒してくれるから」
ディーネはアヤムを抱きしめながらそう言った。
どうせそうなるとは思っていたけど、いざお鉢が回ってくるとめんどくさくなるな。というかディーネさん? 思いっきり口調変わってるんですけど?
「さよか。なら、大丈夫や、な……」
アヤムは安心したのかそのまま眠ってしまった。よほど怯えていたようだ。
「アヤムちゃんのためにも頑張らなきゃな!」
「ふん。巫女見習いの分際で、この私の前で寝るとは。所詮は妖獣族のようですね」
アヤムが寝ているのを見て、カーディナルが馬鹿にするように言う。
「な、てめぇ!」
「なにか? 枢機卿の前で眠るのが失礼なことぐらい、頭の悪い貴方でもわかりますよね? それとも、そんなこともわからないんですか?」
「……」
この二人知り合いだったのか。公仁の頭の良さまで知っているとは、相当な仲らしい。
公仁が何も言わないのをいいことに、メガネの枢機卿サマはなおも続ける。
「そもそも、そのような体型で神官になろうというのが間違いなのですよ。神の敵である――」
「黙りなさい」
その一言は、別に大音声だったわけではない。でもなぜか、全員の耳に入るような力強さを持っていた。入ってないのはアヤムくらいだろう。
「今はアポカリプティックサウンドについて話し合っているはずよ。論点をすり替えないで頂戴」
「神敵の分際で何を……!」
「もう一度言うわ。論点をすり替えないで頂戴」
「っ……!」
今度はメガネが黙る番だ。正論だし、何よりも迫力が違う。
「し、しかし、危険性が分からないい上話し合いのしようが――」
「この音は、普段邪神が居る場所とこの世界がつながる時の音よ。もうしばらくすると、空に穴が空くわ。そして、そこから龍翼種が降ってくる。狙いは恐らく禁書でしょうね。残り一冊の本、たくさんあるのでしょう?」
げっ!
「……何故、そのことを?」
「さあ、何故でしょうね」
「邪神関係者として、天界に行くことになりますよ?」
「その前にこの都市から出るだけよ。別にこの都市の住人ってわけでもないし」
「…………分かりました。教皇に話しましょう……」
最後に一睨みすると、眼鏡サマは奥に引っ込んで行った。でも、多分教皇には全てを言わないんだろうな。
さっきのことが本当だとしたら相当やばいことになる。急いでなんとかしなきゃ。
「ところで貴男、何故驚いたのかしら?」
「………………さあ、なんでだろうな。僕にもよくわからない」
「……そう、勘違いだったようね」
……? どういうことだ? なかったことにした……?
僕がその行動を理解できないでいるうちに、事態は進んでいく。不意に、外がざわめき始めたのだ。
「始まったようだな」
「ええ、そのようね」
「良かったのか? 帰れなくなるぞ?」
「帰る気なんてないわ。最後まで見届ける。それが私に残された使命よ。それに、向こうじゃ何もできないし」
そう言うディーネの顔は、ひどく悲しそうだった。やっぱりこの都市に住んでいるのかな?
「それよりも、この子お願いできる?」
「もちろんだ。これくらい安いものさ」
そう言って、エクウスさんはアヤムを自らの背中に載せた。
「お前らも行くぞ。これから忙しくなる」
結局理解できずに、外に連れ出される。周りにいた団員や、公仁も一緒だ。
外に出ると、既に異変が始まってた。空に穴が空いている。そこだけ雲がないなんていうものじゃない。その部分だけが穴のように黒くなっている。今なお広がり続けるその闇の中で、何かが光った気がした。
周りのみんなも固唾を飲んで見守るなか、団長が説明する。
「あれの名前はエビルピット。そして、その穴から降ってくるのが、邪神の使いでもある龍翼種だ」
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