2-5 課外授業
やっほー。千曳だよ。
異世界で裁判はなかなか聞かないよね。
犯罪者はすべて王様が裁いているイメージしかないよ。
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チーガル先生の異世界講座はっじまっるよー。
今回は記念すべき第一回目と言うことで、中立都市ツァオベラーの裁判所での課外授業の様子をお送りします。
この世界にも裁判はあるらしくて、裁判官らしき人や弁護士のような人もいるみたいですね。
日本で言う裁判長は王様が担当するようですね。前から思っていたんですが、都市なのに王様がいるんですね~。県知事みたいなものなのでしょうか。
とは言っても、この世界の国とかについては全く知らないので考えたところで無駄なんですけどね。
さて、実況はこれくらいにして、この場所を見ていこう。
ここはツァオベラーの王城の一画にある裁判所だ。
床や壁は多分石でできている。と言うか城自体がきっと石でできている。
中央から見ると、左右に席があってどちらも右に三人、左に二人が座ってる。右が検事めいた人の席で、左が弁護士みたいな人の席だ。そのうち4人はローブを着ている。残りの一人は我等がチーガル先生だ。
正面には表彰台のように真ん中が少し高くなっている席があって、そこに王冠をかぶったえらそうな人が座ってる。多分王様だろう。
後ろは観客席でポワブルを除いたあベんしゃーの面々が座っている。なんでも、ポワブルには重要な仕事が有るんだとか。それ以外に人はいない。なんたって課外授業だからね。
こんなところかな。アニメやドラマに出てくる裁判所に似てるかな? しっかり見たことなんてないからよく分かんないや。
今回は、チーガル先生の粋な計らいで実際に裁判を体験できるようだ。しかも、検事じみた人も弁護士のような気がする人も全員本職! やっぱりギルド長は影響力が違いますな。
僕は聞かれた時以外は答えなくて大丈夫って言われてるから、雰囲気を壊すことはないと思う。
「被告。被告! 聞いているのか!」
おっと。正面右側に座ってるおじさんに何か聞かれたみたいだ。答えなくては。
「すいません。ちょっと考え事してました」
「君には被告であるという自覚は無いのかね」
「ほんとすいません。初めてだもんで」
「まったく。これだから最近の若者は……」
右のおじさんが怒ったように言う。課外授業とは言えずいぶん本格的だ。これもきっとチーガル先生の粋な計らいだろう。
「では、もう一度問う。被告人、お主は本当に残留死念について知らなかったのか?」
もうそんなところまで話が進んでいたか。
そう、今回の疑似裁判の話題は魔王が引き起こし僕が濡れ衣を着せられた、残留死念上昇事件についてだ。
全体の流れとしては、先生が僕の無知ぶりをこの場にいる全員に曝す。で、僕の発言によって色々と話が進み、最終的に王様が独断で何かを判決して終わる。だそうだ。王様が独断で判断するなら、裁判なんていらないんじゃないかな?そう思って先生に質問したら、『こんなおかしなことをしているのはこの都市だけ』というありがたいコメントをもらった。
「ええ、その時は」
「その時は、と言うことは今は理解しているのかね?」
今度は正面左側に座っているおじさんが聞いてくる。
「チーガルせ……師匠に教えてもらったもので」
一応僕はチーガルの弟子ということになっている。その方があとあと都合がいいから徹底してって言われた。
「カルネ。今までの話は本当かね?」
右のおじさんが、チーガル先生の隣に座ってる人に聞く。というかぐるぐるした角生えてるし、髪の毛もこもこしているしで完全に羊だよ、この人。
「ああ。この少年は嘘をついてはいないな」
なんでもこの人、いや羊? は嘘を見抜くことが出来るらしい。異世界だと結構ありきたりな能力だよね。
「異議あり!!」
おお。裁判らしく右側に座る青年が異議を唱えた。疑似とはいえ徹底しているな。
「異議を認めます」
左のおじさんが認めると、その青年が話し始める。
「はい。被告はチーガル殿の弟子だと聞きました。そしてカルネはチーガル殿の親友。弟子を助けるためにチーガル殿がカルネに掛け合っているに違いありません!」
「その根拠は?」
「一昔前ならいざ知らず、魔物の出現方法がある程度解明されたこのご時世に残留死念について知らない人がいるはずが有りません!」
「私が仕事に私情を持ち込むような男に見えるとしたら、君は今までの裁判でいったい何を学んだのかね?」
もっともな意見だったが、羊人が即座に言い返す。それでもまだ青年は諦めていないようだ。
「くっ……しかし!」
「確かにお前の意見も一理有る。しかし、私はカルネの目を信じている。それはお前も同じだろう」
「……はい」
ドラマでよく見る感じの展開だ。疑似でここまでしてくれると、後で演技代とか取られそうで心配になってくる。
「私も残留死念を知らないことについては疑問だが、最近は旧国軍との戦争で家族を失った者も多いと聞く。見たところまだ幼いしな」
「なぜその歳であれだけの数を倒したのかも不思議だが、この際置いておくこととする」
「しかし、知らなかったからと逃げられるような罪では無い。被告、そのことを分かっているかね?」
「ええ。まあ、はい」
左右のおじさんが交互に話す。正直そんなことよりも旧国軍と言う単語が引っ掛かる。またひとつ聞かなきゃいけない単語が増えたな。
「それについては……」
「失礼するっす」
チーガル先生が話しだそうとすると、ポワブルが入ってきた。彼の仕事とは、裁判に割り込んでチーガル先生に情報を伝える振りをすることだ。
「ポワブル、どうした?」
「実は、カクカクシカジカ……」
「なにー? ほんとうかー?」
チーガル先生が棒読みで叫ぶ。やっぱり本職じゃないからか、演技がなっていない。課外授業の一環であるとはいえ、もうちょっと頑張って演技してくれないとわざわざ付き合ってもらってる本職の人に失礼じゃないですか。
「裁判官! 仲間から、森がダンジョン化しているという情報が入った。つまり今回の事件は、ダンジョン化した森に少年が迷い込んで、生き残るために魔物を倒し続けた結果と言うことになる。それで討伐数と残留死念上昇の謎は解ける」
「なに? それは本当か?」
「ああ、あたしの信用している仲間からの情報だ。保証する」
――カンッカンッカンッ。
王様こと裁判長が、木でできたハンマーみたいなもので机をたたいた。
「判決を下す。被告は森へ行き、ダンジョンコアを取ってこい。さすれば、無罪とする」
「期間は?」
「一ヶ月だ」
チーガル先生が期間について聞くと、王様が即答する。
「しかし、王様」
「黙れ。これは決定事項だ」
反対意見もすべてカットしていく。
それにしても判決早くない? やっぱり王様だからハードスケジュールで、そんな中時間を割いてこの疑似裁判を開いてくれたのかな。で、時間が迫ってきたからさっさと切り上げた。とかかな。
実際に、判決を下すや否や、王様はイソイソと出ていてしまった。それ、早すぎ。
こうして課外授業は無事に終了。全員が、追い出された後どこかへ行ってしまった。残ったのは、僕らのほかにカルネと呼ばれた羊人だけだ。あベんしゃーの面々は廊下に飾ってある石像を見ている。
「どう? 少年。なかなかに貴重な体験だったんじゃない?」
チーガルが話しかけてくる。
「おう。結構楽しかったよ」
「カルネもありがと。乗ってくれて」
「私はかまわない。君と姫の頼みだしな」
さっきの青年も言ってたけど、この二人は親友らしい。冒険者と弁護士かもしれない人ってどんな組み合わせだよ。もしかしてチーガルが昔お世話になったとか……。
それよりも、昨日からずっと思っていたことがある。
「なあ、一つ聞いていいか? 何で異世界人の僕にこんな良くしてくれる?」
「ん? ああ。それはね、あたしが少年と似たような立場になったからさ」
「チーガルが?」
あり得る話だ。猪突猛進しそうな人だし、事件の一つや二つ起こしてても不思議じゃないよね。
「そ。でその時異世界人に助けてもらったのさ」
「本当に、あの時は大変だったな」
「うんうん。それに、姫ちゃんの頼みでもあるし」
「この街来た時から疑問だったんだけどさ、ナミって何者なんだ?」
凄そうな二人から姫と呼ばれるなんて、ホントに何者だ? 本物の姫だとしたら冒険者になる必要はなかっただろうし、何というか服以外が庶民的だ。
「あれ? まだ聞いてなかったの? 姫ちゃん達の師匠なんだし、それくらい知ってると思ってたけど」
「それは仮の話な。実際に師匠になった記憶はない」
「え! そうなの? ……あの子たちの訓練取り消そうかな」
チーガルがぼそっと呟く。やべ、言っちゃいけなかったかな。
「お前、まだ鍛えてやって無かったのか?」
カルネさんがあきれたように言う。
「しょうがないでしょ。姫ちゃん達にもし何かあったら……」
「過保護なのはいいが、いずれ彼女らはこの都市から出ていく。その時に弱かったら、どっちにしろ死ぬだけだと思うが?」
「む~。確かに」
そういえばナミには何かしら目的があるとか言っていたな。それじゃいずれお別れかな。
「じゃあ魔法訓練だけはしてあげるか」
「そこら辺が妥当だろう。お前の本気の訓練はこの世界の人間にはまだ早い。死人が出るぞ」
「そう思うなら言わないでよ!」
恐ろしい言葉が聞こえてきた。もしかしてその死ぬかもしれない訓練を受けなきゃいけないのかな。
しばらく、ぶつぶつと文句を言っていたが、効果がないと分かると諦めたらしく、呟くのを止めた。
「まあいいや。ひっめちゃーん! あたしらもそろそろ帰ろ」
チーガルが大声で言うと、ナミ達は何度か石像を見直した後、戻ってきた。
「久しぶりの王城じゃから、もうちょっと見学したかったのじゃが……」
「姫達だったら、いつでもはいれるように手配しよう」
悲しがるナミに、カルネさんが提案する。
「本当なのですか?」
「一諾千金~?」
「ああ。約束する」
とび跳ねたりハイタッチしたりと、全身で喜びを表すあベんしゃーの面々。こんな無駄に豪華で大きな物体の一体何がいいのか、さっぱりわからない。
城門まで歩いたところで、思い出したようにチーガルが話し始めた。
「あ、そうそう。今後のことだけど、魔法が使える人はひたすらに魔法の訓練。使えない人はカルネと手合わせ。少年は私と勉強ね」
「「「「はーい」」」」
「それじゃ、さっさと帰ろ? 『無事に帰るまでが課外授業』だよ」
それは遠足だと心の中で突っ込みを入れたところで、肝心なことが何も聞けてないことに気がついた。
でも、本人の前で聞くのも気が引けるし……って、僕は何を考えているんだか。
はぁ……。最近変わったな……。いや、戻ってきたというべきか……。
「何してんの、少年!さっさとしないと置いてくよ」
「はいはい」
チーガルの声で我に帰ると、みんな結構離れた位置で歩いている。カルネさんにお礼を言って、追いつけるように駆けだした。
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